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藤原美月2
聞こえる
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その瞬間、場の空気がわずかに変わった。
笑い声がすっと遠ざかり、皆の視線が美月に集まる。
けれど、そのどの目にも咎めるような色はない。むしろ懐かしむように、優しげに目元が和らいでいた。
「モリサマなぁ。今の子はもう、知らんのちゃうかと思うとったわ」
先ほど辰巳と呼ばれていた白髪の男性が、ぽつりと口を開いた。
「昔は、六つあったんや。森いうても、ちっちゃい藪みたいなもんやけどな。ここのもんは皆、モリサマの前では、頭を下げて通ったもんや」
赤い毛糸のベストを着た女性が、しわしわの口元をゆっくり動かして言った。
「モリサマがなくなる前から、もうオモリゴトもほとんどやらんようになってしもたな。それでもマルツカのモリサマだけは、守りさんの藤原さんが熱心にお供えしとったけどな」
ニット帽をかぶった白髭の男性が、遠い目をして言う。
「あれ、藤原さんて……。お嬢さん、もしかして藤原さんのお孫さん?」
北川が目をぱちくりさせて尋ねた。
「はい。祖母をご存知なんですか?」
美月が頷くと、白髭の男性の目が嬉しそうに細くなった。
「おお、そうなんか。おばあちゃん、ようやってくれとったよ。たまにようけ炊いたゆうて、アブラゲメシおすそ分けしてくれたことあったけど、うまかったなあ」
「藤原さんは、モリサマの声が聞こえるって、昔から言うとったわ」
毛糸ベストの女性が続けた。
「聞こえる……?」
美月が反射的に聞き返すと、ゆっくりとした頷きが返ってくる。
「耳を澄ましたら、森のざわめきの中に声が聞こえるんやって。うちはよう分からんかったけどな」
「けど、うちも小さい頃、一度だけ聞いたことあるで」
今度は編み物をしていた女性が口を挟んだ。
「夜も更けて、虫の声が消えてしもたあと、モリサマの木がゴシャゴシャってしゃべるねん。意味は分からんけど、確かに言葉やった。変な話やろ?」
「……いいえ。私も、聞いたことあります」
思わずそう言っていた。
すると皆は驚くわけでもなく、どこか嬉しそうに頷いた。
「藤原さんのお孫さんやったら、そら聞こえるわな」
「もしかしたら、呼ばれてるんかもしれへんな」
「モリサマは、娘さんを呼ぶんよ。寂しがりやからな。話しかけて、呼んで、それで声が届いた子を大事に想うんやて。うちのおばあちゃんが言うてた話やけどな」
老人たちの語る言葉たちに、美月は胸の奥で何かが大きく動くのを感じていた。
モリサマは、寂しがり。
だから、自分を呼んだ。
忘れないでほしい。置き去りにしないでほしい――そんな思いを。
「お嬢さん、よう帰ってきてくれたね」
そう言って、里見がそっと紅茶のおかわりをカップに注いでくれた。
湯気の立つカップを包んだ両手が温まるのと同時に、胸の奥にもじんわりと温かさが広がっていくのを感じた。
── ここに、戻ってきて、本当によかった。
笑い声がすっと遠ざかり、皆の視線が美月に集まる。
けれど、そのどの目にも咎めるような色はない。むしろ懐かしむように、優しげに目元が和らいでいた。
「モリサマなぁ。今の子はもう、知らんのちゃうかと思うとったわ」
先ほど辰巳と呼ばれていた白髪の男性が、ぽつりと口を開いた。
「昔は、六つあったんや。森いうても、ちっちゃい藪みたいなもんやけどな。ここのもんは皆、モリサマの前では、頭を下げて通ったもんや」
赤い毛糸のベストを着た女性が、しわしわの口元をゆっくり動かして言った。
「モリサマがなくなる前から、もうオモリゴトもほとんどやらんようになってしもたな。それでもマルツカのモリサマだけは、守りさんの藤原さんが熱心にお供えしとったけどな」
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「あれ、藤原さんて……。お嬢さん、もしかして藤原さんのお孫さん?」
北川が目をぱちくりさせて尋ねた。
「はい。祖母をご存知なんですか?」
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「おお、そうなんか。おばあちゃん、ようやってくれとったよ。たまにようけ炊いたゆうて、アブラゲメシおすそ分けしてくれたことあったけど、うまかったなあ」
「藤原さんは、モリサマの声が聞こえるって、昔から言うとったわ」
毛糸ベストの女性が続けた。
「聞こえる……?」
美月が反射的に聞き返すと、ゆっくりとした頷きが返ってくる。
「耳を澄ましたら、森のざわめきの中に声が聞こえるんやって。うちはよう分からんかったけどな」
「けど、うちも小さい頃、一度だけ聞いたことあるで」
今度は編み物をしていた女性が口を挟んだ。
「夜も更けて、虫の声が消えてしもたあと、モリサマの木がゴシャゴシャってしゃべるねん。意味は分からんけど、確かに言葉やった。変な話やろ?」
「……いいえ。私も、聞いたことあります」
思わずそう言っていた。
すると皆は驚くわけでもなく、どこか嬉しそうに頷いた。
「藤原さんのお孫さんやったら、そら聞こえるわな」
「もしかしたら、呼ばれてるんかもしれへんな」
「モリサマは、娘さんを呼ぶんよ。寂しがりやからな。話しかけて、呼んで、それで声が届いた子を大事に想うんやて。うちのおばあちゃんが言うてた話やけどな」
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モリサマは、寂しがり。
だから、自分を呼んだ。
忘れないでほしい。置き去りにしないでほしい――そんな思いを。
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そう言って、里見がそっと紅茶のおかわりをカップに注いでくれた。
湯気の立つカップを包んだ両手が温まるのと同時に、胸の奥にもじんわりと温かさが広がっていくのを感じた。
── ここに、戻ってきて、本当によかった。
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