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第6話「その人、ほんまはええ人なんちゃうん?」
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月曜の朝。舞子はオフィスの自分の席に座るなり、ため息をついた。
「はぁ……」
「え、どうしたん? 週明けから色気出しすぎやで」
隣の席からツッコんできたのは、もちろん佐伯菜々。
「いや、ちょっとな……週末に、偶然課長見かけてもうてん」
「え? プライベートで!? どこで!?」
「代々木公園。たまたま。ほんで、迷子の子助けててん、あの人。むっちゃ自然体で」
菜々が口をあんぐり開けた。
「え……あの氷河期代表みたいな人が?」
「そうやねん。で、そのあとカフェ行って、なんか普通に喋って……
で、気づいたらうち、もう完全に“好き”ってなってもうたんや」
舞子は机に突っ伏した。
「……バレたら終わりやのに。あかんわ、これ完全に恋や」
「いやいや、ちょっと待って。カフェ行ったって何!? それって、もうデート一歩手前ちゃうん?」
「いや、そこはあくまで偶然やったから。向こうはたぶん気にしてへんと思うけど……
でもな、あの人の“ほんまの顔”ちょっとだけ見えた気がしてん。あれ、あれは……ズルいわ」
菜々は腕を組んで唸る。
「……それさ、本庄課長って、もしかして“わざと冷たくしてる”んちゃう?」
「……え?」
「いや、うちの前の部署の先輩が言うててん。“あの人は誰に対してもフラットやけど、昔はもっと笑う人やった”って」
「……」
舞子の脳内で、あの一瞬見せた笑顔と、代々木公園での優しい仕草がよみがえる。
(やっぱりあの人、ほんまはええ人なんちゃうん……?)
その日の午後。舞子は用事で経営企画室へ書類を届けに行った。
そこで見かけたのは、本庄課長の同期にして“ちゃらんぽらん代表”こと――
浅見 隼人(あさみ はやと)。
「やあやあ、宮本さんじゃない。ようこそ我らが書類地獄へ」
「どもです~。あの、営業企画部からの申請書を……」
「ありがと。うちの事務が今ちょっと席外してるから、代わりに受け取るよ」
軽いノリ。口調も柔らかいし、表情もクルクル変わる。
本庄課長とは正反対すぎる人や。
すると彼が、ニヤリと笑ってきた。
「ところでさ、君って……本庄のこと、どう思ってるの?」
「へっ!? え、あの、それはその……」
「いや、そんなに慌てるってことは……ふふふ。なるほどね~」
(く、くっそ~……東京人はなんでこう勘がええんや!?)
「……でも、まあ彼のこと好きになるのは無理もないよ。顔も良いし、仕事もできるし、優しいし」
「や、優しい……?」
「うん。まあ、昔の話だけどね。大学時代からずっと一緒にいてさ。
本庄って、ああ見えてすごく“人のことを考える”やつだったんだよ。
困ってる人いたら、放っとけない。熱血ってほどじゃないけど、正義感があった」
「……そうなんですか」
「でも、ある時から、急に変わっちゃってね」
「……」
「たしか、婚約してた彼女とのことが原因だったと思う。俺も詳しくは聞いてないけど、
彼女が突然いなくなって、すごい落ち込んで……。
そっから、仕事もプライベートも完璧主義になった。感情を出さなくなったのは、たぶんそのせい」
舞子は、思わず息をのんだ。
(……あの人にも、傷があるんや)
氷のように冷たいのは、冷たくしてるんやなくて――
傷を隠してるからなんや。
「……そんなこと、本人からは聞けないですね」
「うん。彼、そういうの話すのめっちゃ苦手だから。
でもね、俺は思うんだよ。“誰か”がその氷を溶かしてくれればって」
浅見はそう言って、いたずらっぽく笑った。
「君、案外その役、向いてるんじゃない?」
「……!」
舞子の心臓が、どくん、と跳ねた。
その言葉が、“真面目に恋してええかも”って背中を押された気がして。
オフィスに戻る途中、舞子は思い返していた。
公園で見た笑顔、子供への優しさ、カフェでの会話。
そして、浅見さんから聞いた“過去の本庄課長”。
「……ほんまは、ええ人やねん」
誰かが冷たく見えるのは、ただ冷たいからやなくて、
過去に凍えるようなことがあったからかもしれへん。
なら、うちは――その氷を、ゆっくり溶かしていける存在になりたい。
そう思ってしまった自分に、舞子はちょっとだけ驚いていた。
(でも、気持ちがバレたら終わりや)
(せやけど、気づいてもらえんかったら、始まることすらないんやろな……)
この東京という大きな街で、ただの一OLがひとり、
氷の男の心をあっためようとしてる。
そう思ったら、ちょっとだけ笑けてきた。
