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109)『真夜中のチャイム』
──午前3時ちょうどに、誰もいない校舎からチャイムが鳴ったら、それは“人”じゃない“何か”が動き出す合図。
そんな話を、俺たちは本気にしていなかった。
舞台は市内にある古い中学校。創立百年以上の歴史がある、鉄筋コンクリート3階建ての校舎。薄暗くてジメついた廊下と、ほこり臭い理科準備室、夜になると風もないのに揺れるカーテン。お化け話には事欠かないような学校だった。
その夜、俺たち4人は、そこにいた。
深夜の校舎に無断で侵入して“チャイムの噂”を確かめに来たのだ。
集まったのは、俺・祐介(ゆうすけ)、リーダー格の正人(まさと)、怖いもの知らずの里菜(りな)、そしておとなしい性格の直人(なおと)。中学3年、受験を目前に控えた時期だった。
ことの発端は、里菜の一言だった。
「ねえ、チャイムの話って知ってる? 午前3時に鳴ると、戻ってこれないってやつ」
どうやら数十年前、夜中に校舎に忍び込んでいた不良グループが、午前3時のチャイムを聞いた直後に**“1人を残して全員行方不明になった”**という噂があるらしい。その残された1人は精神を病んでしまい、今も施設に入っているという。
「そんなの作り話に決まってんだろ」と正人は笑っていたが、里菜はスマホの画面を見せてきた。掲示板に投稿されていた実体験らしき書き込み。
> 「3時のチャイム、聞いた。
> 廊下にいた“やつ”と目が合った。
> 気づいたら朝で、誰もいなくなってた。」
名前はなく、信憑性も怪しい投稿だったが、なぜか心に引っかかった。
「試してみようよ」
里菜は言った。「4人いれば、平気でしょ?」
校舎に忍び込んだのは、金曜の深夜。
部活で使っていた通用口のドアは、運がいいことに鍵がかかっていなかった。中はしんと静まり返っていた。昼間の喧騒が嘘のような静寂。俺たちは懐中電灯を頼りに、人気のない廊下を歩き、3階の教室へと向かった。
時計は午前2時35分。
校内放送のスピーカーが教室の隅にある。あそこからチャイムが鳴るらしい。
「ほんとに鳴るのかな」
直人が不安そうに呟いた。
「まぁ、鳴んなきゃ鳴んなかったで、つまんねーってだけだろ」
正人が持ってきたスナック菓子を開け、勝手に食い出す。俺と里菜はスマホをいじりながら、時間が過ぎるのを待っていた。
午前2時58分。
「そろそろだな」
緊張感が走る。
俺は何気なく教室のドアを見た。開いている扉の向こうの廊下が、どこか歪んで見えた。遠近感が狂っているような、そんな違和感。
そのときだった。
キーンコーンカーンコーン
午前3時、確かにチャイムが鳴った。
音は、普段の昼間に鳴るチャイムとまったく同じだった。だが、夜の校舎で聞くその音は、不自然なほどにくっきりしていて、冷たい。
教室の中に、誰も動こうとしない沈黙が流れる。
チャイムの余韻が消える、その直前。
カタ……カタ……
どこか遠くから、何かがゆっくり歩くような音がした。
それが廊下からだと気づいたのは、ほんの数秒後。
俺たちは、全員無言で顔を見合わせた。
誰かがふざけて歩いているのではない。そんな足音じゃなかった。
擦り足のような音。ズズ……ズズ……と、何かを引きずっている。
「……やばい、出よう」
直人が震える声で言った瞬間だった。
廊下の向こう、曲がり角に何かがいた。
見えたのは、青白い顔と黒い学生服のような影。
そいつは動かない。ただ、首をすこしだけ傾けて、こちらを見ているようだった。
俺たちは、逃げた。
先頭を走っていた正人が階段へと向かい、後ろに里菜と直人、最後尾が俺だった。
けれど、校舎の構造が――おかしかった。
2階に降りたはずなのに、また3階の廊下に出ていた。階段の踊り場を降りるたびに、戻ってくるのだ。
「出口どこだよ!?なんで3階なんだよ!」
正人が叫ぶ。
背後からは、ゆっくりと確実に近づいてくる足音。誰かが廊下の電気を入れたように、赤い非常灯だけがぼんやりと灯っていた。
その光の中、そいつは見えた。
目がない顔、開いた口から黒い液体が垂れている。
「やだやだやだ!!来てる!!」
直人が泣きながら叫んだ。里菜が彼の手を引っ張る。
俺も叫んだ。「早く逃げろ!!」
でも、その声が――届いていなかった。
朝。
俺は保健室のベッドで目を覚ました。
体中が冷たくて、頭がガンガンする。
校舎には、誰もいなかった。
いや、“他の3人が消えていた”。
警察、教師、保護者――いろんな人が詰め寄ってきたが、何が起きたのか答えられなかった。
俺の証言は「目を覚ましたら、誰もいなかった」。
正人、里菜、直人。彼らはその日を最後に行方不明になった。
俺は、今でも思う。
あのときの“何か”は、本当にこの世のものじゃなかった。
3時のチャイムは、あの存在の“目覚めの合図”。
逃げたのに、なぜ俺だけが助かったのか?
