怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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106)仏間の灯

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1
 これは、私の祖父が若い頃に体験した話だ。

 祖父は戦後まもなく、東北のある寒村で暮らしていた。村の家はどれも古く、大抵の家には仏間があった。仏間とは、仏壇を置いた部屋のことだが、祖父の家の仏間は少し変わっていた。

 夜になると、誰もいないのに灯が点く。

 もちろん、ロウソクや電球が勝手に点くわけではない。

 だが、深夜になると、仏間の襖の向こうがぼんやりと明るくなり、まるで誰かが灯火をともしているように見えるのだという。

 「気味が悪いが、害はないから放っておけ」

 そう言われ、祖父も家族も、その奇妙な現象を特に気にしていなかった。

 だが、ある夜、祖父はどうしてもその灯の正体を確かめたくなった。

2
 夏の蒸し暑い夜だった。

 祖父はふと目を覚ました。家の中はしんと静まり返り、かすかに虫の音が聞こえる。

 すると、いつものように、仏間の襖の向こうがぼんやりと明るくなっていた。

 (誰かいるのか?)

 祖父はそっと布団を抜け出し、静かに襖の前へと近づいた。

 耳を澄ますと、かすかに何かが動く気配がする。

 まるで、誰かが畳の上をゆっくり歩いているような音だった。

 祖父は、一瞬迷った。

 ――開けるべきか、やめるべきか。

 だが、好奇心が勝った。

 スッ……と、襖を開けた。

 次の瞬間――

 そこには、見知らぬ男が座っていた。

3
 男は、仏壇の前に正座し、白い着物を着ていた。

 顔は異様に青白く、口元にはぼんやりとした笑みを浮かべている。

 しかし、何よりも異様だったのは――

 その男が、火のついたロウソクを両手に持っていたことだった。

 「……」

 男はゆっくりと顔を上げ、祖父を見た。

 そして、にっこりと笑いながら、こう言った。

 「座れよ。迎えに来たぞ」

4
 祖父は全身の血が凍るのを感じた。

 何か言おうとしたが、声が出ない。

 すると、男はゆっくりと立ち上がり、仏壇のロウソクを一本手に取ると、祖父に差し出した。

 「持て」

 祖父は本能的に後ずさった。

 男の笑顔は崩れない。だが、その目はどこまでも黒く、底のない穴のようだった。

 そして、次の瞬間。

 スッ……と男の足が消えた。

 祖父は愕然とした。

 男の身体はあるのに、足元には影がなかった。

5
 その瞬間、祖父の体が勝手に動き、無意識のうちに襖を**バタン!**と閉めた。

 心臓の鼓動が異常なほど速い。

 (今のは何だったんだ!?)

 祖父は息を殺し、耳を澄ました。

 しかし、仏間からはもう何の音もしなかった。

 ただ、薄暗い襖の向こうで、ロウソクの灯火がゆらゆらと揺れているのが見えた。

 やがて、いつものように灯は消えた。

 次に目を開けたとき、朝になっていた。

6
 翌朝、祖父は恐る恐る仏間を開けた。

 しかし、そこには何の異変もなかった。

 ロウソクは仏壇にきちんと収められ、畳の上にも、誰かがいた形跡はない。

 だが――

 仏壇の前に、小さな灰が落ちていた。

 まるで、ロウソクの炎が燃え尽きたかのように。

7
 その後、祖父は村の古老にこの話をした。

 すると、古老は険しい顔をして、こう言った。

 「お前、あれは“迎え火の主”だ」

 「迎え火の主?」

 「昔から、あの仏間には“誰かを迎えに来る者”がいると言われていた。お盆の時期に、決してロウソクの灯火を覗いてはいけない。覗けば、お前が次の迎えられる者になる」

 祖父は震え上がった。

 「……じゃあ、俺はもう迎えられるのか?」

 古老はしばらく考え込み、それからこう言った。

 「お前がその灯を直接持たなかったのなら、大丈夫だろう。だが、もし次に呼ばれたら――その時は、必ずロウソクを吹き消せ。」

8
 それから、祖父は仏間の灯を二度と覗くことはなかった。

 しかし、晩年になり、祖父はふとこんなことを言った。

 「……俺が死ぬ時も、あの男が迎えに来るのかな」

 家族は冗談だと思い、笑い飛ばした。

 だが――

 祖父が亡くなった夜、仏間の襖の向こうが、ぼんやりと明るくなっていた。
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