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102)手紙を返して
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1
これは、私の母の実家で実際に起こった話だ。
母の実家は、東北のとある寒村にある。今では過疎化が進み、ほとんど人が住んでいないが、昭和の頃はそれなりに賑わっていた。
母が子供の頃、祖母の家の納戸には、決して開けてはいけないとされている古い木箱があった。
「この箱には、大事なものが入っているんだよ」
祖母はそう言うだけで、決して中身を見せてくれなかった。
しかし、ある年の夏、母のいとこであるユキコ叔母が、その箱を開けてしまったのだ。
2
ユキコ叔母は当時十五歳。好奇心旺盛で、昔から「触るな」と言われるものほど気になってしまう性格だった。
ある日、祖母が畑仕事に出ている間に、ユキコ叔母は納戸へ忍び込んだ。そして、隠されていた木箱の鍵をこじ開けたのだ。
中に入っていたのは、大量の手紙だった。
どの封筒も古びており、表には何も書かれていない。
ユキコ叔母は不思議に思いながら、一通の封を開けてみた。
そこには、震えた筆跡でこう書かれていた。
「手紙を返して」
ユキコ叔母はぞっとした。
中を確かめると、どの手紙にも、同じ言葉が繰り返し書かれていた。
――手紙を返して。手紙を返して。手紙を返して。
それを見た瞬間、部屋の隅から、何かが動く音がした。
3
ユキコ叔母は慌てて顔を上げた。
納戸の奥に、小さな箪笥がある。
そして、その引き戸が、ゆっくりと開いた。
中には、誰もいない。
だが、そこに「誰か」がいる気配がした。
「……手紙、返して……」
かすれた声が聞こえた。
恐怖に駆られたユキコ叔母は、手紙を箱に戻し、乱暴に蓋を閉めた。そして納戸を飛び出し、息を切らしながら祖母のもとへ駆け込んだ。
「おばあちゃん! あの箱、何なの!? 誰かがいる!」
祖母は顔を青ざめ、ユキコ叔母を強く叱った。
「あの箱を開けるなと言ったでしょう!」
その夜、家の中は異様なほど静まり返っていた。
だが――深夜、ユキコ叔母の部屋の外で、何かが歩く音が聞こえた。
4
コツ、コツ、コツ……。
廊下を誰かが歩いている。
家族は皆、寝ているはずだった。
ユキコ叔母は布団の中で、息を殺した。
音は、ゆっくりと彼女の部屋の前で止まった。
そして、障子の向こうから――
白い指先が、少しずつ覗いた。
カサカサに乾いた指先。それは、音もなく障子をなぞっていた。
そして、ふいに、女の声が囁いた。
「……手紙、返して……」
ユキコ叔母は、恐怖のあまり失神した。
5
翌朝、祖母はユキコ叔母を叱ることもなく、ただ仏壇の前で手を合わせていた。
「……おばあちゃん、あの手紙って、何なの?」
震えながら聞くと、祖母はしばらく沈黙し、それからぽつりと話し始めた。
昔、この家には、奉公に出された女中がいた。
彼女は町に住む男と恋仲になり、ひそかに手紙をやりとりしていた。
だが、そのことが屋敷の主人に知られ、手紙はすべて奪われ、彼女は井戸に投げ込まれて死んだ。
彼女が亡くなった後、夜になると、「手紙を返して」と囁く声が屋敷中に響くようになった。
恐れた主人は、彼女が残した手紙を箱に封じ、決して開けないようにした。
「……だから、手紙は開けてはいけなかったんだよ」
祖母はそう言って、ユキコ叔母の手を握りしめた。
その手は、ひどく冷たかった。
6
その後、祖母は村の僧侶を呼び、手紙を供養してもらった。
それ以来、「手紙を返して」という声は聞こえなくなったという。
ユキコ叔母は、それからしばらく体調を崩したが、やがて回復した。
だが――
何年か後、祖母の家を改装することになり、納戸を整理していたときのことだった。
古い木箱を開けると、供養されたはずの手紙が、元通り箱の中に収まっていたという。
