厄災の姫と魔銃使い:リメイク

星華 彩二魔

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第八部 三章「真実と痛みの理由」

「愛おしい子」

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 星が空を流れる。山の山頂ではそれがとても近く見える。
 手を伸ばせば届くやもしれないと思えるほど。思わず手を伸ばしてしまえば、隣でほくそ笑む声が聞こえた。
 顔は空に向けたまま、眼鏡越しに視線を横にへとずらす。
 そこにはこちらを見て、今もくすくすと笑う男が一人。
 
「……なんだカルト?」

 笑われていると思えばとても不快になり、ヘイオスは手を下ろし顔をしかめる。

「いえいえ~。ヘイオスくんは可愛らしいな~と思いまして~♪ いいんですよ? 私なんぞに構わず、この一生に一度であろう光景を楽しんでください。私もそんなヘイオスくんを見て飽きるまで面白おかしく楽しませていただきますので」

 どうぞどうぞ、と。カルトは押してくるが、隣でそのような不快な行動を取りつつこちらを観察されるなど迷惑でしかない。
 
「そのような子供の様にいるわけないだろうが。……馬鹿なのか? だから魔女様にもよくバカルトと呼ばれるのだぞ?」

「私からしたらヘイオスくんなど可愛らしいお子様でしてねぇ。孫にほしいと思えるほどですとも。そして魔女様がそう言ってくださるなら、私は喜んで馬鹿者でいさせていただきますとも、ええ、ええ。……と、いうわけで。馬鹿らしく此処で一つ暴れてもよろしいですか?」

「それを私が許すと思っているのか?」

「きゃ~、ヘイオスくん、こっわーい♪ なんて事はないですが、魔女様とのお約束もありますので、暴れるのはまた今度にしてあげましょう。……まあ、そんな日があればですが」

 少し、違和感を感じるように、カルトはわずかながら気を落とした。そう、ヘイオスは感じる。
 珍しくも思える。今度はヘイオスが空を眺めるカルトをじっと見つめた。
 
「……そういえば、この日が魔女様にとっての大切な日だったな」

 ぽつりと呟き、ヘイオスは独り言のように続ける。

「魔女様がずっと待ち焦がれていた、約束の日。今日この日に、魔女様の【願い】は成就される……」

 そして、続けてヘイオスはカルトにへと問いかける。

「……お前は知っているのか? 魔女様の【願い】を」

 カルトなら知っていると、そう思えた。
 カルトは魔女がこの場に連れてきた存在だ。なら、自分かカルトでなら、カルトの方が魔女について詳しくもあるはず。
 彼女が抱く、どうしても叶えたい【願い】すらも。
 ふと問われ、カルトはキョトンとした。
 もう一度、くすっと笑ってから、カルトは立ち上がり、首に飾る長いマフラーを揺らす。
 ……そして、問いにへと答えた。


「そうですね。……魔女様の【願い】。それはですね。――愚か者が生まれない、そんな世界ですよ」


   ◆

 流星と、夜の空気が消え去る。
 視界が苛立つほどチカチカするのは、周囲の水晶によるものだ。
 淡く、薄紫の、葵色の水晶。それらはただ自然に時間をかけてできたというよりは、人工的とも思える。なんせ水晶はそれらだけで一つの建造物としてあったのだから。
 壁も柱も天井も、自身が歯を食いしばる姿すら映す床ですらも、全てがその水晶によって構成されていた。
 見た様子では、どこかの城か。何処までも続くような壮大な回廊。
 カツーン……、カツーン……。
 少しの音がよく響く。
 鳴らしているのは、黒いドレスを纏う、憎たらしい魔女だ。
 魔女は紅い瞳でこちらを向き、ほくそ笑む。
 
 ――ああ……。その顔を今すぐ壊したい……。なのに……っ。

「くっそぉ……ッ!」

 魔銃使い――クロトを束縛する大鳥の足がいくら藻掻いても外れない。抵抗しようとすれば、それを戒めるが如く体を床に押さえつけてくる。
 
『……言いにくいがクロト。フレズベルグに捕まったら簡単には抜け出せないぞ?』

 無駄な抵抗と、遠まわしに言われ腹が立つ。
 ならばとこれを仕掛けたもう一人の魔銃使いを睨みつけた。

「おい! 今すぐこれを外せ!!」

 噛みつくように怒鳴る。
 言われたイロハは魔女の傍でこちらに銃を向けたまま、ビクリと肩を跳ね上がらせて顔を逸らす。
 これは聞く耳を持たないという意味だ。
 今更だが、イロハは魔女側の人間であることを思い出す。少しとはいえ行動を共にしていたせいか、その辺が薄れていた。
 
「もぉ~、クロトったら。そんなに怒らないであげて。イロハは貴方が暴れない様にしてくれて、とてもおりこうさんなんだから。だからイロハは悪くないのよ? むしろ偉いわ」

 魔女はそう言ってイロハを褒める。
 愛おしい子。その一人であるイロハはその言葉に上手く応えられずにいた。

「……それは、道具としてなだけだろ?」

 魔女の好意。それは正に偽善とすらも捉えられる。
 相手を愛しみ、優しい言葉をかけ、【願い】を聞き叶え、肯定する。その代わりの様に、魔女は役目というものを与え利用している。クロトにはそうとしか思えない。
 現にイロハは魔女の言いなりだ。

