視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子

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第1章 運命は満月の夜に導かれて残酷に

7 襲われた蓮花

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 父が育てる薬草畑の中で、蓮花は膝を抱えるようにして身体を丸め、息を殺し身をひそめていた。
 身体が震えた。
 恐ろしさに歯ががたがたと鳴る。
 その音すら漏らさないようにと、膝の上に顎を乗せきつく奥歯を噛みしめる。
 戸口の前に父と母がうつ伏せで倒れていた。
 地面がしっとりとどす黒く濡れているのは両親の身体から流れる血か。
 二人とも動かない。たぶん、もう死んでいる。
 懐のあたりに手をあてる。そこには母から譲り受けた数珠を忍ばせていた。
 たすけて。
 声にならない声で助けを求めるが、誰も自分を救ってくれるものはいない。
 これは夢。あたしは悪い夢を見ているだけ。
 抱えた膝に爪を食い込ませ、何度夢から覚めようとしても、状況は変わらない。
 夫人と別れた後、仕事を切り上げ家路を急いだ。
 嫌な予感に心臓の鼓動が激しくなる。
 早く家に戻りたい。
 いや、戻ってはだめだ。町に引き返せ。
 心の中でもう一人の自分が警告の声を発するのを無視し、蓮花は足早に家に向かう。
 やがて板塀に囲まれた我が家の屋根が見えてきた。
 蓮花は駆け足で家に向かい門をくぐる。
「ただい……」
 咄嗟に、蓮花はすぐ側の薬草畑に身を隠した。何故なら、家の戸口に黒い装束をまとった男たち数名が立っていたからだ。
 男たちが家の中に入る。直後、父と母の悲鳴が聞こえ戸口から転がり出てきた。
 父さん! 母さん!
 両親の元に駆けつけようとしたが、足が動かなかった。
 父と母の身を案じて叫んだが、声にはならない。
 逃げようとする母を、黒ずくめの男たちが追い、剣を振り下ろす。
 母を庇おうとした父が背中を斬られた。
 別の男が母の正面に回り、斜めに剣を振り下ろす。
 父と母はその場に倒れた。父の手がかすかに動く。
 まだ生きている。
 今なら手当をすれば助かる。
 助けにいかなければ。
 なのに、足が動かない。
 倒れている母に手を伸ばした父であったが、やがてその手が力を失い地面に落ちた。
 蓮花は生い茂る薬草の中で、父と母が息絶えていくのを見ているだけであった。
 黒ずくめの男の一人が父の脇腹を足で蹴る。
 確実に死んだか確かめているのだ。
「娘はどこだ」
「近くにいるはずだ。全員殺せとの命令。必ず見つけ出して殺せ」
 男たちの非情な言葉に蓮花は為す術もなく、薬草畑の中でうずくまる。
 どうしよう。
 今ここを飛び出し走って逃げても、すぐに捕まって殺されてしまう。
 逃げることは不可能。そもそも、腰が抜けて立ち上がることもできない。
 うずくまる蓮花の鼻先に、青紫色をした花穂がかすかに触れた。
 父さん――。
 父から教わった薬草の知識が、脳裏に過ぎっていく。
『蓮花、これは甘草といって、根を掘り出し乾燥させて煎じて飲むんだ。鎮咳、去痰、鎮痛の効果があるんだよ』
『へえ、じゃあこの橙色のお花は? これもお薬になるの?』
『これは紅花。花を乾燥させ、煎じてお茶として飲む。産前産後、月経不順、更年期障害など婦人病に使われるが、いいかい蓮花、一つだけ覚えておきなさい。紅花は妊婦には決して使用してはいけない』
『どうして?』
 蓮花は首を傾げて父に問う。
『妊婦に使うと、子宮が収縮して赤ちゃんが流れやすくなるんだ。気をつけなさい』
 蓮花はふうん、とうなずいた。
 よく意味が分からないが、とにかくお腹に赤ちゃんがいる人には絶対に使ってはいけないということだけは覚えた。
『それから、この青紫色の花がついているのは附子ぶしだ。強心作用や鎮痛効果としてよく処方する生薬だけれど、扱いにはじゅうぶん注意しなければいけないよ』
 男の一人がこちらを指差しているのが薬草の隙間から見えた。
 その男が無言で、くいっとあごで仲間に合図を送る。
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