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那須隼人5
ラジ
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「おはようございます、ハヤトさん」
ラジはネパールから来た留学生で、日本語学校に通いながら、普段はこのコンビニの18時から22時のシフトで働いている。隼人とは夜の交代時に顔を合わせるのが常だった。
「珍しいね、買い物?」
「きょう、日本語学校、おやすみです。だから、朝のシフト、入りました。ひさしぶりに、はやい時間に、ハヤトさんと会えました」
「そうなんだ。いや、朝にラジって、なんか変な感じだな」
「ふふ、ハヤトさんも、顔ちょっとねむそう」
ラジは白い歯を見せてからかうように笑ったあと、バックヤードに入っていった。
制服のシャツを羽織ってすぐに出てくると、レジに入る。
「学校は何の休み?」
「今日はそうりつきねんびです。昨日、てんちょうに話したら『予定がないなら朝こい』っていわれました」
「そっか。ラジは良かったの?」
「はい、ハウスにいてもひまだったので、お仕事に入れて良かったです」
「助かっただろうな、店長。いま人手足りてないし」
実際、シフトが埋まらないと店長はいつもぼやいている。
日勤から夜勤までぶっ通しで入ることも多く、隼人は店長がいつか倒れるのではないかと心配していた。
「そうそう。いま、だれも急に休めない。店長も、ちょっと、かみのけ少なくなってきました」
そう言ってラジは、悲しそうな顔を作り、髪が抜け落ちるジェスチャーをしてみせた。
隼人は思わず吹き出した。
ラジが話すとき、くりくりとした大きな目が表情豊かに動く。
人懐っこいその笑顔を見ていると、隼人の心の中の緊張が少しほどけていくような気がした。
この三日間、コンビニの空気の中にいながらも、自分だけが別の世界に取り残されたような感じがしていた。
ラジとのこうした屈託のない会話は、心の浮遊感に微かな重力を与えてくれる。
「ハヤトさん、なにか、つかれてる?」
ラジはふと真剣な顔で、隼人の目を覗き込んだ。
「うーん、まあ、寝てないからってのもあるけど……ちょっと、いろいろあってさ」
「もしかして、おばけ、みた?」
予想もしなかった言葉に、隼人は一瞬動きを止めた。
「なんでそう思った?」
「なんとなく。でも、このまえの夜、ハヤトさんの目、ちょっとこわかった」
そう言いながらも、ラジに怯えている様子はなかった。むしろ心配するような目で隼人を見つめていた。
「うん、まあ、見たのかも。でも、あれがなんだったのか、自分でもまだよく分からないんだよ」
「ネパールにも、おばけ、魔女、神さま、いろんな話、あるよ」
「へえ、ネパールにはいろいろいるんだな」
自分が見た白い女も、もしかするとラジのいうところの魔女のようなものだったのかもしれない――隼人はそんなことを思う。
「おばけ、なにか言いたいことあって、出てくる。ハヤトさん、やさしいから聞いてくれると思う。おばけが来たのなら、きっとなにか言いたいんだと思う」
その言葉を聞いて、隼人は返答に詰まった。
これまで、自分が美月を探しているつもりだった。
だが、あの白い女が二度も姿を見せたのは、向こうからも何かを伝えに来ているのかもしれない。
だとすれば、それは──何なのか。
「もし今度おばけがきたら、『ごはん食べますか?』って聞いたらいいよ。もしボクがおばけだったら、ごはんくれる人に悪いことしない」
「はは、それいいな。覚えておくよ」
隼人は軽く答えたが、ラジの大きな黒目には、思いのほか真剣な光が宿っていた。
「ハヤトさん、こんど、ネパールのごはん、作ってあげる。スパイスちょっと強いけど、おいしいよ」
「ほんと? それは楽しみだな」
「約束です」
「分かった。約束な」
ラジは他にも何か言いたげだったが、客が入ってきたため会話はそこで途切れた。
隼人は「お先に失礼します」と交代の挨拶をして、店を出た。
一度家に寄り、バッグに簡単な筆記用具を詰め、それとは別にカメラバッグを肩に掛けると、休憩することもなく六守谷町へと向かった。
