しずめ

山程ある

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那須隼人1

依頼

 ファインダーを覗きながら、六守谷町の景色を切り取っていく。
 整備された道路、規則正しく並ぶ街路樹、駐車場付きの戸建ての家々。どこにでもある郊外の新興住宅街の風景は隼人の記憶にある六守谷とはまるで違っていた。
 この辺りにはかつて田畑や農道があり、木々の茂った森からは賑やかな鳥の鳴き声が聞こえてきていた。その面影は、もはやどこにもない。

 美月がいなくなってからも、隼人はこの町に足を踏み入れなかった。
 カメラマンのアシスタントを辞めて時間に余裕はできたが、美月に拒絶されているように思えてどうしても足を向けることができなかった。

 今回、六守谷町を訪れることになったのは、市役所に勤める友人・高梨啓太たかなしけいたの依頼があったからだ。
 タウン誌に掲載する写真を撮って欲しいというのが依頼の内容だった。

 アシスタントを辞めた後も写真を撮ることは止めなかった。仕事として写真に関わることはなかったが、SNSに投稿した写真が少しずつ注目されるようになった。
 SNSに投稿している写真とその評判を見た高梨がこの話を持ち掛けた。
 六守谷で過ごした中学生の頃、高梨は仲の良い友人の一人だった。他県に転校してからは疎遠になっていたが、隼人がSNSに実名を出していた事もあり、ダイレクトメッセージを送ってきた。



「もし気が進まないなら無理にとは言わないけどさ」

 電話で話した際、高梨はそう言った。
 どうやら隼人と美月のことは知っているようだった。

「そんな事はないよ」

 そう言ったが、隼人は自分の気持ちがよく分からなかった。
 この依頼が六守谷へ行くきっかけや口実になると感じる一方で、訪れたことで何らかの決着がついてしまうのではないかという、恐れにも似た感情があった。

「でもオレの写真見てくれたんなら、この依頼は向いてないと思わなかったか?」

「古い建物とかレトロな街並みとか、雰囲気の良い写真が多かったな」

 隼人は現在、アルバイトで生計を立てながら比較的自由になる時間を使って昭和や平成の風景が残る街並みを求めて飛び回っている。
 プロのフォトグラファーになりたいとは考えていなかったが、写真は撮っていたいと思っていた。

「タウン誌に載せるんだから、きれいでオシャレな写真がいいんだろ?」

「もちろん。でもあんな雰囲気のある写真が撮れるんだから、きれいでオシャレな写真も撮れるだろ?」

「まあ、撮れるけど」

 アシスタント時代、雑用ばかりで技術的な指導を受けた記憶はないが、それでもプロのカメラマンが実際に写真を撮る姿を間近で見てきた。
 そんな経験もあるとはいえ、高梨が寄せてくる雑で無責任な信頼に思わず笑ってしまう。

 少し言葉を交わしただけで、中学生の頃の親しさがまるで解凍されるかのように蘇る。にこにことした彼の丸顔が容易に想像できた。

「あと、記事も書いてフォトエッセイみたいな感じにして欲しいんだ」

「待ってくれ、オレは文章なんて書けないぞ」

「SNSで写真と一緒に書いてたよな?」

「あんなの適当に書いてただけで、まともな文章なんて書けないって」

「あの文章、雰囲気良かったよ。あんな感じの文で、『この町素敵やわー、住みたいわー』的な事を書いてくれたら大丈夫だから」

 そうだった、こいつは無責任で適当なやつだったと、改めて中学時代の高梨のキャラクターを思い出して、隼人はスマホのスピーカーに向けて聞こえよがしのため息を吐いた。


 六守谷むつもりだに町を宅地開発し隣県のベッドタウンとする計画は「むつもりヒルズ計画」と名付けられていた。
 六守谷むつもりだに町を管轄する矢隈やくま市肝入りのプロジェクトで、四期にわたる長期的な計画だった。

 しかし、一期目の分譲こそ順調に進んだが、二期目以降は販売が伸び悩んだ。
四年も前に着工した三期目の造成工事も途中で止まり、造成地の一角はフェンスに囲まれたままになっている。
市としては、町の魅力を改めて発信する必要に迫られているらしい。

 昨今、広報といえばインターネットにて動画の配信やSNSの力を使うのが主流だ。
 矢隈やくま市でもいくらかは手を出していたが、その分野を得意とするインフルエンサーが担当するわけでもなく、市の職員が通常業務の合間に対応する程度。当然、定期的な更新すらままならず、成果などまったく出ていなかった。
 そこで市は、藁にも縋る思いで電車の吊り広告やタウン誌の記事など旧来の広報媒体にも再び注力することにした。
 しかし予算もツテもない状況で、まずは職員の知り合いで写真が撮れたり文章が書ける人間がいないかを探すということになった。

 それらの方法にどれほどの効果が見込めるのか、隼人自身は懐疑的であったが、仕事には違いない。
 決して報酬が良いとは言えなかったが、写真での収入がほとんどない隼人にとっては、高梨の気遣いがありがたかった。
 もし、これで評判が良ければ、次の仕事に繋がるかもしれないのだ。
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