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112)『じっと見てる』
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ある夜、ふと目が覚めた。
時刻は午前2時33分。室内は真っ暗で、外の街灯の光がカーテンの隙間からぼんやりと差し込んでいる。
何かの気配があった。
ベッドに寝たまま目だけを動かす。部屋の隅――押入れの横、暗がりの中に何か“黒いもの”が立っている。
輪郭がぼやけているせいで、見間違いかもしれない。だが、その“影”は明らかにこちらを向いているのがわかった。
瞬きをして、もう一度見た。影は微動だにしていない。ただ、目を凝らすほど、確かに“何か”がそこにいることがわかる。
誰かが、じっと、見ている。
その日から、毎晩、同じ時間になると目が覚めるようになった。
そして、同じ場所に“それ”がいる。
話したわけでも、動いたわけでもない。ただ、「そこにいる」という圧倒的な存在感が、確かにあった。
照明をつけると何もいない。
だが、照明を消すとまた現れる。
まるで、光があるときには見えないが、闇の中でだけ“立っている”。
「……それって、夢じゃない?」
妹にそう言われたが、違うと確信していた。
俺の部屋は、亡き祖父が使っていた和室を改装したものだ。
そう思い出したとき、ふとある記憶がよみがえった。小学生のころ、祖父が寝言のように言っていた言葉。
「あの隅に、夜になると立つやつがいる」
冗談だと思っていた。けれど、もしかすると祖父は本当に“それ”を見ていたのではないか。
ある晩、試しに“影”のある場所にスマホを向けて写真を撮ってみた。
画面には、何も映っていなかった。
だが、写真アプリで拡大して確認すると、そこだけピクセルが濃く潰れていた。まるで、何か“濃いもの”がある場所だけ、情報が歪んでいるような。
その晩から、部屋の空気が変わった。
日中でも部屋に入ると、どこかに見られている感覚がぴたりと張り付いて離れなかった。
家系のことを調べようと、母に祖父の話を聞いてみた。
「おじいちゃん、あの部屋で何か見たって言ってた?」
母は一瞬、驚いたような顔をしてから口をつぐんだ。
「……そうね。でも、あれはもう随分昔のことよ。おじいちゃんが子供の頃から“あの隅”には、何かいるって言ってたらしいわ」
「昔から?」
「ええ、“あれ”は代々、誰かひとりが受け継ぐの。姿は見えないけど、見てるって感じるらしいの」
「なにそれ、どういう……?」
母は目を伏せた。
「その役目はね、“誰にも話さなかった子”に受け継がれるのよ」
言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。
その夜、部屋の隅の影が少しだけ近づいていた。
部屋の中央、畳の境目に足元がある。輪郭がくっきりしている。
目線が合っている気がする。呼吸ができない。
照明をつける。何もいない。
部屋を出る。台所で水を飲む。
だが、冷蔵庫の鏡面に部屋の隅に立っている“黒い人影”が映っていた。
精神科にも相談した。
「見えてしまうストレスか、睡眠障害でしょう」と薬を渡された。
だが、“それ”は薬を飲んでも変わらなかった。
むしろ、夜になるとますます近づいてくる。
見てる、見てる、見てる。
声にならない圧力が、首元を締めつける。
ある夜、夢の中で祖父が出てきた。
畳の上に正座し、静かにこちらを見ている。
口が動いた。だが声は出ない。
祖父は口の中から血まみれの目玉を吐き出した。
「目が合うと、代わるんだ」
目覚めると、俺の枕元に、誰かのものと思われる小さな目玉の模型が置かれていた。
気づけば、スマホの写真フォルダには、部屋の隅の**“それ”を描いた無数の落書き**が保存されていた。
俺は撮っていない。描いてもいない。
だが、そこには日付と時刻があり、毎晩午前2時33分に記録されていた。
決意して、俺は部屋を引っ越すことにした。
だが――その前の晩、“それ”はすぐ目の前に立っていた。
黒い影。顔がなかったはずなのに、俺と同じ顔をしていた。
そして、こう囁いた。
「やっと、見えたね」
◆エピローグ
現在、俺は実家の和室に住んでいる。
夜はよく眠れる。
部屋の隅に“何か”が立っているのが見えるが、不思議と怖くない。