そして、最も上に置かれた手紙には、こう書かれていた。
「まだ、返してもらっていません」
これは、私の母の実家で実際に起こった話だ。
母の実家は、東北のとある寒村にある。今では過疎化が進み、ほとんど人が住んでいないが、昭和の頃はそれなりに賑わっていた。
母が子供の頃、祖母の家の納戸には、決して開けてはいけないとされている古い木箱があった。
「この箱には、大事なものが入っているんだよ」
祖母はそう言うだけで、決して中身を見せてくれなかった。
しかし、ある年の夏、母のいとこであるユキコ叔母が、その箱を開けてしまったのだ。
2
ユキコ叔母は当時十五歳。好奇心旺盛で、昔から「触るな」と言われるものほど気になってしまう性格だった。
ある日、祖母が畑仕事に出ている間に、ユキコ叔母は納戸へ忍び込んだ。そして、隠されていた木箱の鍵をこじ開けたのだ。
中に入っていたのは、大量の手紙だった。
どの封筒も古びており、表には何も書かれていない。
ユキコ叔母は不思議に思いながら、一通の封を開けてみた。
そこには、震えた筆跡でこう書かれていた。
「手紙を返して」
ユキコ叔母はぞっとした。
中を確かめると、どの手紙にも、同じ言葉が繰り返し書かれていた。
――手紙を返して。手紙を返して。手紙を返して。
それを見た瞬間、部屋の隅から、何かが動く音がした。
3
ユキコ叔母は慌てて顔を上げた。
納戸の奥に、小さな箪笥がある。
そして、その引き戸が、ゆっくりと開いた。
中には、誰もいない。
だが、そこに「誰か」がいる気配がした。
「……手紙、返して……」
かすれた声が聞こえた。
恐怖に駆られたユキコ叔母は、手紙を箱に戻し、乱暴に蓋を閉めた。そして納戸を飛び出し、息を切らしながら祖母のもとへ駆け込んだ。
「おばあちゃん! あの箱、何なの!? 誰かがいる!」
祖母は顔を青ざめ、ユキコ叔母を強く叱った。
「あの箱を開けるなと言ったでしょう!」
その夜、家の中は異様なほど静まり返っていた。
だが――深夜、ユキコ叔母の部屋の外で、何かが歩く音が聞こえた。
4
コツ、コツ、コツ……。
廊下を誰かが歩いている。
家族は皆、寝ているはずだった。
ユキコ叔母は布団の中で、息を殺した。
音は、ゆっくりと彼女の部屋の前で止まった。
そして、障子の向こうから――
白い指先が、少しずつ覗いた。
カサカサに乾いた指先。それは、音もなく障子をなぞっていた。
そして、ふいに、女の声が囁いた。
「……手紙、返して……」
ユキコ叔母は、恐怖のあまり失神した。
5
翌朝、祖母はユキコ叔母を叱ることもなく、ただ仏壇の前で手を合わせていた。
「……おばあちゃん、あの手紙って、何なの?」
震えながら聞くと、祖母はしばらく沈黙し、それからぽつりと話し始めた。
昔、この家には、奉公に出された女中がいた。
彼女は町に住む男と恋仲になり、ひそかに手紙をやりとりしていた。
だが、そのことが屋敷の主人に知られ、手紙はすべて奪われ、彼女は井戸に投げ込まれて死んだ。
彼女が亡くなった後、夜になると、「手紙を返して」と囁く声が屋敷中に響くようになった。
恐れた主人は、彼女が残した手紙を箱に封じ、決して開けないようにした。
「……だから、手紙は開けてはいけなかったんだよ」
祖母はそう言って、ユキコ叔母の手を握りしめた。
その手は、ひどく冷たかった。
6
その後、祖母は村の僧侶を呼び、手紙を供養してもらった。
それ以来、「手紙を返して」という声は聞こえなくなったという。
ユキコ叔母は、それからしばらく体調を崩したが、やがて回復した。
だが――
何年か後、祖母の家を改装することになり、納戸を整理していたときのことだった。
古い木箱を開けると、供養されたはずの手紙が、元通り箱の中に収まっていたという。
そして、最も上に置かれた手紙には、こう書かれていた。
「まだ、返してもらっていません」
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