怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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115)『三番目の部屋』

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東京の西側、築40年の古びたマンション。
 駅から徒歩20分、間取りは1LDK。家賃は相場より1万5千円も安い。
 不動産会社の担当者は、「古いだけで事故物件じゃないですよ」とにこやかに言っていた。

 まあ、それは嘘だったんだけど――俺は、そのとき知らなかった。

 間取り図には「1LDK」。
 LDKと寝室、あと小さな収納と水回りで、コンパクトながらそれなりに快適だった。内装はリフォーム済み。多少の傷やカビはあるが、個人で暮らすには十分だった。

 引っ越し当日、荷物を運び入れながらふと違和感を覚えた。

 部屋の奥にあるドアが、間取り図に載っていない。

 不動産屋から渡された間取りには、LDKの先には寝室とバルコニーがあるだけ。
 だが、バルコニーと反対側の壁に、もう一つドアがあった。

 少し古びた木製の扉。鍵もついていない。ノブをひねると、ゆっくりと開いた。

 その先は、何もない小部屋だった。

 四畳ほどの広さ。窓も照明もない。コンセントもない。
 ただ、四角い空間に、うっすらとホコリの匂いがこもっていた。

 「……何だここ?」

 物置? いや、あまりに不自然だ。
 間取り図にないし、担当者にも聞いていない。

 それでも、気味が悪いほど綺麗だった。
 埃はあるのに、床や壁に一切の傷がなかった。

 その夜、部屋に入って一晩過ごした。

 夜中、奇妙なことが起きた。

 部屋の温度が、急に下がった。

 寝室にいても、クーラーを切っているのに、まるで氷水の中にいるように肌が冷える。
 耳の奥で、小さく「コツ、コツ、コツ……」と何かが叩かれるような音がしていた。

 翌朝、“あの部屋”を覗いてみた。

 すると――昨夜はなかったはずの、黒いシミが床に浮かんでいた。

 日を追うごとに、“三番目の部屋”は変化していった。

 ある日は、天井に無数の釘が打ち込まれていた。
 別の日には、床に誰かの裸足の足跡が複数、奥からこちらに向かって並んでいた。

 電気はないのに、奥の方だけがぼんやりと薄明るく光っていた。

 そこから、低くうなるような声が聞こえる。

 「ここ……に……いたの……」

 たまらず、不動産会社に連絡した。

 「すみません、間取りと違う部屋があるんですが……」

 担当者は少し黙ってから、こう答えた。

 「……ああ、“三番目の部屋”、開けちゃったんですね」

 「え? 知ってたんですか?」

 「本当は、開けちゃいけないって言われてるんです。正式には物件情報にも書いてません」

 「何なんですか、あの部屋?」

 彼は言いにくそうにしてから、ぽつりと答えた。

 「そこ、前の住人が“消えた部屋”なんです」

 どうやら、数年前にこの部屋に住んでいた人が突然失踪し、捜索願も出されたが見つかっていないという。

 警察が調査したが、外に出た形跡もなく、荷物も残されたままだった。
 ただひとつ、不審だったのが――

 “存在しないはずの部屋”に、誰かがいた痕跡があったこと。

 布団、歯ブラシ、日記。

 だがその部屋は、構造上存在しないことになっていた。

 俺は引っ越しを決意した。

 荷物をまとめ、引越し業者も手配した。もう一晩、この部屋で過ごせば終わる。

 だが――最後の夜、“三番目の部屋”のドアが自動的に開いていた。

 そして中には、俺のバッグと、パジャマと、スマホが置かれていた。

 「……は?」

 誰がこんなことを? いたずら? 侵入者?

 いや、違う。
 これらは――今、俺が身に着けているものだった。

 部屋の中に、“俺がいる”。

 そして、奥から“もう一人の自分”が出てきた。

 服も髪型も顔も、すべて同じ。ただ、目だけが真っ黒に染まっていた。

 そいつは言った。

 「交代の時間だよ」

◆エピローグ
 数週間後、不動産サイトに新しい物件情報が更新された。

 「格安1LDK、駅から徒歩20分。広めの収納スペースあり。」

 その間取り図には、相変わらず**“三番目の部屋”は載っていない**。

 でもその部屋の隅には、誰かが書き残した落書きがあった。

 > 「ドアは開けるな」
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