「だからお前は吐き気がするほど嫌になるんだよっ。……愛おしいなどなんだのっ、結局は自分のために利用したいだけだろうが! 呪いまで付けてまで、無理矢理こんな面倒な事を今まで押し付けやがって……っ」

「好意は偽善。貴方の考えならそうかもしれないけど、私は本当に貴方たちを愛しているのよ? ……可哀想な子たち。世界が生んでしまった、哀れな子たち。……ああ、可哀想に。こんな世界だから、貴方たちは傷ついてばかり。クロトも、イロハも。…………そして、も」

 魔女は手を揺らし、虚空から一つの水晶玉を出現させる。
 掌に乗せられた水晶玉は光を放ち、周囲の水晶にへと反射させた。
 徐々に映し出されたのは、この場とは違う場所。そして、一番に目に入ったのは、――奥の玉座に置かれたエリーの姿だった。
 未だ眠ったまま。この状況にすら気付いていない。もしかしたら、起きぬ様に細工がされているやもしれない。

「ああ……、愛おしい子。私の大事な、この世で最も哀れな子」

「テメェッ! そいつを、どうする気だ!!」

「……どうする? 人聞きが悪いわねクロト。私はあの子に酷い事なんて何もしないわ」

「どうでもいいっ。さんざん振り回しておいて、なにふざけた事言ってやがる!」

 これまでの自分との扱いを考えれば、とても魔女はエリーを大切とは思っている様には思えない。
 否定するも、魔女は不服そうに悩み、そしてハッとした。

「あっ。ひょっとして、クロトも頑張ったご褒美がほしいのね」

「……ハァッ!?」

「そうよね。とても大事な事だわ。だってクロトは私のために、ずっと頑張ってくれていたんですもの。約束もあるものね」

 不用心にも魔女はクロトに駆け寄り、間近で座り込む。
 体が自由ならすぐに銃で撃ちたいが、それが許されないのがなんとも歯痒い。
 威嚇する様に睨むクロトの頬を魔女は撫でる。

「貴方の呪いを解かないとね」

「な!」

「頑張った子へのご褒美ですもの。当然でしょ? よく頑張ってくれたわね。偉いわよ、私の愛おしい子」

 一瞬、体が熱を帯びる。
 心臓を中心に焼ける熱が全身を駆け巡り、刹那空気がそれを冷ましていく。

「ぐぅ……っ」

「はい、終わり。これでもう不死殺しの呪いは消えたわ。よかったわね」

 当然の対価をようやく受け取ることができた。
 だが、それで治まるほどクロトの怒りは安くない。
 まだ魔女に対する殺意が消えてなどいないのだから。
 そんな事などどうでもいいかの様に、魔女は再び水晶に映るエリーを見ては頬を撫でて安堵した様に言う。

「ああ、愛おしい子」

 口癖の様な言葉。
 魔女はこれまで何度その言葉を口にしてきたか。数える事を忘れるほど、それほど彼女は口にしてきた言葉だ。
 使い捨てとも思える言葉。だが、何かが違う。
 これまで聞いてきた愛情の言葉と、今エリーに向けられている言葉が。
 同じなのに、同じと感じる事ができないもの。
 そもそも、魔女は何故この【厄災の姫】を愛おしい対象として見ているのか……。
 哀れで理不尽な人間などこの世には腐るほどいる。だが、魔女は一定の人物しか愛おしいと思っていない。
 そして今、最も愛おしいであろうエリーを利用しようとしている。

「ずっと思っていた……。クソ魔女っ。何のためにお前はそのクソガキを利用するつもりなんだよ!? お前が一番わかってるだろうが! そいつの力が、世界を壊す【厄星】だって事を!」

「……クロトはどうしてそんな事を聞くの? 貴方にとって、この子はもう用済みのはず。……でしょ?」

「ああ、確かに。俺にとってお前を見つけれたなら、そのクソガキは用済みだろうな」

「そうでしょ。それに貴方もあの子を利用してきた。なら私が利用してもなんの問題もない。……いいえ、利用というよりは、協力してもらうね」

「言い方変えただけだろうがっ。何自分は違いますって澄ました顔してやがる! お前も俺と似たようなもんだろうが! だったら自分勝手に利用しているだけのクソ魔女じゃねーか!!」

 自分が正当な人間とは思ってない。
 ならこの魔女もそうではないか。
 自分のために他人を利用する。卑劣な魔女でしかない。
 だが、魔女は少し冷めた声で、「違うわ」と呟く。
 何が違うのか。自分の【願い】のために利用しているだけだというのに、何が違うのか。

「クロトから見たら、確かにそうかもしれない。……でも違う。貴方とこの子。私とこの子。この関係は同じではないの」

 ふと、魔女は思い出しと様に首を傾けた。

「……ああ、そういえば、言ってなかったわね」

 何を言い忘れているというのか。
 黙ってその言い忘れていた事を聞いていれば、それは自分が抱いていた常識や認知を疑うような、衝撃な事だった。
 クロトだけでなく、イロハや、魔銃に宿る悪魔たちにとっても。
 魔女は言う。当たり前の様に。




「だってこの子は、――私のですもの」
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