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第八部 三章「真実と痛みの理由」

「もう一人の魔女」

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 魔女以外、誰もが言葉を失った。
 魔銃使いが、悪魔が、一同が唖然とした顔で固まってしまう。
 その顔は、魔女の言葉を信じる事ができないと、訴えてもいる。
 それもそうだろう。
 あの【厄災の姫】であるエリーが、目の前の魔女の娘であるなど。同じ魔女など、この場の誰が素直に受け入れる事ができるだろうか。
 
「……何……言ってんだよ? …………お前?」

 疑問をクロトは口にする。
 動揺した様子はおぼつかない言葉からもはっきりとわかるほど。
 その疑問に、今一度、魔女は復唱する。

「何って、この子は私の実の娘よ? 私の愛おしい、世界でたった一人の愛娘」

 何度言われようが、そんな話が信じれるはずがない。
 そんなわけがない。そんな事が、あるはずがない。
 自分の記憶を遡り、魔女の言葉を否定する。

「そんなわけがない……。そいつはクレイディアントの……あの国の王の娘だっ。母親も……俺が…………殺した。何わけのわかんねぇ事言ってんだよ、お前!」

 混乱しつつ、クロトは己の見て知った記憶を出す。
 ――第一皇女、エリシア・クレイディアント。国の姫として産まれた少女は産まれた時から呪いをその身に宿し、悲惨な人生を送ってきた。
 誰もが忌み嫌おうと、両親だけが救いだった。
 連想されたその親子の絆すら亀裂を帯びて壊れ始めていく。
 まるで、その【厄災の姫】の生い立ちすら仕組まれた様な悲劇ではないか。
 魔女はクロトの言葉を否定はしない。むしろ、不思議と肯定すらする。

「そうね。確かにそうよ? あの国の王の娘であっているわ」

「だったらなんで……!」

 魔女は、くすっと笑う。

「だからねクロト。もういないクレイディアント王は、私の夫になるの。私が利用した、哀れな国の王。……まあ、10年間たもってくれた事は褒めるべきところなのかしら?」

 当然と魔女は語る。
 クレイディアント王。――ザイア・クレイディアント。父親は確かでも、その傍らが魔女。
 ……なら、あの王妃は…………?

「ふっざけんな!! そいつの母親は、あの王妃だろうが!? 俺は確かに殺した……。この手で、そいつのを……っ」

 あの時、最後まで娘のために抗った王妃を今でも覚えている。
 自国の兵士すら疑いを抱くほど、娘を守るために立ちはだかり、そして魔銃使いによって命を落とした。
 殺した理由など単純に邪魔だったというだけ。あの場に残っていたのなら、【厄星】に巻き込まれもはや影も形も残ってはいないだろう。
 あの王妃の方が、目の前の魔女よりもよっぽど母親として信憑性が高い。
 吐き気がするほどの愛情を抱いていた。大切に傍にいたあの王妃の方がまだ信じられる。
 今でも魔女の言葉は信じることができない。
 だが、その信憑性の天秤すら魔女は簡単に覆していく。

「……ああ。その事で疑っていたのね。貴方が殺してくれたのは、私が作った人形なの。私をベースに作った、いわば複製品。よくできていたでしょ?」

「……人、形? あれが……?」

 確かな愛情を抱き、確かな意思で王妃は当時抗った事だろう。
 そんな王妃が人どころか人形など……。
 それが本当なら理屈は通っても、理屈では語れないものがどうしても信じないと抵抗する。
 
「もっとも、研究のために幾つか作った中で、まだマシな個体だったわ。設定としてはレガル出身の精霊魔導士。地精霊ピグノームを連れていたでしょ? 精霊の中でもとても寡黙なんだけど、最悪情報を漏洩されると面倒なの。だから人工精霊として作るのにはとても面倒だったわ。最後までバレなかったんだから、レガルの目も節穴なものね」