あれから、毎晩午前3時になると、耳の奥であのチャイムが鳴る。
キーンコーンカーンコーン……
そして、昨夜から――
俺の部屋の隅に、見覚えのある学生服の影が立っている。
首を傾けて、じっとこちらを見ている。
足元には、黒い液体がぽたり、ぽたりと滴っている。
そんな話を、俺たちは本気にしていなかった。
舞台は市内にある古い中学校。創立百年以上の歴史がある、鉄筋コンクリート3階建ての校舎。薄暗くてジメついた廊下と、ほこり臭い理科準備室、夜になると風もないのに揺れるカーテン。お化け話には事欠かないような学校だった。
その夜、俺たち4人は、そこにいた。
深夜の校舎に無断で侵入して“チャイムの噂”を確かめに来たのだ。
集まったのは、俺・祐介(ゆうすけ)、リーダー格の正人(まさと)、怖いもの知らずの里菜(りな)、そしておとなしい性格の直人(なおと)。中学3年、受験を目前に控えた時期だった。
ことの発端は、里菜の一言だった。
「ねえ、チャイムの話って知ってる? 午前3時に鳴ると、戻ってこれないってやつ」
どうやら数十年前、夜中に校舎に忍び込んでいた不良グループが、午前3時のチャイムを聞いた直後に**“1人を残して全員行方不明になった”**という噂があるらしい。その残された1人は精神を病んでしまい、今も施設に入っているという。
「そんなの作り話に決まってんだろ」と正人は笑っていたが、里菜はスマホの画面を見せてきた。掲示板に投稿されていた実体験らしき書き込み。
> 「3時のチャイム、聞いた。
> 廊下にいた“やつ”と目が合った。
> 気づいたら朝で、誰もいなくなってた。」
名前はなく、信憑性も怪しい投稿だったが、なぜか心に引っかかった。
「試してみようよ」
里菜は言った。「4人いれば、平気でしょ?」
校舎に忍び込んだのは、金曜の深夜。
部活で使っていた通用口のドアは、運がいいことに鍵がかかっていなかった。中はしんと静まり返っていた。昼間の喧騒が嘘のような静寂。俺たちは懐中電灯を頼りに、人気のない廊下を歩き、3階の教室へと向かった。
時計は午前2時35分。
校内放送のスピーカーが教室の隅にある。あそこからチャイムが鳴るらしい。
「ほんとに鳴るのかな」
直人が不安そうに呟いた。
「まぁ、鳴んなきゃ鳴んなかったで、つまんねーってだけだろ」
正人が持ってきたスナック菓子を開け、勝手に食い出す。俺と里菜はスマホをいじりながら、時間が過ぎるのを待っていた。
午前2時58分。
「そろそろだな」
緊張感が走る。
俺は何気なく教室のドアを見た。開いている扉の向こうの廊下が、どこか歪んで見えた。遠近感が狂っているような、そんな違和感。
そのときだった。
キーンコーンカーンコーン
午前3時、確かにチャイムが鳴った。
音は、普段の昼間に鳴るチャイムとまったく同じだった。だが、夜の校舎で聞くその音は、不自然なほどにくっきりしていて、冷たい。
教室の中に、誰も動こうとしない沈黙が流れる。
チャイムの余韻が消える、その直前。
カタ……カタ……
どこか遠くから、何かがゆっくり歩くような音がした。
それが廊下からだと気づいたのは、ほんの数秒後。
俺たちは、全員無言で顔を見合わせた。
誰かがふざけて歩いているのではない。そんな足音じゃなかった。
擦り足のような音。ズズ……ズズ……と、何かを引きずっている。
「……やばい、出よう」
直人が震える声で言った瞬間だった。
廊下の向こう、曲がり角に何かがいた。
見えたのは、青白い顔と黒い学生服のような影。
そいつは動かない。ただ、首をすこしだけ傾けて、こちらを見ているようだった。
俺たちは、逃げた。
先頭を走っていた正人が階段へと向かい、後ろに里菜と直人、最後尾が俺だった。
けれど、校舎の構造が――おかしかった。
2階に降りたはずなのに、また3階の廊下に出ていた。階段の踊り場を降りるたびに、戻ってくるのだ。
「出口どこだよ!?なんで3階なんだよ!」
正人が叫ぶ。
背後からは、ゆっくりと確実に近づいてくる足音。誰かが廊下の電気を入れたように、赤い非常灯だけがぼんやりと灯っていた。
その光の中、そいつは見えた。
目がない顔、開いた口から黒い液体が垂れている。
「やだやだやだ!!来てる!!」
直人が泣きながら叫んだ。里菜が彼の手を引っ張る。
俺も叫んだ。「早く逃げろ!!」
でも、その声が――届いていなかった。
朝。
俺は保健室のベッドで目を覚ました。
体中が冷たくて、頭がガンガンする。
校舎には、誰もいなかった。
いや、“他の3人が消えていた”。
警察、教師、保護者――いろんな人が詰め寄ってきたが、何が起きたのか答えられなかった。
俺の証言は「目を覚ましたら、誰もいなかった」。
正人、里菜、直人。彼らはその日を最後に行方不明になった。
俺は、今でも思う。
あのときの“何か”は、本当にこの世のものじゃなかった。
3時のチャイムは、あの存在の“目覚めの合図”。
逃げたのに、なぜ俺だけが助かったのか?
あれから、毎晩午前3時になると、耳の奥であのチャイムが鳴る。
キーンコーンカーンコーン……
そして、昨夜から――
俺の部屋の隅に、見覚えのある学生服の影が立っている。
首を傾けて、じっとこちらを見ている。
足元には、黒い液体がぽたり、ぽたりと滴っている。
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