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第一章
母の面影
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深い闇をカンテラで照らし、魔力走行船はフォーロンの方角に向かって星を追い続けた。まるで世界の底が抜けたような、漆黒の海の上を無数の星々が彩る。その一つの星を目印にして、故郷を目指す。
「夜も航海を続けるようにしたのですか?」
真夜中だというのに、珍しくマトビアが操舵室に上がってきた。
「そうだな、そろそろ急がないと、デウロンに先を越される。帝都からアウセルポートの方角の先がフォーロンだから、俺たちがどこに向かっているのか、きっとデウロンは気付いているはずだ」
「すみません……。思っていた以上に時間がかかってしまって」
アウセルポートで一日のロス。
そして脱出のときにデウロンが投げた銛による損傷がなければ、いまごろフォーロンに着いていただろう。
「やっぱり、怒っていますか……」
しょんぼりとマトビアは肩を落とす。
「怒ってなんかない、妹のためだし、それになんだかんだでロキーソを復興させることができた。しかし……そのお節介な性格は、もう少しどうにかならないかな」
「本当にそうですね。でも、何かしてあげたいという気持ちが芽生えると、居ても立っても居られなくなるんです」
操舵室から見える夜空を見上げたマトビアは、何かを思い出すように話しだした。
「私の母キョウリは冷たくて厳しい人でした。誰かを助けようする私を、嫌っていました」
マトビアの目は悲しげで、遥か遠くにある星を映す。
「しかし、ある意味で私のことをよく理解していました」
「……」
「帝都で開かれた大きなパーティーのことです。使用人が配膳のミスをしたんです。父がたいへん怒って、その使用人を牢にいれました。使用人はまだ十歳ほどだったので、可哀想に思った私は、父に歯向かうつもりで廊下に出たのです。そしたら……母が廊下で私を待っていました」
「……全部、お見通しということか……」
「はい……。あのときの母の顔がハッキリと思い出せません。今、記憶をたどってみて、私は一度も母の顔をしっかりと見たことが無いように思えます」
マトビアがキョウリ皇后の顔を覚えていないのは、母子でありながらほとんどを使用人に任せていたこと。そして、何よりマトビアが恐れていたからだろう。
母子の関係として普通ではない。
皇室という非一般的な環境と、キョウリという異色の母が、異常な関係をつくった。
俺から見ても、キョウリ皇后は恐ろしいほど美しい、氷のような冷たい表情と透明な白い肌の女性だった。
「でも不思議なことに」
と、マトビアの大きな瞳に俺の顔が映る。
「お兄様の顔を見ると、お義母様の柔らかな笑顔を思い出します」
「母マリアの……?」
「ほんとうに不思議ですよね。じつの母の顔はハッキリと思い出せないのに、お兄様を見ると温かなお義母様の顔を思い出す……。思えば、私がこんなお節介な性格になったのは、お義母様の影響があるような気がします」
「確かに……母は、何にでも首を突っ込みたがる性格だったな」
好奇心の塊で、皇室と関係のないところで問題を起こしていたな。それはきっと、曲がったことが嫌いな正義感の権化だったからだ。
「だから、まあ、これは血筋だと観念して諦めてください」
フフフッとマトビアは笑う。
母の血筋か……。
亡くなった母だったら、きっとアウセルポートの悪い商人は見過ごさないだろうし、ロキーソの漁村の住民にも手を差し伸べる。
「マトビア、ありがとう。一緒に旅をしてくれて」
マトビアは俺の言葉が意外だったのか少し驚くと、ニッコリと笑って、うん、と頷いた。
母マリアの血筋か。
自分のルーツなんて、帝国から追われて旅するまでは、まったく興味がなかったが。フォーロンについたら土着の貴族に母のことを聞いてみるか。
***
朝になると、主役は星々からエメラルドグリーンの海に代わった。
内海のエムル海と外海が交わる複雑な海流が、海の色を青から緑に変化させる。その境界にある避暑地ニジラスがフォーロンの海の玄関口になっている。
『翠玉の街』『緑水街』。
ニジラスは地方によって呼び名が変わる。フォーロンのみならず、豪族がバカンスに訪れる観光地なのだ。
白の漆喰をベースに、遠くからでも分かる赤いバラを窓辺に、多くの高級宿が海に面している。
そして橙やピンクの明るい色の屋根が軒を連ねて、ニジラス全体を彩っていた。
「美しい街ですね!」
スピカの明るい声に導かれて、起きたばかりのマトビアが甲板に出る。
「ほんとうに! なんて美しいのでしょう」
緑の海の上で踊るように、マトビアがくるくると回った。
「姫様! あの海岸を見てください!」
「まあ、水遊びしてますわね」
「あれは海水浴というのですよ」
「楽しそうですわ~」
ちらりとマトビアが操舵室にいる俺に目配せする。
「しょうがないな……。買い出しのついでで、ほんの少しだけ寄ってもいいぞ」
「「やったー!」」