ああ、そうか。
今、じっと見ているのは、俺の方なんだ。
時刻は午前2時33分。室内は真っ暗で、外の街灯の光がカーテンの隙間からぼんやりと差し込んでいる。
何かの気配があった。
ベッドに寝たまま目だけを動かす。部屋の隅――押入れの横、暗がりの中に何か“黒いもの”が立っている。
輪郭がぼやけているせいで、見間違いかもしれない。だが、その“影”は明らかにこちらを向いているのがわかった。
瞬きをして、もう一度見た。影は微動だにしていない。ただ、目を凝らすほど、確かに“何か”がそこにいることがわかる。
誰かが、じっと、見ている。
その日から、毎晩、同じ時間になると目が覚めるようになった。
そして、同じ場所に“それ”がいる。
話したわけでも、動いたわけでもない。ただ、「そこにいる」という圧倒的な存在感が、確かにあった。
照明をつけると何もいない。
だが、照明を消すとまた現れる。
まるで、光があるときには見えないが、闇の中でだけ“立っている”。
「……それって、夢じゃない?」
妹にそう言われたが、違うと確信していた。
俺の部屋は、亡き祖父が使っていた和室を改装したものだ。
そう思い出したとき、ふとある記憶がよみがえった。小学生のころ、祖父が寝言のように言っていた言葉。
「あの隅に、夜になると立つやつがいる」
冗談だと思っていた。けれど、もしかすると祖父は本当に“それ”を見ていたのではないか。
ある晩、試しに“影”のある場所にスマホを向けて写真を撮ってみた。
画面には、何も映っていなかった。
だが、写真アプリで拡大して確認すると、そこだけピクセルが濃く潰れていた。まるで、何か“濃いもの”がある場所だけ、情報が歪んでいるような。
その晩から、部屋の空気が変わった。
日中でも部屋に入ると、どこかに見られている感覚がぴたりと張り付いて離れなかった。
家系のことを調べようと、母に祖父の話を聞いてみた。
「おじいちゃん、あの部屋で何か見たって言ってた?」
母は一瞬、驚いたような顔をしてから口をつぐんだ。
「……そうね。でも、あれはもう随分昔のことよ。おじいちゃんが子供の頃から“あの隅”には、何かいるって言ってたらしいわ」
「昔から?」
「ええ、“あれ”は代々、誰かひとりが受け継ぐの。姿は見えないけど、見てるって感じるらしいの」
「なにそれ、どういう……?」
母は目を伏せた。
「その役目はね、“誰にも話さなかった子”に受け継がれるのよ」
言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。
その夜、部屋の隅の影が少しだけ近づいていた。
部屋の中央、畳の境目に足元がある。輪郭がくっきりしている。
目線が合っている気がする。呼吸ができない。
照明をつける。何もいない。
部屋を出る。台所で水を飲む。
だが、冷蔵庫の鏡面に部屋の隅に立っている“黒い人影”が映っていた。
精神科にも相談した。
「見えてしまうストレスか、睡眠障害でしょう」と薬を渡された。
だが、“それ”は薬を飲んでも変わらなかった。
むしろ、夜になるとますます近づいてくる。
見てる、見てる、見てる。
声にならない圧力が、首元を締めつける。
ある夜、夢の中で祖父が出てきた。
畳の上に正座し、静かにこちらを見ている。
口が動いた。だが声は出ない。
祖父は口の中から血まみれの目玉を吐き出した。
「目が合うと、代わるんだ」
目覚めると、俺の枕元に、誰かのものと思われる小さな目玉の模型が置かれていた。
気づけば、スマホの写真フォルダには、部屋の隅の**“それ”を描いた無数の落書き**が保存されていた。
俺は撮っていない。描いてもいない。
だが、そこには日付と時刻があり、毎晩午前2時33分に記録されていた。
決意して、俺は部屋を引っ越すことにした。
だが――その前の晩、“それ”はすぐ目の前に立っていた。
黒い影。顔がなかったはずなのに、俺と同じ顔をしていた。
そして、こう囁いた。
「やっと、見えたね」
◆エピローグ
現在、俺は実家の和室に住んでいる。
夜はよく眠れる。
部屋の隅に“何か”が立っているのが見えるが、不思議と怖くない。
ああ、そうか。
今、じっと見ているのは、俺の方なんだ。
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