怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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108)さかしま

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1
 これは、私の曾祖母が語った話だ。

 曾祖母の生まれ育った村には、**「さかしま様」**というものがいた。

 「夜道でさかしま様に出会ったら、絶対に真似をしてはいけない」

 そう、村の年寄りは口をそろえて言った。

 だが、どんなものなのか、どこから来るのか、それを詳しく知る者はいなかった。ただ、決して真似てはいけない、それだけが厳しく言い伝えられていた。

 ある晩、曾祖母の村で、それを破った者がいた。

2
 村に住む**新吉(しんきち)**という男がいた。

 彼は無鉄砲で、迷信など信じない性格だった。

 ある日、新吉は酒の席で、さかしま様の話を聞いた。

 「バカバカしい。そんなもの、いるわけがない!」

 そう笑い飛ばした新吉は、酔った勢いでこう言った。

 「もし俺がさかしま様に会ったら、そいつの真似をしてやるよ!」

 村の者たちは青ざめた。

 「やめろ……絶対に真似をしてはいけない……」

 だが、新吉は聞く耳を持たなかった。

 その夜、新吉は家へ帰る途中、さかしま様に出会った。

3
 月明かりの下、田んぼ道をふらふら歩いていた新吉は、異変に気づいた。

 道の真ん中に、誰かが立っている。

 それは、異様に背の高い影だった。

 男のようにも女のようにも見えない。

 ただ、その姿を見た瞬間、新吉は強烈な寒気を覚えた。

 その者は、不自然なほど首を傾け、まるで折れたような角度で立っていた。

 そして――

 突然、腕を逆方向に曲げた。

 関節がありえない角度に折れ、骨がきしむような音が響いた。

 「……さかしま様……」

 新吉は、ぞくりとした。

 だが、酔った勢いで彼は笑った。

 「へへ……これの真似をすればいいんだろう?」

 そう言って、新吉は自分の首を傾け、腕を曲げた。

 その瞬間――

 さかしま様が、笑った。

4
 「……ワタシ……マネ……スル……?」

 かすれた声が響いた。

 新吉は、一瞬体が動かなくなった。

 違う……これは、何かがおかしい。

 だが、もう遅かった。

 さかしま様は、さらにゆっくりと、首を傾けた。

 ボキ……ボキ……

 折れる音とともに、首が完全に逆さまになった。

 そして、にやりと歪んだ口元が見えた。

 「……アナタモ……マネ……スル……?」

 新吉は逃げようとした。

 だが、体が動かない。

 さかしま様が、新吉をじっと見つめている。

 そして、新吉の体が、勝手に動き出した。

5
 新吉は、自分の意思とは関係なく、ゆっくりと首を傾けた。

 ボキ……ボキ……

 首が、逆さまになった。

 「やめろ……やめてくれ……!」

 新吉の声は、もう誰にも届かない。

 次に、腕がぐにゃりと曲がる。

 足の関節が逆に折れ、体が異常な形になっていく。

 そして、新吉は、さかしま様と同じ姿になった。

 さかしま様は満足そうに笑い――

 そのまま、影とともに、新吉を引きずり込んだ。

6
 翌朝、新吉は見つからなかった。

 村人たちは必死に探したが、彼の姿はどこにもなかった。

 ただ、新吉が最後に目撃された田んぼ道には、妙な足跡が残っていた。

 それは、まるで逆さまに歩いたような足跡だった。

 「……新吉は、さかしま様になったんだ」

 誰かがそう呟いた。

7
 それ以来、村ではますます「さかしま様には決して真似をしてはいけない」と語り継がれた。

 そして、曾祖母はこう言った。

 「今も夜道で、首を傾けた者に出会うことがあるらしい。」

 「もし見かけたら、絶対に目を逸らせ。決して真似をしてはいけない。」

 「さもなければ……次のさかしま様になるのは、お前だよ。」
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