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しおりを挟む「で、逮捕されずに帰還出来たのね。安心安心」
「……笑い事じゃないんですけど」
「でもあの人に助けてもらったんでしょ? よかったじゃない」
次の日大学で琳に捕まり、飲み会でのことを包み隠さず暴露させられてしまった。何となく楽しんでいるようにも見えて、こっちは苦労しているのにと殴り飛ばしたくなってしまった。
だが、彼女もまごう事なく私にアルバイトを提案してくれた張本人。その給料を借金の足しに出来たのでそんな事をするのはとんでもない。
「けどアンタ、本当に正直すぎるわね。その早瀬って人の質問に、はい、って答えちゃうなんて」
「挽回したんだからいいでしょ」
「まぁ、そうだろうけどさ」
湊さんは大丈夫だと言っていたから安心して大丈夫だろう。とりあえず、ミッションクリアだ。
そんな時、スマホが鳴った。画面を覗くと、たった今話題となっていた人物、矢野湊さんだ。メッセージが来ていたらしく……
『今暇か』
と、来ていた。
今はちょうどお昼時。私達はカフェでテーブルを囲んでいたので、暇というわけではない。
『1分後に電話をかけてくれ』
一体どういうことなのだろうか。1分後に電話、ですか。
全くこの意図が分からず、電話をかけるくらいならとOKスタンプを送った。
「どうしたの?」
「1分後に電話をかけろって」
「彼氏?」
「彼氏じゃありません。雇用主です」
「いいじゃん、アルバイトは3ヶ月なんでしょ? まだその期間なんだから彼氏で合ってるでしょ」
「まぁ、そうだけど……」
期間限定の桃たっぷりパンケーキをお預けにされてしまった。
仕方なくスマホを見ていると、時計の数字が一つ進んだ。電話帳を開き、先ほどメッセージを送ってきた彼にかけた。
すると、2コールで出た。
「もしもし」
『瑠奈か』
「あ、はい」
『悪いな、昨日黙って家に置いてって』
「……」
一体、この話は何なのだろうか。昨日、湊さんが謝るようなことはあっただろうか。それに、家に置いてってとは?
『今日、大学昼で終わりだったよな。今日も来るか?』
「……あの、湊さ……」
『俺は遅くなるから合鍵で入ってくれ』
「……」
『夕飯? そうだな……ハンバーグがいいな』
「……」
話の意図が分からないどころか全く噛み合わず黙っていても、湊さんの話がどんどん進んでいる。これ、もしかして……誰かに聞かせてる?
そして、私は途中から何も話すことなく会話が終了したのである。いや、これは会話になっていないか。
ツー、ツー、という会話終了の音のみが鳴り、耳から離したスマホを真顔で見つめる事しか出来なかった。
「……どしたの」
「……全くよく分からん」
「は? 電話しろって言われたんでしょ?」
琳は、途中から全く話さなくなった私を不思議に見ていたけれど、対する私は全くよく分からず混乱中である。
やっぱり、誰かに聞かせていたのかな?
だって、私一昨日は泊まってないから当然昨日は湊さんの家にいないし、合鍵だってもらってない。となると、一昨日家に泊まる事を知っている誰かって事?
すると、スマホにまたメッセージが通知された。
『さっきの会話は嘘だから来なくていい』
……なるほど、そういうことですか。了解しました。
「……私、ちゃんと仕事したらしい」
「あぁ、そういう事ね。ちゃんと彼女やってるじゃん」
「稼がせていただいてますから」
「その調子で頑張れ。……いや、いっそのこと本気で付き合っちゃえば?」
「……は?」
琳からとんでもない言葉が出てきた事に、一瞬思考が停止した。
いっその事本気で付き合っちゃえば? と言ったのか?
一体この女は何を言っているんだ、と呆れを感じた。
「エリート警察で年収もいいし、容姿も申し分ないし、お互いの事知ってるし。じゃあいいじゃん」
「いや、ないから」
周りが煩いという理由で私を雇っているだけであって、彼にとって私はアルバイトの他には何もない。私としても、彼は雇用主。短期で高収入が見込めるアルバイトなのだから、頑張って稼いでいるだけ。その他には何もない。
あ、まぁ、買っていただいたあの国産牛は契約に入っているのか分からないけれど。
そういえばさっきハンバーグが出てきたな。とはいえ、私がハンバーグを作るとなると豆腐ハンバーグになるが。いつも行くスーパーは豆腐が安いし、肉の量が少なくて済むため節約になるのだから自然とそうなる。挽き肉が安い時しか作らないが。
それに何より腹持ちがいいのだから節約メニューに入るのは当たり前の事だ。
まぁでも、私は料理を彼にご披露する事はないだろうけど。それに、私の質素な料理はエリート警視さんの口には物足りないだろうし。
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