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101)夜の見回り
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1
これは、昔、私の伯父が体験した話だ。
伯父は若い頃、地元の町役場で働いていた。当時はまだ昭和の終わり頃で、今のように防犯カメラも普及しておらず、地域の安全は**「夜の見回り」**と呼ばれる町内の巡回によって守られていた。
見回りは持ち回りで、町内会の役員や役場の職員が交代で担当する。深夜に懐中電灯を片手に町を巡り、不審者や異変がないかを確認するのが仕事だった。
「まあ、大したことはない仕事だったよ。大抵は何も起きないし、ただ歩くだけだったからな」
そう語る伯父の表情が、一瞬だけ曇った。
「……でも、たった一度だけ、本当に怖い思いをしたことがあったんだ」
2
それは、冬の寒い夜のことだった。
伯父はその日、一人で町内の見回りを担当していた。田舎町なので、人通りはほとんどなく、夜になると辺りは静まり返る。
見回りのルートには、小さな神社があった。町の外れにひっそりと佇む古い神社で、昼間でもあまり人が寄り付かないような場所だった。
「神社の前を通った時、ふと気配を感じたんだ」
誰かがいる。
懐中電灯を向けると、鳥居の下に着物姿の女が立っていた。
髪は長く、顔は俯いていて見えない。
この時代に着物を着ている女性は珍しい。しかも、こんな夜中に。
「すみません、こんな時間にどうされました?」
伯父が声をかけると――
女は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、伯父は息を呑んだ。
顔がなかった。
3
いや、正確には、目や鼻、口がすべて潰れたようになっていた。まるで、粘土で作られた顔を、手でぐしゃりと押し潰したかのような。
伯父は背筋が凍りついた。
女は微動だにせず、ただそこに立っている。
懐中電灯の光が、女の顔を照らしている。だが、目の焦点がないせいか、どこを見ているのかわからない。
――このままここにいてはいけない。
伯父は本能的にそう感じた。
静かに後ずさり、視線を逸らさないようにしながら、その場を離れようとした。
その時だった。
女が、笑った。
潰れた顔には、口がないはずなのに、確かに笑い声が聞こえた。
「……あは……あはは……」
伯父は悲鳴をあげ、全速力で走り出した。
4
気づけば、役場の前まで来ていた。
息を切らしながら後ろを振り返る。
――何もいない。
あの女は、追いかけてこなかったのだろうか。
しばらく立ち尽くし、冷たい冬の空気の中で心臓の鼓動を整えた。
(今のは……何だったんだ?)
幽霊なのか、それとも何か別のものなのか。
とにかく、あの神社にはもう近づかない方がいい。
そう思い、伯父はその夜の見回りを終えた。
5
翌朝、伯父は役場でこの話を同僚にした。
すると、一人の年配職員が、驚いた顔で言った。
「……お前、あの神社で見たのか?」
「ああ」
「……それ、きっと“おしろさま”だ」
伯父は聞き返した。「おしろさま?」
年配職員は、静かに語り始めた。
「あの神社にはな、昔、顔を潰された女が祀られてるんだ」
詳しく話を聞くと、こんな言い伝えがあるという。
その昔、この町である女が殺された。
女は、美しい顔立ちをしていたため、ある男に執拗につきまとわれた。だが、女が拒んだことで、男は逆上し、女の顔を何度も何度も殴り潰したのだという。
女の遺体は、顔が判別できないほどになっていた。
村人たちは哀れに思い、神社を建て、女を祀った。
それが、“おしろさま”――「白い顔の女」と呼ばれるものの正体だった。
6
「昔から、夜にあの神社で女の霊を見たって話がある。でも、お前みたいにハッキリと見た奴は、そういない」
伯父は、ゾッとした。
あの夜、もしあの女の前で立ち尽くしていたら――もしあの笑い声に気を取られていたら――
何かに取り憑かれていたかもしれない。
それ以来、伯父は二度と夜の見回りをしなかった。
そして今でも、あの神社には夜になると「おしろさま」が現れると言われている。
