元皇子の寄り道だらけの逃避行 ~幽閉されたので国を捨てて辺境でゆっくりします~

下昴しん

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第三章

ドラゴンとの戦い

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 放たれた鉛玉は、黄金色のドラゴンの首元に命中した。
 巨大な拳で横殴りされたかのように、ドラゴンは首を捻じ曲げられ、魔人を吐き出す。魔人は巨木の上層に転がり込んだ。

「ウオオオッ――……」

 ドラゴンは慟哭しながら、船が沈むように倒れ落ちた。

 下敷きになり薙ぎ倒される木々。

 攻めて来たモンスターたちは想定外の事態に慄然して動きを止めた。
 そして、一様に巨木の上層を見上げる。魔物に備わる一種の野生の勘というものだろうか、破壊された樹皮の亀裂から体を見せたのは、吐き出された子どもの魔人だ。

 人の形をした少女ともとれる魔人は、なびく銀色の髪の、その奥にある真っ黒な瞳を見せつけるように見開く。
 ジリジリと皮膚を焼くような闇の魔力で、地に押さえつけられるような圧迫感がある。

 威圧されたモンスターたちはそそくさとその場を離れていき、ドラゴンも地面を跳ねて、地鳴りと共に林間を縫うようにして逃げて行った。

「あれはもしかすると……」

 ストーンは魔人を見上げ、棒立ちでつぶやく。
 すると、遠くにいる子どもの魔人がさっとこちらに顔を向けた。

「うわっ! 見つかってる!」

 思わずしゃがんだが、ストーンは動じない。
 少しだけ頭をあげて葉っぱの間からのぞくと、魔人は樹木のてっぺんから飛び降りて、大きな葉っぱでバウンドすると、こちらに近寄ってきた。

「ストーン! まずいよ! 逃げよう!」
「まー、待て。戦うつもりなら、もう攻撃されているはずだ」

 いつの間にか周囲はモンスターたちで囲まれていた。木を守っていた守備側のモンスターたちのようで、子どもの魔人の手下だろう。
 ストーンの言う通り、俺たちをじっと見ているだけで、不思議なことに何もしてこない。

 群れに魔人が加わると、モンスターが何も言わず道を開ける。絶対君主である魔人を崇拝するように跪いた。

「仲間……なのカ? マリアの仲間カ?」

 魔人は女性の声で片言だった。

「あー、やっぱりな、あの時の魔人か」
「……マリア……? なんで母さんの名前を?」
「なんだ、フェアは気付いていなかったのか? ミーナが助けたときの魔人だよ」
「エッ! ストーンの話で出てきた、母さんが引き取った魔人!?」

 魔人という単語を口にするたびに、目を横長に細めて冷たい表情をする。

「魔人ではナイ。『リオン』ダ!」
「『リオン』?」
「マリアがつけた名前ダ! おまえからはマリアのニオイがスル」

 ニオイ……?
 そういえば、ライフルの整備や刀の修繕のために油や道具をもってきていた。そのニオイなのか……?

 リオンという魔人との会話に集中していると、まったく警戒していなかった上空の、黄金色の光が急速に失われて暗くなった。
 何事だ――そう考える間もなく、激しい突風が巻きあがる。

「ゴガアアアァァッ!!」

 翼を広げたドラゴンが激昂して、前足で鷲掴みにしようと上空から迫って来ていた。

 ドラゴンは逃げたのではなく、攻撃者を見定めていたのだ。
 おそらくは、攻撃された時、どこから何者によって攻撃されたか分からなかったのだ。
 どこから攻撃されたのか分からない以上、留まるのは愚策。そう考えたに違いない。

 ターゲットの魔人が仲間らしき者と会話するのを上空で観察し、彼らが間違いなく攻撃者であることを見抜き、早急に手を打ってきた。

 ライフルに鉛玉を入れて、魔法を――。

 ドラゴンの策略に気づいて動くには、あまりにも遅かった。

 ストーンがすぐに俺とドラゴンの間に割って入った。
 刀を構えて、全身に力を漲らせる。
 
「来い! 来やがれ! 俺が! 俺が!! ぶった切ってやる!!」

 闘気を最高潮に高めると、体が膨張して熱せられた。熱鉄のような灼けるニオイが漂う。
 
 ドン!!

 枯葉が視界いっぱいに広がると、ストーンは姿を消した。入れ替わるようにして、ドラゴンの片足が迫ってきて、俺を押し倒した。

「うわっ!」

 大人を軽々と掴める大きな前足だ。
 俺は地面にはりつけにされ、押し潰されるかに思えた。
 しかし、前足は静止して力なく横に倒れた。

 ドラゴンの前足はストーンによって切断されていた。切られた箇所から黒ずんでいき、やがて灰となり散っていく。

 本体のドラゴンの姿はなかった。

 空を遮るオレンジ色の葉の向こうから、ドラゴンの遠吠えが聞こえた。重傷を負い、すでに遠くへ逃げているようだ。

「ぐうっ……!」

 ドシン、とストーンが膝をついた。
 右肩を負傷しているようだった。

「大丈夫!?」
「うーん。どうだろうな、右半身が動かないな……」

 傷はそれほど深くない。しかし右腕に力が入らないのか、だらんとしたままだ。

「それは毒ダ」
「……毒!? 毒消しなんか持ってない……!」

 みるみる間にストーンの顔が青白くなっていく。

「こっちにコイ」

 俺はストーンの右わきに入って支えながら、リオンのあとをついていった。
 
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