ニジラスはフォーロンの支配下にあるので、何か問題があれば警吏の詰所に駆け込んでもいい。母マリアの名前を出せば、どうにかなる。
まあ、とはいえ、面倒ごとはなるべく避けたい。
「あ、でも人が多い海岸にはいかないように……」
俺の言葉を置き去りに、マトビアとスピカは着ていく服を何にするかで盛り上がっていた。
「夜も航海を続けるようにしたのですか?」
真夜中だというのに、珍しくマトビアが操舵室に上がってきた。
「そうだな、そろそろ急がないと、デウロンに先を越される。帝都からアウセルポートの方角の先がフォーロンだから、俺たちがどこに向かっているのか、きっとデウロンは気付いているはずだ」
「すみません……。思っていた以上に時間がかかってしまって」
アウセルポートで一日のロス。
そして脱出のときにデウロンが投げた銛による損傷がなければ、いまごろフォーロンに着いていただろう。
「やっぱり、怒っていますか……」
しょんぼりとマトビアは肩を落とす。
「怒ってなんかない、妹のためだし、それになんだかんだでロキーソを復興させることができた。しかし……そのお節介な性格は、もう少しどうにかならないかな」
「本当にそうですね。でも、何かしてあげたいという気持ちが芽生えると、居ても立っても居られなくなるんです」
操舵室から見える夜空を見上げたマトビアは、何かを思い出すように話しだした。
「私の母キョウリは冷たくて厳しい人でした。誰かを助けようする私を、嫌っていました」
マトビアの目は悲しげで、遥か遠くにある星を映す。
「しかし、ある意味で私のことをよく理解していました」
「……」
「帝都で開かれた大きなパーティーのことです。使用人が配膳のミスをしたんです。父がたいへん怒って、その使用人を牢にいれました。使用人はまだ十歳ほどだったので、可哀想に思った私は、父に歯向かうつもりで廊下に出たのです。そしたら……母が廊下で私を待っていました」
「……全部、お見通しということか……」
「はい……。あのときの母の顔がハッキリと思い出せません。今、記憶をたどってみて、私は一度も母の顔をしっかりと見たことが無いように思えます」
マトビアがキョウリ皇后の顔を覚えていないのは、母子でありながらほとんどを使用人に任せていたこと。そして、何よりマトビアが恐れていたからだろう。
母子の関係として普通ではない。
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俺から見ても、キョウリ皇后は恐ろしいほど美しい、氷のような冷たい表情と透明な白い肌の女性だった。
「でも不思議なことに」
と、マトビアの大きな瞳に俺の顔が映る。
「お兄様の顔を見ると、お義母様の柔らかな笑顔を思い出します」
「母マリアの……?」
「ほんとうに不思議ですよね。じつの母の顔はハッキリと思い出せないのに、お兄様を見ると温かなお義母様の顔を思い出す……。思えば、私がこんなお節介な性格になったのは、お義母様の影響があるような気がします」
「確かに……母は、何にでも首を突っ込みたがる性格だったな」
好奇心の塊で、皇室と関係のないところで問題を起こしていたな。それはきっと、曲がったことが嫌いな正義感の権化だったからだ。
「だから、まあ、これは血筋だと観念して諦めてください」
フフフッとマトビアは笑う。
母の血筋か……。
亡くなった母だったら、きっとアウセルポートの悪い商人は見過ごさないだろうし、ロキーソの漁村の住民にも手を差し伸べる。
「マトビア、ありがとう。一緒に旅をしてくれて」
マトビアは俺の言葉が意外だったのか少し驚くと、ニッコリと笑って、うん、と頷いた。
母マリアの血筋か。
自分のルーツなんて、帝国から追われて旅するまでは、まったく興味がなかったが。フォーロンについたら土着の貴族に母のことを聞いてみるか。
***
朝になると、主役は星々からエメラルドグリーンの海に代わった。
内海のエムル海と外海が交わる複雑な海流が、海の色を青から緑に変化させる。その境界にある避暑地ニジラスがフォーロンの海の玄関口になっている。
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そして橙やピンクの明るい色の屋根が軒を連ねて、ニジラス全体を彩っていた。
「美しい街ですね!」
スピカの明るい声に導かれて、起きたばかりのマトビアが甲板に出る。
「ほんとうに! なんて美しいのでしょう」
緑の海の上で踊るように、マトビアがくるくると回った。
「姫様! あの海岸を見てください!」
「まあ、水遊びしてますわね」
「あれは海水浴というのですよ」
「楽しそうですわ~」
ちらりとマトビアが操舵室にいる俺に目配せする。
「しょうがないな……。買い出しのついでで、ほんの少しだけ寄ってもいいぞ」
「「やったー!」」
ニジラスはフォーロンの支配下にあるので、何か問題があれば警吏の詰所に駆け込んでもいい。母マリアの名前を出せば、どうにかなる。
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