 次々と述べられる理屈が、クロトの反論意思を削いでいく。
 できなくはない通りに、何を返しても理屈で塗りつぶされてしまう未来しか見えない。

「産まれた後に入れ替わったってところかしら。私はこの城や準備で忙しかったから、あの子を育てるのはずっと任せていたのよね。この日に間に合わせないと、私の計画は終わってしまう。……この星の降り注ぐ日でしか、私の【願い】は叶わない。これで疑問は晴れたかしら? この子は私の実の娘にして魔女。……言ってなかったというよりは、貴方が妙な気を起こさない様に言わなかったという方が正しいわね。瞳の色が違うのは、おそらく呪いのせいね」

 正論だろうが事実だろうが、現時点で疑問が全て晴れたわけではない。
 疑いの念が今でもあるからだ。
 魔女の言葉など、何処からが真実で何処からが虚言かすらも不確か。
 しかし、一部ではその説明で解消された者もいる。
 
『くっそ! …………そういう事かよ!!』

 ニーズヘッグが悔しそうに何かを理解した。
 
「……クソ蛇っ、何か知ってるのか?」

 心当たりがあるのか、ニーズヘッグはずっと静かに魔女の話を聞いていた。 
 魔女に殺意を抱いていたニーズヘッグがこれまでおとなしくしていた事も、今思えばおかしいものだった。
 その理由はおそらく、魔女の語るもので何かしらの確信を持ちたかったからだろう。
 そして今、十分な確信を掴むことができた。

『……薄々思ってた。でも、有り得ないって思ってたんだよ。俺だって信じたくなかったからな』

 ニーズヘッグはこれまでの事を遡り、そして語る。

『まず、姫君の血を分けてもらった時だ。いくら【厄星】の呪いでも、ただの人間なら魔力が回復するわけがない……。だが体内に魔力を宿した存在なら、それも有り得る。それこそ、魔女の血なら』

 魔女の血には魔力が魔族と同じように体内を巡回している。
 時に魔女の血肉は魔族にとって力をつけるためにうってつけの物だ。
 それを思い返せば、その仕組みと【厄災の姫】の仕組みは同等、いや、まったく同じだ。
 【厄災の姫】が魔女なら、その体内に魔力は巡回しており、それを得たニーズヘッグも魔力を回復させる事もできる。ただ、その際に見たものに呪いが混ざっていただけ。
 
『魔界門の発動。アレだって姫君の魔力に反応したと考えるなら、理屈は通る。魔界に行った時もだ。姫君は高濃度の魔素に当てられても眠気を帯びなかった。最初は珍しく魔素に耐性があるだけかと思っていたが、……同時に、こうも思った』

 ――まるで、魔女のよう、だと…………。

 魔女は魔力を宿しているため、魔素にも耐性がある。魔素の影響を受けない。
 ネアの様な半魔でもないエリーが魔素の影響を全く受けていないのは、魔女ならと考えれば納得がいく。
 悔しいほど、魔女の言い分が信じたくもないのに強い信憑性を帯びていた。
 疑おうにも自分の間違いを証明するだけにしか思えない。
 納得したくもない。だが、納得する事でしか正当性が生み出せない。
 
「……やっぱり枷が外れてしまっていたのね。自分の産物に不備があったなんて認めたくないけど、炎蛇さんがここまでしゃしゃり出てくるなんて」

 少々、軽蔑した様子で魔女は残念そうにため息。
 思わずクロトとニーズヘッグは心臓を跳ね上がらせる。
 
『……は? 嘘だろ?』

「お前、まさかクソ蛇の声が……っ」

「ええ、聞こえてるわよ? 魔女ってね、目に見えない者の声を聞く事がある程度できるの。死霊とか、色々……。うざったいったらありゃしないわよね。やんなっちゃう……。余計な干渉をしないように意識を枷で封じていたのに」

 ニーズヘッグの声を聞いた途端、魔女は不満そうにする。
 確かに、エリーにも同じように目には見えない者の声を聞く事は時折あった。それが魔女の特性の一つなら、また一つエリーが魔女であるという事実が証明される。
 
