5 / 76
第1章 運命は満月の夜に導かれて残酷に
5 嫌な予感
しおりを挟む
年齢は四十代前後。お付きの者同様、質素を装ってはいるが、身にまとう衣は庶民にはとうてい手の届かない生地で、施された刺繍も秀逸だ。
母の刺繍を見てきているから、それなりに目は肥えている。
自分で縫うのはさっぱりだが。
「それで、あたしに何を占って……いえ、視て欲しいの?」
少し乱暴な口調の蓮花に、お付きの女は不愉快な顔をする。
何か言いたげに口を開こうとしたが、すぐに夫人に目で合図され出かかった言葉を飲み込む。そして夫人は、袖元から銀子を取り出し蓮花の前に置いた。
ひゃー! と、心の中で叫んだ。
一週間の稼ぎを軽く超えるほどの銀子に相手の本気度を知る。と、同時に危うさも感じた。
占った途端、知ってはいけない秘密を知ったわね、と言っていきなり殺されたりはしないだろうか。
それは困る。
さて、いったいこの女は何を知りたいのだろう。
夫人が口を開いた。
「いつ、私に子が授かるか、みて欲しい」
一瞬、蓮花はぽかんと口を開け、次に鼻で笑って肩をすくめた。
まなじりを細め、椅子に座る夫人に厳しい視線を向ける。
「なるほど。試されたってことね」
まったくもって不愉快だけれど、まあ仕方がないことだ。
だったら、こちらも本気を出させてもらいましょうか、奥さま。
不敵な笑みを浮かべ、蓮花は懐から数珠を取り出した。
二人の女性は蓮花の数珠に、ちらりと視線を落とす。
水晶の成長過程で緑泥石(りよくでいせき)や苔等が付着し閉じ込められた珍しい石。緑幽霊幻影水晶(グリーンファントム)で綴られた数珠であった。
母からもらった数珠だ。
「答えるわ。ご夫人にはすでに四人の子がいる。正確にはいた。男の子が二人、女の子が一人。もう一人も女の子だったけれど、残念なことに、この世に生を受ける前に流れてしまった。それが十年前。もし、質問の意味が五人目の子が授かるのかって意味なら、望みは薄いって答えるけれど」
どう見ても、年齢的に子を授かって産むのは難しいだろう。
お付きの女が驚いた顔で身を乗り出してきた。
「そこまで分かるのか?」
お、食いついてきた。
「なぜって、視たままを答えたから」
占うまでもなく、視ようと思って視た相手の過去や、時には未来、その人物の背景や、関わってきた人たちのすべてが視えてしまう。
つまり霊視という力だ。
蓮花は特異な体質で、霊能力を持っているのだ。
その力を使い、占いと称して相手を霊視し、悩みを解決してきた。
「当たっているわ。さすが噂に聞くだけのことがあって、素晴らしい力をお持ちのようね。それも本物の力。どこかで修行をして力を磨いたのかしら?」
蓮花はいいえ、と首を振る。
「多分、母親譲り」
今は引退したが、母も若いときは霊能力者として働いていたらしい。
その母の力を継いだのか、蓮花も物心がついた頃から普通の人には見えないものが視え、聞こえない声が聞こえた。それどころか、この世にさまよう霊たちを除霊、あるいは浄霊することもできる。
「そう。本当に素晴らしいわ」
蓮花を本物の霊能者だと認めたのか、先程とは打って変わって夫人の態度が良い感じだ。
「お母さまは有名な霊能力者だったのかしら。お名前を伺っても?」
「はい、笙鈴といいます」
「そう、笙鈴さん」
「もしかして、母のことを知っているんですか?」
昔の母のことを知っていたら、ぜひ話を聞いてみたいと思った。
若いときの母がどう過ごして、そして医師である父と出会ったのか蓮花はまったく知らなかったから。
だが、残念なことに夫人はいいえ、と首を振る。
まあ、そっか。
夫人が立ち上がった。
同時に、お付きの女からさらに銀子を手渡された。
「こんなに銀子を? でも、まだ何も」
「今日はもうこれでいいわ」
「だったら、こんなに銀子はいただけない」
「また訪ねるわ」
なるほど。今日はたんなる様子見ということだったのか。
お付きの女とともに去って行く夫人の背中を見つめていた蓮花は、突如顔を引きつらせた。
夫人の足元から、どす黒い霧のようなものが立ちのぼっていくのが視えたからだ。
なにあれ。
あんな禍々しいものを引きずっているなんて気持ち悪い。
蓮花はほっと息をもらす。
関わらなくてよかったかも。だけど、また来るって言っていたし、どうしよう。
空を見上げると、夕暮れ間近の赤紫色の空が広がりつつある。
胸のあたりがぞわぞわとした。
何かよくないことが起こりそうな嫌な予感。
まだ薬草を売り切っていないが、切り上げてはやく家に帰ろう。それに、今日はたくさん銀子を手に入れられた。十分だろう。
足早に茶屋を出て行く蓮花の姿を、物陰から様子を見ている数名の男たちがいた。
