怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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94)夜鳴き様

1
 俺がこの話を聞いたのは、学生時代の友人・片瀬からだった。

 片瀬は地元の神社の家系で、昔から「うちには変な言い伝えが多い」と言っていた。特に、彼の実家のある村には、**「夜鳴き様(よなきさま)」**と呼ばれる存在がいるらしい。

 「簡単に言えば、夜中に泣いている子供の声を聞いたら絶対に外を覗くな、って話だよ」

 「なんだそれ、怖えな」

 「ただの迷信だと思うだろ? でも実際、俺のじいさんの代までは本当にそれを破った人間が消えてたんだよ」

 俺は笑った。「そんな馬鹿な」と。でも、片瀬の表情は真剣だった。

 「うちの村じゃ、夜鳴き様の声を聞いたら、耳を塞いで朝まで待つのが決まりだった。でも、一度だけそれを破った奴がいる」

2
 それは昭和の終わり頃、村に住んでいた一人の男が、深夜に妙な泣き声を聞いたことから始まる。

 ――ひぃ……ひぃ……

 赤ん坊のような、掠れた泣き声。

 その男は、酔っ払って家に帰る途中だった。泣き声が聞こえてきたのは、村はずれの田んぼ道。見渡しても誰もいない。

(こんな時間に赤ん坊が?)

 男は訝しみながら、声のする方を覗いた。

 すると――

 田んぼの真ん中に、黒い影がしゃがんでいた。

 子供……のようだった。だが、不自然に痩せこけ、皮膚は土色。髪の毛はバサバサに乱れ、裸足で泥だらけだった。

 そして、男が目を凝らした瞬間。

 その「子供」が、ぐにゃりと首を曲げ、男を見た。

 黒く沈んだ瞳。異様に開いた口。

 次の瞬間、男は絶叫をあげ、全力で家へと逃げ帰った。

3
 翌朝、村人が男の家を訪ねた。

 しかし、男は家から姿を消していた。部屋には昨夜飲んでいた酒瓶が散乱し、玄関は開けっぱなし。まるで、何かに追われるように外へ飛び出したかのようだった。

 村人たちは手分けして捜索を始めた。そして、田んぼのそばで、男の片方の靴が見つかった。

 「やっぱり夜鳴き様を見ちまったんだ……」

 村人たちは顔を見合わせた。

 結局、男は二度と見つからなかった。

4
 「……これが、俺の村に伝わる話だよ」

 片瀬はそう言って、コーヒーをすすった。

 「それ以来、夜鳴き様の声を聞いても、絶対に外を見ちゃいけないって決まりができた。でも、最近になってまた妙なことが起きてるんだよな……」

 「妙なこと?」

 「ああ。数日前、村に住んでる親戚から連絡があったんだけど――」

 片瀬はスマホを取り出し、写真を見せてきた。

 そこには、村の田んぼ道に立つ黒い影が映っていた。

 やせ細った子供のような姿で、こちらをじっと見つめていた。

 俺はゾッとした。

「……最近、また夜鳴き様が現れ始めてるらしい」

「おい、やめろよ……」

「でもな、一番ヤバいのはこれだ」

 片瀬は震える指でスマホを操作し、別の写真を見せた。

 そこに写っていたのは――

 村の防犯カメラに映った、一人の男の後ろ姿。

 そして、その足元には、泥だらけの裸足の何かがしがみついていた。

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