郷土資料館で、もう一度あの本を読む。眠気よりも、そちらのほうが、今の隼人にはよほど重要に思えた。
ラジはネパールから来た留学生で、日本語学校に通いながら、普段はこのコンビニの18時から22時のシフトで働いている。隼人とは夜の交代時に顔を合わせるのが常だった。
「珍しいね、買い物?」
「きょう、日本語学校、おやすみです。だから、朝のシフト、入りました。ひさしぶりに、はやい時間に、ハヤトさんと会えました」
「そうなんだ。いや、朝にラジって、なんか変な感じだな」
「ふふ、ハヤトさんも、顔ちょっとねむそう」
ラジは白い歯を見せてからかうように笑ったあと、バックヤードに入っていった。
制服のシャツを羽織ってすぐに出てくると、レジに入る。
「学校は何の休み?」
「今日はそうりつきねんびです。昨日、てんちょうに話したら『予定がないなら朝こい』っていわれました」
「そっか。ラジは良かったの?」
「はい、ハウスにいてもひまだったので、お仕事に入れて良かったです」
「助かっただろうな、店長。いま人手足りてないし」
実際、シフトが埋まらないと店長はいつもぼやいている。
日勤から夜勤までぶっ通しで入ることも多く、隼人は店長がいつか倒れるのではないかと心配していた。
「そうそう。いま、だれも急に休めない。店長も、ちょっと、かみのけ少なくなってきました」
そう言ってラジは、悲しそうな顔を作り、髪が抜け落ちるジェスチャーをしてみせた。
隼人は思わず吹き出した。
ラジが話すとき、くりくりとした大きな目が表情豊かに動く。
人懐っこいその笑顔を見ていると、隼人の心の中の緊張が少しほどけていくような気がした。
この三日間、コンビニの空気の中にいながらも、自分だけが別の世界に取り残されたような感じがしていた。
ラジとのこうした屈託のない会話は、心の浮遊感に微かな重力を与えてくれる。
「ハヤトさん、なにか、つかれてる?」
ラジはふと真剣な顔で、隼人の目を覗き込んだ。
「うーん、まあ、寝てないからってのもあるけど……ちょっと、いろいろあってさ」
「もしかして、おばけ、みた?」
予想もしなかった言葉に、隼人は一瞬動きを止めた。
「なんでそう思った?」
「なんとなく。でも、このまえの夜、ハヤトさんの目、ちょっとこわかった」
そう言いながらも、ラジに怯えている様子はなかった。むしろ心配するような目で隼人を見つめていた。
「うん、まあ、見たのかも。でも、あれがなんだったのか、自分でもまだよく分からないんだよ」
「ネパールにも、おばけ、魔女、神さま、いろんな話、あるよ」
「へえ、ネパールにはいろいろいるんだな」
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「おばけ、なにか言いたいことあって、出てくる。ハヤトさん、やさしいから聞いてくれると思う。おばけが来たのなら、きっとなにか言いたいんだと思う」
その言葉を聞いて、隼人は返答に詰まった。
これまで、自分が美月を探しているつもりだった。
だが、あの白い女が二度も姿を見せたのは、向こうからも何かを伝えに来ているのかもしれない。
だとすれば、それは──何なのか。
「もし今度おばけがきたら、『ごはん食べますか?』って聞いたらいいよ。もしボクがおばけだったら、ごはんくれる人に悪いことしない」
「はは、それいいな。覚えておくよ」
隼人は軽く答えたが、ラジの大きな黒目には、思いのほか真剣な光が宿っていた。
「ハヤトさん、こんど、ネパールのごはん、作ってあげる。スパイスちょっと強いけど、おいしいよ」
「ほんと? それは楽しみだな」
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隼人は「お先に失礼します」と交代の挨拶をして、店を出た。
一度家に寄り、バッグに簡単な筆記用具を詰め、それとは別にカメラバッグを肩に掛けると、休憩することもなく六守谷町へと向かった。
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