イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫

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 湊さんの同僚さん達に会うことになると聞かされた時はだいぶ緊張したけれど、そこまでする事はなかった。

 よく知っている場所だったというところもあるけれど、彼が言っていたような能天気、ではなくて、私のことを気遣って盛り上げてくれる人達ばかりだったからかもしれない。

 でもそう思うと、偽物の私としてはちょっと心が痛い。

 さっき、どこで出会ったの? と聞かれた時にはドキッとしてしまった。すかさず湊さんが助けてくれたけれど……正直にホテルレストランですと言ってしまったらだいぶ怪しまれていた事だろう。

 そう思うと、警察官さん達の前で嘘をついてしまうのは……心苦しいな。まぁ、もうすでに警察官の一人が嘘をついているのだけれど。


「る~なちゃんっ!」

「え?」


 後ろから、元気な声が私を呼んだ。まさかアルバイト仲間か? と思ったけれど、湊さんの同僚の方で、急遽参加した方だった。確か、早瀬さんだっけ。彼女は、私に駆け寄り腕に絡みついてきた。


「一緒にトイレ行こっ!」

「あ、はい」


 よく知っているお店だからトイレの場所には迷わずに行けた。途中でスタッフと目が合ったけれど気を遣ってか声をかけないでいてくれた。よかった。

 そして、二人でトイレに向かい個室に分かれる。個室から出て手を洗うと、ちょうど早瀬さんも出てきて私に並んだ。


「瑠奈ちゃん、湊君と付き合ったの最近だっけ?」

「あ、はい」

「実はね、湊君に彼女が出来たって同僚が聞いてから一気にその噂広がったんだよ~。だって、今までそんな事全くなかったしぃ」

「へぇ……」

「それより、同僚達と集まる事が多かったかな? 今日のメンバーが多いかも。みんなお酒は好きだけど、帰る時運転手は代行にしないといけないでしょ? だから、下戸の湊君がいてくれるから安心して飲めるのよねぇ~。ほら、私たち警察官が飲酒運転なんて笑えないでしょ~? あははっ!」


 うん、確かに笑えない。ニュースになるんじゃないかな。たまにそういうニュース見かけるかも。笑い事じゃない。


「湊君優しいから私達の事看病してくれるんだよ? この前だって私飲みすぎちゃって~、ちょっと迷惑かけちゃったかなって思ってるの~。湊くんちのベッドも使わせてもらっちゃって、悪かったな~」

「へぇ~。じゃあ今日は飲みすぎないようにセーブしないといけませんね。明日は仕事ですか?」


 ベッド……じゃあ、家に連れて帰ったって事か。確かに優しいところがあるし……でも、さっき湊さん眉間にしわ寄せてたし、私に恋人役任せるくらいだし、どうなんだろう?


「そうねぇ、仕事かな。だから二日酔いにならないように気をつけなくっちゃ。でも、湊君料理上手でしょ? 次の日に作ってくれる味噌汁、よ~く効いたんだよね~、いつも・・・美味しいのよ~。また飲みたいな~。お願いしたらまた・・、作ってくれるかな?」

「へぇ~」


 料理はするって言ってたけど、味噌汁美味しいんだ……ちょっと気になるかもしれない。二日酔いに効く味噌汁。けれど、いつも、とか、また、にだいぶ力は入ってた気がする。という事は、また酔っぱらって湊さんの家に行く事になるって事だよね?

 とはいえ、私はしょせんアルバイト。だから私が何か言う事はない。


「……瑠奈ちゃんって湊君の料理食べた事ある?」

「ないです」

「へぇ~、彼女なのに?」

「はい」

「……」


 ……ん? あっ……ここって嘘でもありますって言った方がよかった? 今私彼女役だし。ちゃんとお仕事やらないと振り込んでもらえない……?