『……では、私の声も聞こえるという事か、魔女』

「あら、お久ぶりね大鳥さん。こんな事態不本意だけど、とりあえずイロハの面倒を見てくれてありがとう」

 このまま黙っているのも一つの手段だっただろうが、フレズベルグも話に加わる。
 魔女に礼を言われても、フレズベルグとしては嬉しくもないだろう。

『悪いがそこの友人と違って、私はお前に負けたから仕方なく従っているだけだ。このような姿など好んでいないからな』

 一言。この期に今の現状に物申したかったらしい。
 
「まあ、余計な事をしないのなら問題はないのだけどね。なんせ、魔界で炎蛇さんを見かけた時には本当に目を疑ったもの。なんであの炎蛇さんが表に出てきているのか問い詰めたかったけど……」

『……魔界のいつの話だって? 詳しく聞きたいもんだ』

 魔界でニーズヘッグは数日間ほど姿を出していた。その合間に魔女が近くにいたと思えば、気付かなかった自分がどれほど愚かだったか。

「いつって、あの八番席のアリトドと遊んでいた時ね。最初は心配だったのよ? あの力しか求めない蛇が、私の愛おしい子に妙な気を起こすんじゃないかって」

『余計なお世話だ!! あといたのかよあの時に……!!』

「でも、好都合とも思ったのよ? あの子の死ぬ確率が下がったんですもの。嬉しい限りじゃない。なんだかんだ言っても、炎蛇さんも私のために働いてくれていたって事よね?」

『冗談……っ。誰がテメェのために働くかってんだ!』

「いいのよ炎蛇さん。そこだけは感謝してあげる」

 不適と笑みを返す。
 魔女にとって不測の事態であろうが、それすらも利用するために当時は見逃したのだろう。
 全ては、この日のためだけに。

「本当にクロトに任せてよかった。貴方なら、絶対に私に会うために無理をしてでもあの子を死なせない、殺さない、生かし続けるって信じていたもの」

 魔女はクロトを信頼していた。 
 クロトの事をわかって。クロトの行動を理解して。
 殺したいほど会いたいと思える魔女に会うために、どうしても【厄災の姫】が必要であると。
 どれだけ抗ったつもりでも、結局は魔女の思うがまま。ずっと手の平の上で踊らされていた。

「それでも、万が一って事があるものね。だからイロハを向かわせたの。貴方が最悪余計な事をしないように。……邪魔になる様なら殺していいって。その必要がなくて、私はとても嬉しいのよ。貴方もイロハも、ちゃんと私が与えた役目を果たしてくれた。私と、この子のために。……本当にありがとう」

 魔女は再度礼を言い、指をパチンと鳴らす。
 水晶の映していた光景は煌めきと共に消え、魔女は一人回廊の奥にへと進みだす。
 この場から離れる。それはもう語る事がないという事だ。
 忘れかけていた拘束に抗いつつ、クロトは叫ぶ。

「アイツに何させる気だッ!? ……お前は自分の娘を苦しめる気かよ!!」

 大事と言いつつ、自分のために娘を利用する。
 それこそ、――好意の偽善ではないか。
 足を止め、魔女は振り返る。

「……苦しめる? 私はあの子の【願い】を叶えてあげるの。……私とあの子の【願い】を」

 イロハの隣を横切る際、魔女は最後の役目を与える。

「イロハ。クロトをお願いね。私の用事が済むまで……」

 魔女の言葉に、イロハは遅れて「……うん」と、戸惑い、曖昧な返事をする。

「いい子ね、イロハ。これは貴方たちのためでもあるのよ、愛おしい子たち」

「くそっ! 待てよ魔女!! ――クソ魔女ぉ!!!」

 どれだけ呼び止めようとも、魔女は止まる事はない。
 叫びは虚しく、ただ周りの水晶に響くのみ。
 その場にはクロトとイロハのみが残された。
 
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