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新書【現代日本の狐憑き――民俗信仰と精神症状のはざまで】 著:伊佐 和太
『現代日本の狐憑き――民俗信仰と精神症状のはざまで』 まえがき
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『現代日本の狐憑き――民俗信仰と精神症状のはざまで』
著:伊佐 和太
まえがき
「狐に憑かれた」という言葉を耳にしたとき、私たち現代人の多くは、民話や迷信を連想する。
あるいは、神経症や解離性障害といった精神医療分野の特定の疾病の“かつての言い回し”であると考える合理主義者の方もいることだろう。
では、それらとはまた違った方向から「憑き物」を解釈する余地はないのだろうか。
本書は、「憑き物」が時代ごと、あるいはそれを語るイデオロギーごとで、どのように定義付けられ、また処理されてきたのかをつぶさに、またできるだけ客観的に述べていきたいと思う。
以下に本書の構成を記しておく。
第1章:憑き物の始原
日本の古代――ムラ、クニが形成された弥生時代から、古代国家の基礎が整えられた大和時代において、憑き物がどう扱われたのかを紐解いていく。社会システムの成立と、社会生活の中で発現する憑き物という概念の芽生えとの関連性について検討してみたい。
第2章:歴史の中の憑き物
史実として記録に残されている憑き物ばかりでなく、物語の中で扱われた憑き物についても語り、我々日本人が憑き物をどのように解釈してきたのかを考える。
第3章:民俗信仰と「憑き物筋」
視点をコミュニティ内の社会生活にフォーカスし、ムラやマチに暮らす庶民は憑き物や憑き物筋をどのように受け止めたのか、あるいは利用したのか。また祭や年中行事にはどのように取り入れてきたのかといった、より限定的な視座で憑き物を語りたい。
第4章:宗教はどう憑き物に対峙してきたか
前章とは反転して、憑き物に応対する権能ともいえる宗教者(主に仏教僧)が憑き物にどう対峙し、どう調伏してきたのかを記し、憑き物を克服すること、あるいは憑き物に敗退することの意味も合わせて考察したい。
第5章:現代の憑き物事例
21世紀の現代日本において「狐憑き」としか呼びようのない体験をした人々の記録を中心に構成する。
この章に限っては、著者がフィールドワークで集めた事例を構成の中心とする。したがって、ソースのほとんどを文献資料に負う他章とはかなり趣を異にする章となる。
収集した事例はどれも奇異で、非論理的で、そして説明を拒む。だが、丁寧にみていくことで、その背後に、地域の記憶、生活の習俗、そして失われた”憑き”と“祓い”の概念が現代社会の生活の中にも確かに息づいていることを感じ取っていただけると思う。
また、本章で取り上げた事例「マルツカの狐憑き事件」は、その舞台である矢隈市六守谷町が、かつて集落を守護する「森」とともにあった村であり、その森の喪失を契機として発生したものであると解釈できる。
この事件は、森への信仰の崩壊と憑き物現象の発生が表裏一体であることを示す、きわめて興味深い事例である。
第6章:精神医学と狐憑き――憑き物は消えたか?
明治期以降、精神障害に対する医学的視点が導入され、統合失調症や解離性障害等といった診断名が普及するにつれて、狐憑きは次第に「心の病」として整理されていくこととなった。
そこで本章では、近代以降の精神医学の発展とともに、日本における「狐憑き」がどのように“憑き物”から“病名”へと置き換えられてきたか、その過程をたどり、その後に前章で紹介した“憑依体験”に対しての、医師や臨床心理士の診断、コメントを紹介する。
また章末では、精神医療と民間信仰との断絶がもたらした課題――すなわち「憑かれた者をどう扱うか」の倫理的ジレンマについても考察したい。
終章:境界に棲むもの
本章では、これまでに扱ってきた狐憑きの事例、歴史的・民俗的背景、精神医療との接点を総括し、「憑き物」という現象の本質がどこにあるのかを探る。
狐、あるいはクダ、イヌガミ、トウビョウなどと呼ばれる存在は一体何者なのか。なぜそれは、ある日突然、人に“憑く”のか。
そもそもそれは悪いものなのか、それとも善悪の価値観を含まない概念なのか。迷信か、象徴か、あるいは人間の心のひだに宿る“何か”なのか。
この終章では、書かれた記録、語られた実例をふまえながら、「憑依」という現象がいかにして人々の内と外の世界を繋ぎ、時にその境界を曖昧にし、やがて“語り”となって社会に還元されていくかを考察するとともに、消えゆく狐憑きが、今後はどこに、どのように姿を変えて表れてくるのか、その静かな再来の兆しについても触れながら、本書を締めくくる。
