しずめ

山程ある

文字の大きさ
43 / 71
那須隼人5

ラジ

しおりを挟む
「おはようございます、ハヤトさん」

 ラジはネパールから来た留学生で、日本語学校に通いながら、普段はこのコンビニの18時から22時のシフトで働いている。隼人とは夜の交代時に顔を合わせるのが常だった。

「珍しいね、買い物?」

「きょう、日本語学校、おやすみです。だから、朝のシフト、入りました。ひさしぶりに、はやい時間に、ハヤトさんと会えました」

「そうなんだ。いや、朝にラジって、なんか変な感じだな」

「ふふ、ハヤトさんも、顔ちょっとねむそう」

 ラジは白い歯を見せてからかうように笑ったあと、バックヤードに入っていった。
 制服のシャツを羽織ってすぐに出てくると、レジに入る。

「学校は何の休み?」

「今日はそうりつきねんびです。昨日、てんちょうに話したら『予定がないなら朝こい』っていわれました」

「そっか。ラジは良かったの?」

「はい、ハウスにいてもひまだったので、お仕事に入れて良かったです」

「助かっただろうな、店長。いま人手足りてないし」

 実際、シフトが埋まらないと店長はいつもぼやいている。
 日勤から夜勤までぶっ通しで入ることも多く、隼人は店長がいつか倒れるのではないかと心配していた。

「そうそう。いま、だれも急に休めない。店長も、ちょっと、かみのけ少なくなってきました」

 そう言ってラジは、悲しそうな顔を作り、髪が抜け落ちるジェスチャーをしてみせた。
 隼人は思わず吹き出した。

 ラジが話すとき、くりくりとした大きな目が表情豊かに動く。
 人懐っこいその笑顔を見ていると、隼人の心の中の緊張が少しほどけていくような気がした。

 この三日間、コンビニの空気の中にいながらも、自分だけが別の世界に取り残されたような感じがしていた。
 ラジとのこうした屈託のない会話は、心の浮遊感に微かな重力を与えてくれる。

「ハヤトさん、なにか、つかれてる?」

 ラジはふと真剣な顔で、隼人の目を覗き込んだ。

「うーん、まあ、寝てないからってのもあるけど……ちょっと、いろいろあってさ」

「もしかして、おばけ、みた?」

 予想もしなかった言葉に、隼人は一瞬動きを止めた。

「なんでそう思った?」

「なんとなく。でも、このまえの夜、ハヤトさんの目、ちょっとこわかった」

 そう言いながらも、ラジに怯えている様子はなかった。むしろ心配するような目で隼人を見つめていた。

「うん、まあ、見たのかも。でも、あれがなんだったのか、自分でもまだよく分からないんだよ」

「ネパールにも、おばけ、魔女、神さま、いろんな話、あるよ」

「へえ、ネパールにはいろいろいるんだな」

 自分が見た白い女も、もしかするとラジのいうところの魔女のようなものだったのかもしれない――隼人はそんなことを思う。

「おばけ、なにか言いたいことあって、出てくる。ハヤトさん、やさしいから聞いてくれると思う。おばけが来たのなら、きっとなにか言いたいんだと思う」

 その言葉を聞いて、隼人は返答に詰まった。

 これまで、自分が美月を探しているつもりだった。
 だが、あの白い女が二度も姿を見せたのは、向こうからも何かを伝えに来ているのかもしれない。
 だとすれば、それは──何なのか。

「もし今度おばけがきたら、『ごはん食べますか?』って聞いたらいいよ。もしボクがおばけだったら、ごはんくれる人に悪いことしない」

「はは、それいいな。覚えておくよ」

 隼人は軽く答えたが、ラジの大きな黒目には、思いのほか真剣な光が宿っていた。

「ハヤトさん、こんど、ネパールのごはん、作ってあげる。スパイスちょっと強いけど、おいしいよ」

「ほんと? それは楽しみだな」

「約束です」

「分かった。約束な」

 ラジは他にも何か言いたげだったが、客が入ってきたため会話はそこで途切れた。

 隼人は「お先に失礼します」と交代の挨拶をして、店を出た。

 一度家に寄り、バッグに簡単な筆記用具を詰め、それとは別にカメラバッグを肩に掛けると、休憩することもなく六守谷町へと向かった。

 郷土資料館で、もう一度あの本を読む。眠気よりも、そちらのほうが、今の隼人にはよほど重要に思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。

鞠目
ホラー
「変な配達員さんがいるんです……」 運送会社・さくら配達に、奇妙な問い合わせが相次いだ。その配達員はインターフォンを三回、ノックを三回、そして「さくら配達です」と三回呼びかけるのだという。まるで嫌がらせのようなその行為を受けた人間に共通するのは、配達の指定時間に荷物を受け取れず、不在票を入れられていたという事実。実害はないが、どうにも気味が悪い……そんな中、時間指定をしておきながら、わざと不在にして配達員に荷物を持ち帰らせるというイタズラを繰り返す男のもとに、不気味な配達員が姿を現し――。 不可解な怪異によって日常が歪んでいく、生活浸食系ホラー小説!! アルファポリス 第8回ホラー・ミステリー小説大賞 大賞受賞作

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/2/24:『ぬかるみ』の章を追加。2026/3/3の朝頃より公開開始予定。 2026/2/23:『かぜ』の章を追加。2026/3/2の朝頃より公開開始予定。 2026/2/22:『まどのそと』の章を追加。2026/3/1の朝頃より公開開始予定。 2026/2/21:『おとどけもの』の章を追加。2026/2/28の朝頃より公開開始予定。 2026/2/20:『くりかえし』の章を追加。2026/2/27の朝頃より公開開始予定。 2026/2/19:『おとしもの』の章を追加。2026/2/26の朝頃より公開開始予定。 2026/2/18:『ひざ』の章を追加。2026/2/25の朝頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

これはあくまでフィクションですが、私がみた夢の話を誰かきいてくれませんか?

芝 稍重
ホラー
私は子供の頃の夢日記を書いています。 この話には続きがありますが、ここでは書きません。この話でピンときた人は、コメント欄で知らせてほしいです。 (※このあらすじは、本文にでてくる「夢日記」投稿当時のものを復刻した内容です)

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

処理中です...