あなたの町にも、夜に近づいてはいけない場所が、あるかもしれない――。
これは、昔、私の伯父が体験した話だ。
伯父は若い頃、地元の町役場で働いていた。当時はまだ昭和の終わり頃で、今のように防犯カメラも普及しておらず、地域の安全は**「夜の見回り」**と呼ばれる町内の巡回によって守られていた。
見回りは持ち回りで、町内会の役員や役場の職員が交代で担当する。深夜に懐中電灯を片手に町を巡り、不審者や異変がないかを確認するのが仕事だった。
「まあ、大したことはない仕事だったよ。大抵は何も起きないし、ただ歩くだけだったからな」
そう語る伯父の表情が、一瞬だけ曇った。
「……でも、たった一度だけ、本当に怖い思いをしたことがあったんだ」
2
それは、冬の寒い夜のことだった。
伯父はその日、一人で町内の見回りを担当していた。田舎町なので、人通りはほとんどなく、夜になると辺りは静まり返る。
見回りのルートには、小さな神社があった。町の外れにひっそりと佇む古い神社で、昼間でもあまり人が寄り付かないような場所だった。
「神社の前を通った時、ふと気配を感じたんだ」
誰かがいる。
懐中電灯を向けると、鳥居の下に着物姿の女が立っていた。
髪は長く、顔は俯いていて見えない。
この時代に着物を着ている女性は珍しい。しかも、こんな夜中に。
「すみません、こんな時間にどうされました?」
伯父が声をかけると――
女は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、伯父は息を呑んだ。
顔がなかった。
3
いや、正確には、目や鼻、口がすべて潰れたようになっていた。まるで、粘土で作られた顔を、手でぐしゃりと押し潰したかのような。
伯父は背筋が凍りついた。
女は微動だにせず、ただそこに立っている。
懐中電灯の光が、女の顔を照らしている。だが、目の焦点がないせいか、どこを見ているのかわからない。
――このままここにいてはいけない。
伯父は本能的にそう感じた。
静かに後ずさり、視線を逸らさないようにしながら、その場を離れようとした。
その時だった。
女が、笑った。
潰れた顔には、口がないはずなのに、確かに笑い声が聞こえた。
「……あは……あはは……」
伯父は悲鳴をあげ、全速力で走り出した。
4
気づけば、役場の前まで来ていた。
息を切らしながら後ろを振り返る。
――何もいない。
あの女は、追いかけてこなかったのだろうか。
しばらく立ち尽くし、冷たい冬の空気の中で心臓の鼓動を整えた。
(今のは……何だったんだ?)
幽霊なのか、それとも何か別のものなのか。
とにかく、あの神社にはもう近づかない方がいい。
そう思い、伯父はその夜の見回りを終えた。
5
翌朝、伯父は役場でこの話を同僚にした。
すると、一人の年配職員が、驚いた顔で言った。
「……お前、あの神社で見たのか?」
「ああ」
「……それ、きっと“おしろさま”だ」
伯父は聞き返した。「おしろさま?」
年配職員は、静かに語り始めた。
「あの神社にはな、昔、顔を潰された女が祀られてるんだ」
詳しく話を聞くと、こんな言い伝えがあるという。
その昔、この町である女が殺された。
女は、美しい顔立ちをしていたため、ある男に執拗につきまとわれた。だが、女が拒んだことで、男は逆上し、女の顔を何度も何度も殴り潰したのだという。
女の遺体は、顔が判別できないほどになっていた。
村人たちは哀れに思い、神社を建て、女を祀った。
それが、“おしろさま”――「白い顔の女」と呼ばれるものの正体だった。
6
「昔から、夜にあの神社で女の霊を見たって話がある。でも、お前みたいにハッキリと見た奴は、そういない」
伯父は、ゾッとした。
あの夜、もしあの女の前で立ち尽くしていたら――もしあの笑い声に気を取られていたら――
何かに取り憑かれていたかもしれない。
それ以来、伯父は二度と夜の見回りをしなかった。
そして今でも、あの神社には夜になると「おしろさま」が現れると言われている。
あなたの町にも、夜に近づいてはいけない場所が、あるかもしれない――。
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