しずめ

山程ある

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那須隼人1

写真に写った影

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 似たような家々ばかりで撮影場所に悩みながらも、朝日の方角などを考えて場所を移動しながら撮影を続けた。

 液晶画面を切り替えて、今しがた撮った写真を確認する。そこで異変に気が付いた。

 一軒の家の窓ガラスに、黒々とした樹木が映り込んでいる。
 ――だが、そこに写り込むであろう場所には木など一本も生えていない。

「なんだ、これ」

 液晶画面と実際の風景を交互に見比べる。
 肉眼で見る限り、窓ガラスには何もない。しかし液晶画面に映し出された画像には確かに木の影が映っている。

 予期しないものが写り込むことはよくある。少し移動すれば解消されることも多い。

 念のため再びファインダーではなく液晶画面を確認しながら同じ構図で撮影をしてみた。
 撮影中の液晶画面には何も映っていないし。しかし撮った写真を確認すると、そこにはやはり木の影が映りこんでいた。

「どこの木が写ってるんだ?」

 場所を移して、他の家を撮影してみた。今度はおかしいところはない。
 疑問は残るが、代えの利かない写真ではないので、そこまでこだわることでもなかった。

 六守谷町――むつもりヒルズは狭い町ではない。現在分譲されている区画だけでも30ヘクタールほどはあるはずだ。撮影をしながら徒歩で移動しているうちに、出勤時間にかかり始めたようで、人もちらほらと見かけるようになった。
 オープンの時間を迎えたカフェの外観を撮影している時に、再び異変が起きた。

「これは何の影だ?」

 撮影したばかりの写真を見て隼人は息をのんだ。
 今度はガラスの映り込みではなかった。落ち着いたベージュ色の外壁に樹木のものらしき影が落ちている。
 傍に立つ街路樹の物では断じてない。鬱蒼とした森の茂みが落とすような影だ。

「ケラレ、じゃないよな」

 照明の角度と強さによってはレンズに取り付けたフィルターやレンズフードの影が写真に写り込む事はある。しかしこの写真の影は明らかに別物だった。

 もう一度カメラを構えてシャッターを切る。
 今度の写真にもやはり影が映り込んでいる。しかも――

「濃くなってないか?」

 液晶の画像を拡大してみた。影が濃くなっている。
 カメラを下ろし、目をこする。もう一度画像を確認する。当然、影は消えていない。

 今度はへとレンズを向けて、シャッターボタンを押してみた。
 カフェに向かい側にある新築住宅のあたりだ。まだ入居していないらしく、窓にはカーテンがかけられていない。

「なんだ、これ」

 思わず声が漏れた。

 真新しい家に重なるようにして、森があった。
 画像に別のレイヤーの画像を重ねたかのように、密集し、深い陰影を孕んだ木々の姿が現れていた。

 暗い森の様々な場所を拡大して見ていくうちに、木々の影の中に白い部分がある事に気が付いた。それはまるで木々の間からこちらをじっと見つめる人影のように見えた。

「……美月?」

 なぜかそう思った。
 背筋が粟立ち、カメラを持つ手にじっとりと汗が滲む。

 そのとき、コートのポケットの中でスマートフォンが振動した。
 ためらいながらも取り出して着信名の表示を見る。高梨だった。

「もしもし、どうした」

 動揺を悟られないよう、努めて落ち着いた声で電話に出た。

「いま撮影中か?」

「……ああ」

「昨日飲みの席で同僚からちょっと気になる話を聞いてさ」

「なんだよ」

「その同僚の友人がむつもりヒルズに引っ越す事を考えてたらしいんだが、けっきょく辞めたらしい。何でかっていうと、その友人はカメラを趣味にしてて見学に行った時に町の写真を撮ったらしいんだ。そして『写真に変なものが写った』んだとさ」

「変なものって」

 森の事か? という言葉はつばと共に呑み込んだ。

「又聞きだからな、よくは分からなかったけど、何かの影が写り込んでたっていってたらしい」

「なんだよ、それ」

「もしも心霊写真が撮れたらムーに投稿する前に連絡してくれよ。むつもりヒルズにこれ以上悪い噂が増えたらオレが上司に怒られちまう」

「これ以上って、他にも何かあるのか」

「あれ、言ってなかったけか。また今度話すよ。そろそろ家を出なきゃ遅刻してしまう。一度飲みに行こうぜ」

 高梨は今は六守谷町には住んでいない。同じ矢隈やくま市の別の町に戸建て住宅を建てて、そこから市役所に通っていると言っていた。

 こんな新しい町で、どんな悪い噂があるのだろうか。湧き上がってきたのは好奇心や興味ではなく不安感だった。隼人はそれを振り払うように伸びをしながら「そうだな、近々飲みにいこう」と応じた。

 電話を切った隼人は改めてカメラの画面を確認する。なんでもない映り込みであることを確認したかった。しかしそこにあったのは先ほどより明瞭にすら見える森の影。そして人影。

 しかし、改めて見ると、それは美月には見えなかった。白いばかりのシルエットは、どこが衣服でどこが肌なのかも曖昧で、どうしようもなく禍々しく感じられる。顔の位置すら判然としないのにも関わらず、なぜかこちらを見つめていることだけは分かった。
 隼人は思わずその画像を削除した。

 本来なら撮影を兼ねて目の前のカフェで朝食をとるつもりだった。しかし、踵を返し、人通りの多そうな駅前へと向かった。
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