 やばいな……挽回しないと。


「じゃあ、今度作ってもらいますね」


 何だかさっきから笑顔が怖い気もしたけれど、とりあえず逃げよう。そう思いトイレを出た。

 けれど、何故だか湊さんが視界に入った。ちょうど入口近くで壁に背を預けて待っていたようだ。


「トイレですか?」

「トイレのついでに瑠奈が死んでたらと思って待ってた。ビール結構飲んだろ」

「そんなことないよぉ~、私いたし!」

「信用ならない」

「え~ひっど~い!」


 湊さんの腕に抱き着こうとした早瀬さんを交わした湊さんは、私と手を繋いできた。

 ……あまり、バイト先でこういうのはなぁ。目撃されたらたまったもんじゃない。……けど、振り込んでもらう為には身体張ってでも努めなければ。


「そうだ、明日大学ないだろ。ウチ泊まってくか」

「いいんですか? じゃあスーパー寄ってください。朝ご飯作ります」


 だいぶ早瀬さんの痛い視線を感じたので、挽回するようにそう言ってみた。作るのは湊さんではなく私だと。まぁ、私が作ったところで節約の質素な料理しか出てこないのだが。


「じゃあ和食にしてくれ」

「味噌汁は?」

「瑠奈のがいい」


 ……味噌汁は湊さんの方が得意なのでは?


「でもお酒飲んでないじゃないですか」

「別に飲んでなくてもいいだろ。それとも、これから飲ませるつもりか? 俺が酒飲んだら大変だぞ?」

「……飲ませません」


 湊さんが酔っ払ったら、一体どうなるのだろうか。気になりはするけれど、恐ろしそうだからそこには触れないでおこう。

 ちらり、と早瀬さんを覗き見ると……何故か呆気に取られたような顔をしていた。さっきの会話、何かおかしかったかな。

 そうして、ようやく飲み会は幕を閉じた。いつもならお酒を飲んだ人達はタクシーと湊さんの車で帰宅するのだが……


「瑠奈がいるから乗るな。お前らはタクシーで帰れ」


 とのことで、全員タクシーに突っ込まれた。そういえばさっき早瀬さんの前で今日泊まる事を言ってしまったからなんだと思うけれど、それなら途中で降ろせばいいのでは?

 タクシーに乗せて帰っていくのを見送りつつ、私達は車に乗り込んだ。


「あの、ちゃんと出来ました……?」

「あぁ、十分だ」


 その言葉で、ようやく肩の荷が下りた。これで何かやらかせば契約を切られてしまう可能性だってあった。そうなってしまえばいろいろと支払えなくなってしまう。そう思うと、自然と安堵のため息が出てきた。

 あとは……明日、居酒屋の方のアルバイト先のスタッフ達を何とかしないと。とりあえず、言い訳を考えよう。


「泊まるか?」

「えっ」

「言ったろ、ウチに泊まるかって」

「え、あの、嘘ですよね……?」

「ははっ、あぁ、冗談だ。まぁ、もっと酔っぱらってたらあさりの味噌汁でも作ってやったがな」


 あぁ、それが噂の二日酔いに効果的な味噌汁か。効き目十分だし、気になるところではあるけれど……


「契約に入ってます?」

「……冗談だって言ってるだろ」


 ほら帰るぞ、とエンジンをかけていた。

 まぁ、気になるけれど……あれくらいしか飲んでいないから二日酔いにはならないだろうし。さっさと寝て明日のアルバイトに努めよう。

 けれど……湊さんって、あんな風に笑うんだ。ちょっと意外だった。



 
 そして、言わずもがな。アルバイト先である居酒屋に出勤すると他のスタッフ達に捕まった。


「瑠奈ちゃんっ!! 彼氏いるなら言ってくれてもいいじゃないっ!!」

「そうだよそうだよ! 水臭いなぁ!」


 すみません、本物の彼氏じゃないんです。ただの雇い主とアルバイトなんです。

 ……と、言いたいところではあるけれど、それは契約違反なので口が裂けても言えない。

 ほら仕事ですよ、と話を切り上げて逃げた。

 ここの居酒屋は毎日忙しいからか、お給料がいい。もうそろそろでお給料日だから、気合いを入れて仕事をしないと。


「瑠奈ちゃん、彼氏がいるんだって?」

「佐々木先輩もですか」

「はは、僕も見ちゃったもんね。手、繋いでるところ。仲良しだね~」


 もう、そのセリフは聞き飽きた。他にも手を繋いでいる場面を見たスタッフがいて、だいぶからかわれてしまった。仕事とはいえ、一応人目を見て手を繋いでほしい。

 まぁ、私はしょせんアルバイトなんだけどさ。だからこちらからは何も言えない。仕方ない、で割り切ろう。

 それより、また警察官さん達が来ないかが心配である。瑠奈ちゃんだ~って言われたら、何と答えればいいのか分からない。近くに湊さんがいないから助け船がないわけだし。

 とりあえず、出くわしませんようにと祈っておこう。よし、給料日が待っている、頑張れ私。
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