氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo

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第9話「同期が知ってる“素顔”」

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「あかん……あれ、ぜっっったいバレたやろ……」

週明けの月曜朝、出勤途中の電車内。舞子はスマホを握りしめながら、心の中で何度もそう呟いていた。

金曜の“至近距離事件”が脳内でエンドレス再生中。

(いやほんま、近かった……あの顔、まつ毛、ちょっと曲がった襟元のシャツ……!)

それだけで、心臓がどんどん勝手に踊りだす。

しかもあのあと、明らかに課長の反応が“いつもと違った”。

そらドキドキもするし、もしかして……とか、ちょっと夢見てまうやんか。

(でも……あの人のこと、まだ全然知らんのや)

優しいとこもある、冷たいとこもある。
笑うときは一瞬やけど、それがめちゃくちゃ刺さる。

けど、なぜそういう人になったのか――
その「理由」は、まだ知らへん。

(知りたい……知ってから、この気持ちを決めたい)

そう思った舞子は、昼休みにひとつ行動を起こす。

  

「……というわけで、浅見さんとランチ行ってくるな」

「え? なんで? ていうかなんの報告?」

「ちょっと聞きたいことがあんねん」

「ええ~? なんか気になる~。なにその“元カノの親友と会う彼女”みたいな空気」

「ちょっとちゃうけどまあまあ正解やわ」

 
舞子はエレベーターに乗り込み、向かったのはビルから5分ほどのカフェ。
経営企画室の浅見隼人とは事前に連絡済み。あっさりOKしてくれた。

カフェに入ると、浅見はすでに席についてアイスコーヒーを飲んでいた。

「やっほー、舞子ちゃん。さっそく核心に迫っちゃう?」

「え、あ、あの……あんまりそういう“探り屋”みたいなん、嫌がらはりません?」

「大丈夫。本庄、今ちょうど社長と会議中だから、言いたい放題してOK」

「……こわ、東京ってそんな感じなん?」

「ちゃうちゃう(笑) でもまあ、彼のこと気になってるのは事実だろ?」

「……はい」

舞子はストローでアイスラテをかき混ぜながら、こくんと頷いた。

「気づいたら目で追ってて、言葉に反応してて、
どんな人か知りたいって思って……あの人の過去も、少し聞いたことはあるけど」

浅見は腕を組みながら、ちょっとだけ目を細めた。

「うん……まあ、“婚約者に突然振られた”って話、聞いたことあるんだろう?」

「はい。菜々ちゃんから」

「それ、本当さ」

「……」

「本庄はね、20代後半で一度婚約してたんだよ。
お互いの家族にも紹介済みで、入籍直前までいってた」

「直前……」

「でも、急に相手から“他に好きな人ができた”って言われて、破談」

「……うわ……」

「……きつかったと思うよ」

 
舞子は言葉を失った。

本庄課長のあの無表情も、冷たい口調も、すべてその過去があってこそなんや。

「それ以来だよ。感情を極力見せなくなったのは。
公平に接する、私情を入れない、誰にも深入りしない。……それが彼のルールになった」

「……それ、しんどくないですか」

「うん。しんどいと思う。でも、本庄は“そうしないと自分を保てない”って思ってる。
まじめすぎるんだよ、あいつは。自分の感情すら“管理対象”にしちゃうんだ」
 

(……あの人、ほんまは、すごく“痛み”を抱えてるんや)

 
浅見はふっと笑って、ストローをくるくる回しながら言った。

「でもさ、本庄が笑ったり、ちょっとでも気を許してる相手って、ここ最近いなかったよ」

「……えっ」

「君のこと、見てるときのあいつ、少し昔の表情に戻ってる。
なんというか、“感情のある顔”をしてるんだよね」

舞子は、胸の奥がギュッとなった。

本庄のことを知って、ますます好きになった。

そして、少しでも彼の“壁”を壊せている自分がいるなら――

そのことが、嬉しかった。

「……うち、もうちょっとだけ、がんばってみようと思います」

「うん。君なら、きっと“氷”を溶かせるよ」

そう言って笑った浅見の笑顔は、本庄のそれとどこか似ていた。

 

オフィスに戻ると、本庄はデスクで淡々とPC作業をしていた。

(……たぶん、知らんまに見てもうてるんやろな)

でも今日は、その“視線”に意味を込めようと思った。

ちょっとだけ、彼の心に触れてみたい。

「……課長、おかえりなさい」

そう声をかけると、本庄は手を止めて、静かに舞子を見た。

「……ただいま。お昼、行かれてましたか?」

「ええ、少し。……課長も、ちゃんとお昼食べはりました?」

一瞬、ほんの一瞬――彼の目が和らいだ。

「……食べました。ありがとうございます」

そのやりとりだけで、舞子の胸はいっぱいになった。

いつか――いつか、
この人の心の中に入れるくらい近づけたらええな。

その日まで、がんばる。

焦らず、じっくり、凍った気持ちを溶かすように。
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