本書が、「語りえぬ声」を拾い集める試みとして、またすでに失われた「語りえぬ声」を聴く技術のほんのわずかな掘り起こしとして、読者の心に届くことを願う。
2024年 初春 著者
著:伊佐 和太
まえがき
「狐に憑かれた」という言葉を耳にしたとき、私たち現代人の多くは、民話や迷信を連想する。
あるいは、神経症や解離性障害といった精神医療分野の特定の疾病の“かつての言い回し”であると考える合理主義者の方もいることだろう。
では、それらとはまた違った方向から「憑き物」を解釈する余地はないのだろうか。
本書は、「憑き物」が時代ごと、あるいはそれを語るイデオロギーごとで、どのように定義付けられ、また処理されてきたのかをつぶさに、またできるだけ客観的に述べていきたいと思う。
以下に本書の構成を記しておく。
第1章:憑き物の始原
日本の古代――ムラ、クニが形成された弥生時代から、古代国家の基礎が整えられた大和時代において、憑き物がどう扱われたのかを紐解いていく。社会システムの成立と、社会生活の中で発現する憑き物という概念の芽生えとの関連性について検討してみたい。
第2章:歴史の中の憑き物
史実として記録に残されている憑き物ばかりでなく、物語の中で扱われた憑き物についても語り、我々日本人が憑き物をどのように解釈してきたのかを考える。
第3章:民俗信仰と「憑き物筋」
視点をコミュニティ内の社会生活にフォーカスし、ムラやマチに暮らす庶民は憑き物や憑き物筋をどのように受け止めたのか、あるいは利用したのか。また祭や年中行事にはどのように取り入れてきたのかといった、より限定的な視座で憑き物を語りたい。
第4章:宗教はどう憑き物に対峙してきたか
前章とは反転して、憑き物に応対する権能ともいえる宗教者(主に仏教僧)が憑き物にどう対峙し、どう調伏してきたのかを記し、憑き物を克服すること、あるいは憑き物に敗退することの意味も合わせて考察したい。
第5章:現代の憑き物事例
21世紀の現代日本において「狐憑き」としか呼びようのない体験をした人々の記録を中心に構成する。
この章に限っては、著者がフィールドワークで集めた事例を構成の中心とする。したがって、ソースのほとんどを文献資料に負う他章とはかなり趣を異にする章となる。
収集した事例はどれも奇異で、非論理的で、そして説明を拒む。だが、丁寧にみていくことで、その背後に、地域の記憶、生活の習俗、そして失われた”憑き”と“祓い”の概念が現代社会の生活の中にも確かに息づいていることを感じ取っていただけると思う。
また、本章で取り上げた事例「マルツカの狐憑き事件」は、その舞台である矢隈市六守谷町が、かつて集落を守護する「森」とともにあった村であり、その森の喪失を契機として発生したものであると解釈できる。
この事件は、森への信仰の崩壊と憑き物現象の発生が表裏一体であることを示す、きわめて興味深い事例である。
第6章:精神医学と狐憑き――憑き物は消えたか?
明治期以降、精神障害に対する医学的視点が導入され、統合失調症や解離性障害等といった診断名が普及するにつれて、狐憑きは次第に「心の病」として整理されていくこととなった。
そこで本章では、近代以降の精神医学の発展とともに、日本における「狐憑き」がどのように“憑き物”から“病名”へと置き換えられてきたか、その過程をたどり、その後に前章で紹介した“憑依体験”に対しての、医師や臨床心理士の診断、コメントを紹介する。
また章末では、精神医療と民間信仰との断絶がもたらした課題――すなわち「憑かれた者をどう扱うか」の倫理的ジレンマについても考察したい。
終章:境界に棲むもの
本章では、これまでに扱ってきた狐憑きの事例、歴史的・民俗的背景、精神医療との接点を総括し、「憑き物」という現象の本質がどこにあるのかを探る。
狐、あるいはクダ、イヌガミ、トウビョウなどと呼ばれる存在は一体何者なのか。なぜそれは、ある日突然、人に“憑く”のか。
そもそもそれは悪いものなのか、それとも善悪の価値観を含まない概念なのか。迷信か、象徴か、あるいは人間の心のひだに宿る“何か”なのか。
この終章では、書かれた記録、語られた実例をふまえながら、「憑依」という現象がいかにして人々の内と外の世界を繋ぎ、時にその境界を曖昧にし、やがて“語り”となって社会に還元されていくかを考察するとともに、消えゆく狐憑きが、今後はどこに、どのように姿を変えて表れてくるのか、その静かな再来の兆しについても触れながら、本書を締めくくる。
本書が、「語りえぬ声」を拾い集める試みとして、またすでに失われた「語りえぬ声」を聴く技術のほんのわずかな掘り起こしとして、読者の心に届くことを願う。
2024年 初春 著者
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