怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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111)『アイミちゃんがいる』

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 「教室にね、アイミちゃんがいるよ」

 小学校3年生の娘、七海(ななみ)はそう言った。

 仕事を終えて帰宅した私に、嬉しそうに報告してくる。

 「どんな子?」と尋ねると、七海は絵を描いてくれた。

 色の薄い長髪、前髪がぱっつんに切られていて、大きな黒目が印象的だった。セーラー服のような服を着ていて、少し年上のようにも見える。

 「学校の子?」

 「ううん、転校生じゃないよ。だって、前からずっといるって言ってたもん」

 七海はそう言って笑った。

 担任の先生に、それとなく話をした。

 「“アイミちゃん”というお子さんはいますか?」

 先生は少しだけ眉をひそめた。

 「いえ、アイミという名前の子は在籍していませんね。以前も記録にはありません」

 「娘が“教室にいる”って言ってるんです」

 先生は苦笑しながら言った。

 「実は、七海さんの前にも、同じようなことを言う子が何人かいました。“アイミちゃんと遊んだ”とか、“アイミちゃんが消えた”とか……。ただ、どの子も、学年が変わるとパタリと口にしなくなるんです。不思議なんですが」

 帰り道、ざらりとしたものが胸に残った。

 ある日、七海の連絡帳を何気なく見たときだった。

 そこには、びっしりと同じ言葉が繰り返し書かれていた。

 > 「あいみだよ」
 > 「また あそぼ」
 > 「ないしょの こと おぼえてる?」
 > 「あいみ だいすき」
 > 「しんじゃったの しってる?」

 すべて、七海の筆跡ではなかった。

 震えながらページをめくっていくと、最後のページに、鉛筆でこう書かれていた。

 > 「おかあさんも、あいみに なれるよ」

 七海の様子がおかしくなっていった。

 誰もいない部屋に話しかけるようになり、夜中に起きて鏡の前で「アイミちゃん、アイミちゃん……」と繰り返すこともあった。

 ある夜、リビングに置いてあった私のスマホの録音機能が、勝手に作動していた。

 確認すると、音声データが残っていた。

 再生する。

 七海の声:「アイミちゃん、今日はなにする?」

 そして、続くのは、聞き慣れない少女の声。

 くぐもっていて、冷たい声だった。

 「しってるよ。ママ、わたしのこと うばったんだよね」

 何かが、おかしい。
 誰かが、七海に取り憑いている。

 私は一度、七海の部屋をすべて掃除した。
 机の引き出しの奥から、手書きのアルバムのようなものが出てきた。

 表紙には「アイミちゃん」とだけ書かれている。

 中には、無数の子どもたちの顔写真が貼られていた。だがどれも、目の部分が破られていた。

 最後のページに、七海の写真があった。

 まだ破られていない、その写真の下に、赤いペンでこう書かれていた。

 > 「つぎは、ななみちゃんの ばん」

 私はその夜、アルバムを燃やした。

 七海は悲鳴を上げて泣き叫んだ。「アイミちゃんが痛いって言ってる!かわいそう!!」

 それ以来、七海は口をきかなくなった。

 学校でも誰とも話さず、家ではじっと窓の外を見ている。

 そしてある晩、ふと口を開いた。

 「ママ、どうしてあのとき、アイミちゃんを助けなかったの?」

 心当たりが――あった。

 昔、私が小学生の頃。
 同じクラスに、**相沢愛美(あいざわ・あいみ)**という無口な女の子がいた。

 いじめられていた。でも、私は助けなかった。

 ある日、彼女は学校の屋上から飛び降りた。

 「事故」として処理されたが、あのとき、私も屋上にいた。

 「誰か止めてよ……」

 アイミはそう言った。

 でも、私は何も言えなかった。

 目をそらした。

 七海の身体を通して、あの子が戻ってきたのだ。

 それに気づいた夜、七海は姿を消した。

 玄関は開いておらず、窓も施錠されていた。
 家のどこを探してもいない。警察にも届けた。

 でも見つからなかった。

◆エピローグ
 今、私は空になった七海の部屋で、鏡の前に座っている。

 鏡の中には、私の後ろに、前髪をまっすぐ切った少女が立っている。

 目のない顔。濡れた制服。口だけが笑っていた。

 「ママ、つぎは あなたの ばん」
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