視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子

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第1章 運命は満月の夜に導かれて残酷に

5 嫌な予感

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 年齢は四十代前後。お付きの者同様、質素を装ってはいるが、身にまとう衣は庶民にはとうてい手の届かない生地で、施された刺繍も秀逸だ。
 母の刺繍を見てきているから、それなりに目は肥えている。
 自分で縫うのはさっぱりだが。
「それで、あたしに何を占って……いえ、視て欲しいの?」
 少し乱暴な口調の蓮花に、お付きの女は不愉快な顔をする。
 何か言いたげに口を開こうとしたが、すぐに夫人に目で合図され出かかった言葉を飲み込む。そして夫人は、袖元から銀子を取り出し蓮花の前に置いた。
 ひゃー! と、心の中で叫んだ。
 一週間の稼ぎを軽く超えるほどの銀子に相手の本気度を知る。と、同時に危うさも感じた。
 占った途端、知ってはいけない秘密を知ったわね、と言っていきなり殺されたりはしないだろうか。
 それは困る。
 さて、いったいこの女は何を知りたいのだろう。
 夫人が口を開いた。
「いつ、私に子が授かるか、みて欲しい」
 一瞬、蓮花はぽかんと口を開け、次に鼻で笑って肩をすくめた。
 まなじりを細め、椅子に座る夫人に厳しい視線を向ける。
「なるほど。試されたってことね」
 まったくもって不愉快だけれど、まあ仕方がないことだ。
 だったら、こちらも本気を出させてもらいましょうか、奥さま。
 不敵な笑みを浮かべ、蓮花は懐から数珠を取り出した。
 二人の女性は蓮花の数珠に、ちらりと視線を落とす。
 水晶の成長過程で緑泥石(りよくでいせき)や苔等が付着し閉じ込められた珍しい石。緑幽霊幻影水晶(グリーンファントム)で綴られた数珠であった。
 母からもらった数珠だ。
「答えるわ。ご夫人にはすでに四人の子がいる。正確にはいた。男の子が二人、女の子が一人。もう一人も女の子だったけれど、残念なことに、この世に生を受ける前に流れてしまった。それが十年前。もし、質問の意味が五人目の子が授かるのかって意味なら、望みは薄いって答えるけれど」
 どう見ても、年齢的に子を授かって産むのは難しいだろう。
 お付きの女が驚いた顔で身を乗り出してきた。
「そこまで分かるのか?」
 お、食いついてきた。
「なぜって、視たままを答えたから」
 占うまでもなく、視ようと思って視た相手の過去や、時には未来、その人物の背景や、関わってきた人たちのすべてが視えてしまう。
 つまり霊視という力だ。
 蓮花は特異な体質で、霊能力を持っているのだ。
 その力を使い、占いと称して相手を霊視し、悩みを解決してきた。
「当たっているわ。さすが噂に聞くだけのことがあって、素晴らしい力をお持ちのようね。それも本物の力。どこかで修行をして力を磨いたのかしら?」
 蓮花はいいえ、と首を振る。
「多分、母親譲り」
 今は引退したが、母も若いときは霊能力者として働いていたらしい。
 その母の力を継いだのか、蓮花も物心がついた頃から普通の人には見えないものが視え、聞こえない声が聞こえた。それどころか、この世にさまよう霊たちを除霊、あるいは浄霊することもできる。
「そう。本当に素晴らしいわ」
 蓮花を本物の霊能者だと認めたのか、先程とは打って変わって夫人の態度が良い感じだ。
「お母さまは有名な霊能力者だったのかしら。お名前を伺っても?」
「はい、笙鈴といいます」
「そう、笙鈴さん」
「もしかして、母のことを知っているんですか?」
 昔の母のことを知っていたら、ぜひ話を聞いてみたいと思った。
 若いときの母がどう過ごして、そして医師である父と出会ったのか蓮花はまったく知らなかったから。
 だが、残念なことに夫人はいいえ、と首を振る。
 まあ、そっか。
 夫人が立ち上がった。
 同時に、お付きの女からさらに銀子を手渡された。
「こんなに銀子を? でも、まだ何も」
「今日はもうこれでいいわ」
「だったら、こんなに銀子はいただけない」
「また訪ねるわ」
 なるほど。今日はたんなる様子見ということだったのか。
 お付きの女とともに去って行く夫人の背中を見つめていた蓮花は、突如顔を引きつらせた。
 夫人の足元から、どす黒い霧のようなものが立ちのぼっていくのが視えたからだ。
 なにあれ。
 あんな禍々しいものを引きずっているなんて気持ち悪い。
 蓮花はほっと息をもらす。
 関わらなくてよかったかも。だけど、また来るって言っていたし、どうしよう。
 空を見上げると、夕暮れ間近の赤紫色の空が広がりつつある。
 胸のあたりがぞわぞわとした。
 何かよくないことが起こりそうな嫌な予感。
 まだ薬草を売り切っていないが、切り上げてはやく家に帰ろう。それに、今日はたくさん銀子を手に入れられた。十分だろう。

 足早に茶屋を出て行く蓮花の姿を、物陰から様子を見ている数名の男たちがいた。
 男たちの格好はみな黒い装束に身を包んでいた。
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