しずめ

山程ある

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那須隼人6

本の執筆者

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 隼人はファミリーレストランの四人掛けのボックス席に腰を下ろした。
 窓際の席だ。時刻は夜の八時。ガラス越しの国道には車のヘッドライトの光がゆっくりと行き交っている。

「ごめんな、こんな時間に。貧乏暇なしで、なかなか時間取られへんくってな」

 先に来ていた見学が、頭を軽く下げて言った。

 見学からLINEの返信がきたのは、KUUKIの向かいの家での出来事から二日後のことだった。
 その翌日の夜八時なら時間が取れる。もし都合が合うなら、前に会ったファミレスで──という内容だった。
 ちょうどその日はコンビニのシフトが入っていなかった隼人は、迷わず了承の返信をした。

「いえ、こちらこそ。わざわざお時間を作ってもらって、すみません」

「晩ご飯は? お兄さんが何でも奢ったるで」

「いえ、食べてきたんで大丈夫です」

「そうなんや。実は僕もお腹空いてへんねん。美味しいって評判の家系ラーメンの店が駅の向こうにできてな、夕方に行ってもうてん」

 隼人がドリンクバーのコーヒーを淹れに行き、席に戻ると、見学は静かにカップを手にしたままぼんやりと窓の外を眺めていた。その姿は少し疲れているように見えた。本人が言うように多忙なのだろう。

 言葉を探しながら、隼人は口を開いた。

「前に話した『六守谷の信仰』という本の著者一覧に、見学さんの名前を見つけました」

「あちゃあ。バレてしもうたか」

「どうりで詳しいはずですよね。あの本の執筆者だったんですから」

「執筆者っちゅうても、大学院の頃にフィールドワークの手伝いしただけやで。お情けで名前入れてもろたんや。モリサマの研究に熱心やったんは、助教の程山ほどやま先生って人やねん」

「そうなんですね。でも、見学さんもしずめとかモリサマのこと、よく知ってるんですよね」

「まあ、詳しい方やと思うわ。この辺のお爺ちゃんお婆ちゃんに、ようけ話聞かせてもろたし。もう十年も前の話やけどな」

「結局のところ、モリサマとか、しずめって何なんですか?」

「本、読んだんやろ? あそこに書いてある通りや」

「……そういう答えが聞きたいんじゃないんです」

 見学は口を閉ざした。 
 考え込んでいるようでもあり、隼人の言葉の続きを待っているようでもあった。 
 遠くのテーブルで響くカトラリーの音が聞こえてくる。
 沈黙を破ったのは、隼人の方だった。

「三日前に、元ドタの森があった場所の庭で、怪異に遭遇しました。しずめとおぼしき女性が現れて……それから、別の何かに、泥の中へ引きずり込まれたんです。
 と、これは自分の感覚ですが、発見してくれた知人によると、オレはぬかるみの中にうつぶせで倒れていて……鼻と口が泥に沈んでいて、もう少しで死ぬところだったそうです」

「そんなことがあったんか」

 見学の細い目がわずかに見開かれる。

「オレを泥の中に引きずり込んだのが、モリサマだったんじゃないかと思ってます。
 だけど、あれは神様なんて呼べる存在じゃなかった。もっと生々しくて、何というのか……ただの憎悪の塊みたいでした」

「前にも言うたけど、そういうもんには関わったらあかん。気にしたり、執着すると、簡単に取り込まれてまう」

 見学はそう言って、視線を少しだけ外した。
 その目は、何か別の過去を見ているようだった。

「はい。そのつもりです。あれは関わっていいものじゃなかった。それに、関わる意味も、もうないと思いました」

 隼人の口調に、ほんの僅かな空虚が混じった。
 見学はそれを察したのか、ゆるく首をかしげた。

「実は、付き合っていた女性が、数年前にこの町で行方不明になったんです。
 結局、理由は分からないままで、今も見つかっていません。オレは、彼女がモリサマにかどわかされて、しずめになったんじゃないかと考えたんです。だから、しずめに会うために、森の跡地を調べていました」

「……」

 隼人の話を聞く見学は、口を引き結んでいた。
 明確な感情は読み取れないが、胸の奥で何かを噛みしめている者の顔に思えた。
 それが隼人に対する同情なのか、それとも別の何かなのか分からない。

「でも、ドタの森で見たしずめは、美月──探していた女性ではなかった。だからもう、森の跡地には行きません」

 そう言った隼人を見て、見学は小さく息を吐き、「なるほど」とだけ呟いてコーヒーを啜った。
 その肩の力が、ほんの少し抜けたように見えた。
 そして、これまでにない真剣な面持ちで、隼人を見た。

「繰り返しになるけど、学術的には、モリサマもしずめも、あの本に書かれてる通りのものやと、僕は思ってる。神社ができる前から続いてる、沖縄の御嶽なんかと同じ『聖なる森』への信仰と、その巫女、あるいは生贄」

 見学の目が「でも」と続けているように思えて、隼人は「はい」と頷く。

「よくB級の怪談とかで言うやろ。死んだ人間が寂しがって、生きた人間を引っ張るって。そういう悪霊とか地縛霊とかの話って聞いたことない? けっきょくは、ああいうのと同じちゃうんかな。モリサマもしずめも。
 ……まあ、こんなこと言うてるのバレたら、あの本書いた程山センセに死ぬほど怒られそうやけどな」



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