でも同時に、今週もまたがんばろうと思える自分が、確かにおった。
「はぁ……」
「え、どうしたん? 週明けから色気出しすぎやで」
隣の席からツッコんできたのは、もちろん佐伯菜々。
「いや、ちょっとな……週末に、偶然課長見かけてもうてん」
「え? プライベートで!? どこで!?」
「代々木公園。たまたま。ほんで、迷子の子助けててん、あの人。むっちゃ自然体で」
菜々が口をあんぐり開けた。
「え……あの氷河期代表みたいな人が?」
「そうやねん。で、そのあとカフェ行って、なんか普通に喋って……
で、気づいたらうち、もう完全に“好き”ってなってもうたんや」
舞子は机に突っ伏した。
「……バレたら終わりやのに。あかんわ、これ完全に恋や」
「いやいや、ちょっと待って。カフェ行ったって何!? それって、もうデート一歩手前ちゃうん?」
「いや、そこはあくまで偶然やったから。向こうはたぶん気にしてへんと思うけど……
でもな、あの人の“ほんまの顔”ちょっとだけ見えた気がしてん。あれ、あれは……ズルいわ」
菜々は腕を組んで唸る。
「……それさ、本庄課長って、もしかして“わざと冷たくしてる”んちゃう?」
「……え?」
「いや、うちの前の部署の先輩が言うててん。“あの人は誰に対してもフラットやけど、昔はもっと笑う人やった”って」
「……」
舞子の脳内で、あの一瞬見せた笑顔と、代々木公園での優しい仕草がよみがえる。
(やっぱりあの人、ほんまはええ人なんちゃうん……?)
その日の午後。舞子は用事で経営企画室へ書類を届けに行った。
そこで見かけたのは、本庄課長の同期にして“ちゃらんぽらん代表”こと――
浅見 隼人(あさみ はやと)。
「やあやあ、宮本さんじゃない。ようこそ我らが書類地獄へ」
「どもです~。あの、営業企画部からの申請書を……」
「ありがと。うちの事務が今ちょっと席外してるから、代わりに受け取るよ」
軽いノリ。口調も柔らかいし、表情もクルクル変わる。
本庄課長とは正反対すぎる人や。
すると彼が、ニヤリと笑ってきた。
「ところでさ、君って……本庄のこと、どう思ってるの?」
「へっ!? え、あの、それはその……」
「いや、そんなに慌てるってことは……ふふふ。なるほどね~」
(く、くっそ~……東京人はなんでこう勘がええんや!?)
「……でも、まあ彼のこと好きになるのは無理もないよ。顔も良いし、仕事もできるし、優しいし」
「や、優しい……?」
「うん。まあ、昔の話だけどね。大学時代からずっと一緒にいてさ。
本庄って、ああ見えてすごく“人のことを考える”やつだったんだよ。
困ってる人いたら、放っとけない。熱血ってほどじゃないけど、正義感があった」
「……そうなんですか」
「でも、ある時から、急に変わっちゃってね」
「……」
「たしか、婚約してた彼女とのことが原因だったと思う。俺も詳しくは聞いてないけど、
彼女が突然いなくなって、すごい落ち込んで……。
そっから、仕事もプライベートも完璧主義になった。感情を出さなくなったのは、たぶんそのせい」
舞子は、思わず息をのんだ。
(……あの人にも、傷があるんや)
氷のように冷たいのは、冷たくしてるんやなくて――
傷を隠してるからなんや。
「……そんなこと、本人からは聞けないですね」
「うん。彼、そういうの話すのめっちゃ苦手だから。
でもね、俺は思うんだよ。“誰か”がその氷を溶かしてくれればって」
浅見はそう言って、いたずらっぽく笑った。
「君、案外その役、向いてるんじゃない?」
「……!」
舞子の心臓が、どくん、と跳ねた。
その言葉が、“真面目に恋してええかも”って背中を押された気がして。
オフィスに戻る途中、舞子は思い返していた。
公園で見た笑顔、子供への優しさ、カフェでの会話。
そして、浅見さんから聞いた“過去の本庄課長”。
「……ほんまは、ええ人やねん」
誰かが冷たく見えるのは、ただ冷たいからやなくて、
過去に凍えるようなことがあったからかもしれへん。
なら、うちは――その氷を、ゆっくり溶かしていける存在になりたい。
そう思ってしまった自分に、舞子はちょっとだけ驚いていた。
(でも、気持ちがバレたら終わりや)
(せやけど、気づいてもらえんかったら、始まることすらないんやろな……)
この東京という大きな街で、ただの一OLがひとり、
氷の男の心をあっためようとしてる。
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でも同時に、今週もまたがんばろうと思える自分が、確かにおった。
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