男たちの格好はみな黒い装束に身を包んでいた。
母の刺繍を見てきているから、それなりに目は肥えている。
自分で縫うのはさっぱりだが。
「それで、あたしに何を占って……いえ、視て欲しいの?」
少し乱暴な口調の蓮花に、お付きの女は不愉快な顔をする。
何か言いたげに口を開こうとしたが、すぐに夫人に目で合図され出かかった言葉を飲み込む。そして夫人は、袖元から銀子を取り出し蓮花の前に置いた。
ひゃー! と、心の中で叫んだ。
一週間の稼ぎを軽く超えるほどの銀子に相手の本気度を知る。と、同時に危うさも感じた。
占った途端、知ってはいけない秘密を知ったわね、と言っていきなり殺されたりはしないだろうか。
それは困る。
さて、いったいこの女は何を知りたいのだろう。
夫人が口を開いた。
「いつ、私に子が授かるか、みて欲しい」
一瞬、蓮花はぽかんと口を開け、次に鼻で笑って肩をすくめた。
まなじりを細め、椅子に座る夫人に厳しい視線を向ける。
「なるほど。試されたってことね」
まったくもって不愉快だけれど、まあ仕方がないことだ。
だったら、こちらも本気を出させてもらいましょうか、奥さま。
不敵な笑みを浮かべ、蓮花は懐から数珠を取り出した。
二人の女性は蓮花の数珠に、ちらりと視線を落とす。
水晶の成長過程で緑泥石(りよくでいせき)や苔等が付着し閉じ込められた珍しい石。緑幽霊幻影水晶(グリーンファントム)で綴られた数珠であった。
母からもらった数珠だ。
「答えるわ。ご夫人にはすでに四人の子がいる。正確にはいた。男の子が二人、女の子が一人。もう一人も女の子だったけれど、残念なことに、この世に生を受ける前に流れてしまった。それが十年前。もし、質問の意味が五人目の子が授かるのかって意味なら、望みは薄いって答えるけれど」
どう見ても、年齢的に子を授かって産むのは難しいだろう。
お付きの女が驚いた顔で身を乗り出してきた。
「そこまで分かるのか?」
お、食いついてきた。
「なぜって、視たままを答えたから」
占うまでもなく、視ようと思って視た相手の過去や、時には未来、その人物の背景や、関わってきた人たちのすべてが視えてしまう。
つまり霊視という力だ。
蓮花は特異な体質で、霊能力を持っているのだ。
その力を使い、占いと称して相手を霊視し、悩みを解決してきた。
「当たっているわ。さすが噂に聞くだけのことがあって、素晴らしい力をお持ちのようね。それも本物の力。どこかで修行をして力を磨いたのかしら?」
蓮花はいいえ、と首を振る。
「多分、母親譲り」
今は引退したが、母も若いときは霊能力者として働いていたらしい。
その母の力を継いだのか、蓮花も物心がついた頃から普通の人には見えないものが視え、聞こえない声が聞こえた。それどころか、この世にさまよう霊たちを除霊、あるいは浄霊することもできる。
「そう。本当に素晴らしいわ」
蓮花を本物の霊能者だと認めたのか、先程とは打って変わって夫人の態度が良い感じだ。
「お母さまは有名な霊能力者だったのかしら。お名前を伺っても?」
「はい、笙鈴といいます」
「そう、笙鈴さん」
「もしかして、母のことを知っているんですか?」
昔の母のことを知っていたら、ぜひ話を聞いてみたいと思った。
若いときの母がどう過ごして、そして医師である父と出会ったのか蓮花はまったく知らなかったから。
だが、残念なことに夫人はいいえ、と首を振る。
まあ、そっか。
夫人が立ち上がった。
同時に、お付きの女からさらに銀子を手渡された。
「こんなに銀子を? でも、まだ何も」
「今日はもうこれでいいわ」
「だったら、こんなに銀子はいただけない」
「また訪ねるわ」
なるほど。今日はたんなる様子見ということだったのか。
お付きの女とともに去って行く夫人の背中を見つめていた蓮花は、突如顔を引きつらせた。
夫人の足元から、どす黒い霧のようなものが立ちのぼっていくのが視えたからだ。
なにあれ。
あんな禍々しいものを引きずっているなんて気持ち悪い。
蓮花はほっと息をもらす。
関わらなくてよかったかも。だけど、また来るって言っていたし、どうしよう。
空を見上げると、夕暮れ間近の赤紫色の空が広がりつつある。
胸のあたりがぞわぞわとした。
何かよくないことが起こりそうな嫌な予感。
まだ薬草を売り切っていないが、切り上げてはやく家に帰ろう。それに、今日はたくさん銀子を手に入れられた。十分だろう。
足早に茶屋を出て行く蓮花の姿を、物陰から様子を見ている数名の男たちがいた。
男たちの格好はみな黒い装束に身を包んでいた。
17
あなたにおすすめの小説
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる