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軽く歩幅の狭い足音が軽快に近寄ってくるのが聞こえた。
聞き覚えのある音。
私は耳も鼻も良いし。
間違える訳がない。
庶民出身の生徒しか使わない古い建物にまで、彼が来るとは思わなかった。 今日は私を助けてくれるジェシカは居ない。 キョロキョロと周囲を見回し、私は靴を脱いで走り出す。
必死で走れば勢いよく人にぶつかった。
ぶつかるような人は居なかったのに!! と、私は一歩下がろうとすれば腕が掴まれた。
「つ~かまえたっ」
目線の先には庶民ではありえない上等な制服。
「うげっ……」
私の声を打ち消す彼等の軽薄な声。
「うわぁ~、きたなっ」
「うへっ、匂いがうつるぞ」
私を見下し馬鹿にする口調と声色。
「臭いのは、私ではなくてアンタ達でしょう!! 酒? 煙草? それとも薬? 本当勘弁してくれない。 私匂いには敏感なんですよねぇ……あぁコレって、うわぁ最悪……薬交ぜてつかってますよね? うわぁ、頭大丈夫ですか? 壊れてませんか?」
「ウルサイ!! 庶民の癖に口答えするんじゃねぇよ」
頬を打たれた……だから反射的に打ち返せば、相手は唖然と停止する。
「うわぁああああきたねぇえええ。 顔にふれられてやんの!!」
「あら、脳にはびこる薬を叩きだしてあげたのだから感謝なさい!!」
実際出来るけど、今は嘘。
「ひっぃっひっ……な、なんて事を!!」
「「パパ(ママ)にもぶたれた事が無いのに!!」」
「ぁ、外れちゃったか……」
てへっと笑って誤魔化せば、再び彼等は黙り込み、そして誰かが隣の人の脇を肘でうつ。
「ぇ、あ、あぁ、そうだった」
「あぁ、臭い、臭い」
「なら、離しなさいよ!!」
「ざ~んねん! 今日はコソコソと逃げ隠れするゴキブリ駆除の日だからなぁ~」
「ひゃはっはははは」
何が面白いのやら。
「うわぁ、オマエくさっ!! 腐った匂いがうつってるぞ!!」
下手な演技で嘘を叫ぶ。
「うわぁ、か~わいそ~~」
「もう、これは、新しい制服を作ってもらわないとダメでしょう」
「ひゃっはははっは、俺も俺も~!!」
「あと、賠償金も貰わないとだめだろうなぁ~」
逃げられないように私の周囲を貴族生徒は囲んでいる。
「ありがとう。 捕まえる協力をしてくれて」
明るいエドウィンの声が聞こえれば、生徒は私までの道を開け、一人が真面目に言うのだ。
「これで、俺達の罪はないって証言してくださいよぉ~」
「うん、君の匂いは彼女のせいで君達のせいじゃないよ」
そうエドウィンは微笑みを向けるのを見れば、彼への好意が私の中からそぎ落とされた。
「な、によ!!」
逃げようとする私を、エドウィンは抱きしめた。
「待って!! 彼等にはそういうしかなかったの。 だって、僕は小さくて……幼く見えるから……。 彼等を怒らせれば地位や権力は関係ない。 彼等から身を守るためには仕方がない事だってある……君なら分かってくれるよね」
「私、親のいない子なんで、貴族の事情も、猊下の事情も理解できません。 やっぱり猊下には貴族のご令嬢が相応しいですよ。 私なんて不似合いです」
軽薄にヘラリと告げて見せた。
「そんなに謙遜しないでよ。 君は僕に選ばれたんだから自信を持ってよ。 君は僕の大切な人なんだから。 なのに……君は酷いよね。 ずっと僕から逃げ回って……逃げなければ、側にいてくれれば追わせたりしないよ。 あぁ、そうだ……忘れるところだった。 今日はね君に伝えたい事があったからね。 僕は君を特別だと思っていると言う事を。 ……僕の気持ちが本気だと言う事を伝えたかったんだ。 次の休み、僕は、君のために時間を作るよ。 迎えに行くから、待っていて」
ニッコニコ笑顔で言ってきた。
約束の日。
彼は、私をお姫様のように扱ってくれた。
令嬢達ご用達の店で髪を整え、ドレスに着替え、アクセサリーを身に着け、新しい靴へと履き替えた。
「とても良く似合っています!! 素敵です!! とっても可愛いです!!」
ニコニコと彼は微笑み、ぴょんぴょんと跳ねる。 行儀の悪い行動だが、彼が幼く見えるからこそその行動は愛らしく違和感はない。
「そう思いますよね!!」
そう問いかけられた店員は、目を細めうっとりと微笑んで頷いていた。 あんたの方こそカワイイよ!! と、心の中で叫んでいるのが見て分かる。
「僕も着替えて来るね!!」
私と共に着替えたエドウィンは、私の髪と瞳の色を取り入れていて……恥ずかしかったけど、私も微笑みを向けた。
「どうです?」
照れ照れとした様子で聞いてくるから、私も店員と共に声を揃えて言いましたとも。
「とってもお似合いですよ!!」
そして私は、彼の実家へと向かうために公爵家の紋章の入った馬車に乗った。 決して遠いとは言えない距離、日頃の私なら歩く距離、その短い道中にエドウィンは何時もの微笑みを浮かべこう言ったのだ。
「僕の婚約者には君しか考えられないんだ。 君なら僕を尊重し、敬意を示し、畏敬を湛え、賛美し従順でいてくれるでしょう? 他の人ではダメなんだ」
それは……どういう意味?
唖然とする私に彼は微笑みを続けた。
「僕には、愛してくれる君が……必要なんです」
そう語っているうちに公爵屋敷の前に馬車が止まった。
公爵家では、公爵、公爵夫人、双方に優しくしてもらった。 両親がいない事を知っているのだろう彼等は私の出生について聞く事は無く、学園生活の中で成し得た成果を褒めてくれた。
夫人と庭先を散歩すれば、今、エドウィンが不安な状態なのだと聞かされた。
「あの子を支えてやって欲しいの。 今、教皇猊下候補が新たに3人も現れて、支持者が必要なの。 力を貸してくれるかしら?」
「私など……大した力などありません」
そんな大それたことに責任等持てなかった。
何より、彼の言いように疑問を持ったから。
ただ、言葉の使い方を間違ったのかもしれない。 だけど、それはそれで不愉快だわ!! 私は何時だって不愉快と戦っていたのに……。
「学園では爵位が関係ありません。 その学園で成果を出したあなただからこそお願いしているのです」
私は……彼等が望む返事をする事は無かった。
「彼は、私のような人間を側に置くべきではありません。 私に、彼は勿体ない人ですから」
「まぁ……当然でしょう?」
公爵夫人はそう言った。
聞き覚えのある音。
私は耳も鼻も良いし。
間違える訳がない。
庶民出身の生徒しか使わない古い建物にまで、彼が来るとは思わなかった。 今日は私を助けてくれるジェシカは居ない。 キョロキョロと周囲を見回し、私は靴を脱いで走り出す。
必死で走れば勢いよく人にぶつかった。
ぶつかるような人は居なかったのに!! と、私は一歩下がろうとすれば腕が掴まれた。
「つ~かまえたっ」
目線の先には庶民ではありえない上等な制服。
「うげっ……」
私の声を打ち消す彼等の軽薄な声。
「うわぁ~、きたなっ」
「うへっ、匂いがうつるぞ」
私を見下し馬鹿にする口調と声色。
「臭いのは、私ではなくてアンタ達でしょう!! 酒? 煙草? それとも薬? 本当勘弁してくれない。 私匂いには敏感なんですよねぇ……あぁコレって、うわぁ最悪……薬交ぜてつかってますよね? うわぁ、頭大丈夫ですか? 壊れてませんか?」
「ウルサイ!! 庶民の癖に口答えするんじゃねぇよ」
頬を打たれた……だから反射的に打ち返せば、相手は唖然と停止する。
「うわぁああああきたねぇえええ。 顔にふれられてやんの!!」
「あら、脳にはびこる薬を叩きだしてあげたのだから感謝なさい!!」
実際出来るけど、今は嘘。
「ひっぃっひっ……な、なんて事を!!」
「「パパ(ママ)にもぶたれた事が無いのに!!」」
「ぁ、外れちゃったか……」
てへっと笑って誤魔化せば、再び彼等は黙り込み、そして誰かが隣の人の脇を肘でうつ。
「ぇ、あ、あぁ、そうだった」
「あぁ、臭い、臭い」
「なら、離しなさいよ!!」
「ざ~んねん! 今日はコソコソと逃げ隠れするゴキブリ駆除の日だからなぁ~」
「ひゃはっはははは」
何が面白いのやら。
「うわぁ、オマエくさっ!! 腐った匂いがうつってるぞ!!」
下手な演技で嘘を叫ぶ。
「うわぁ、か~わいそ~~」
「もう、これは、新しい制服を作ってもらわないとダメでしょう」
「ひゃっはははっは、俺も俺も~!!」
「あと、賠償金も貰わないとだめだろうなぁ~」
逃げられないように私の周囲を貴族生徒は囲んでいる。
「ありがとう。 捕まえる協力をしてくれて」
明るいエドウィンの声が聞こえれば、生徒は私までの道を開け、一人が真面目に言うのだ。
「これで、俺達の罪はないって証言してくださいよぉ~」
「うん、君の匂いは彼女のせいで君達のせいじゃないよ」
そうエドウィンは微笑みを向けるのを見れば、彼への好意が私の中からそぎ落とされた。
「な、によ!!」
逃げようとする私を、エドウィンは抱きしめた。
「待って!! 彼等にはそういうしかなかったの。 だって、僕は小さくて……幼く見えるから……。 彼等を怒らせれば地位や権力は関係ない。 彼等から身を守るためには仕方がない事だってある……君なら分かってくれるよね」
「私、親のいない子なんで、貴族の事情も、猊下の事情も理解できません。 やっぱり猊下には貴族のご令嬢が相応しいですよ。 私なんて不似合いです」
軽薄にヘラリと告げて見せた。
「そんなに謙遜しないでよ。 君は僕に選ばれたんだから自信を持ってよ。 君は僕の大切な人なんだから。 なのに……君は酷いよね。 ずっと僕から逃げ回って……逃げなければ、側にいてくれれば追わせたりしないよ。 あぁ、そうだ……忘れるところだった。 今日はね君に伝えたい事があったからね。 僕は君を特別だと思っていると言う事を。 ……僕の気持ちが本気だと言う事を伝えたかったんだ。 次の休み、僕は、君のために時間を作るよ。 迎えに行くから、待っていて」
ニッコニコ笑顔で言ってきた。
約束の日。
彼は、私をお姫様のように扱ってくれた。
令嬢達ご用達の店で髪を整え、ドレスに着替え、アクセサリーを身に着け、新しい靴へと履き替えた。
「とても良く似合っています!! 素敵です!! とっても可愛いです!!」
ニコニコと彼は微笑み、ぴょんぴょんと跳ねる。 行儀の悪い行動だが、彼が幼く見えるからこそその行動は愛らしく違和感はない。
「そう思いますよね!!」
そう問いかけられた店員は、目を細めうっとりと微笑んで頷いていた。 あんたの方こそカワイイよ!! と、心の中で叫んでいるのが見て分かる。
「僕も着替えて来るね!!」
私と共に着替えたエドウィンは、私の髪と瞳の色を取り入れていて……恥ずかしかったけど、私も微笑みを向けた。
「どうです?」
照れ照れとした様子で聞いてくるから、私も店員と共に声を揃えて言いましたとも。
「とってもお似合いですよ!!」
そして私は、彼の実家へと向かうために公爵家の紋章の入った馬車に乗った。 決して遠いとは言えない距離、日頃の私なら歩く距離、その短い道中にエドウィンは何時もの微笑みを浮かべこう言ったのだ。
「僕の婚約者には君しか考えられないんだ。 君なら僕を尊重し、敬意を示し、畏敬を湛え、賛美し従順でいてくれるでしょう? 他の人ではダメなんだ」
それは……どういう意味?
唖然とする私に彼は微笑みを続けた。
「僕には、愛してくれる君が……必要なんです」
そう語っているうちに公爵屋敷の前に馬車が止まった。
公爵家では、公爵、公爵夫人、双方に優しくしてもらった。 両親がいない事を知っているのだろう彼等は私の出生について聞く事は無く、学園生活の中で成し得た成果を褒めてくれた。
夫人と庭先を散歩すれば、今、エドウィンが不安な状態なのだと聞かされた。
「あの子を支えてやって欲しいの。 今、教皇猊下候補が新たに3人も現れて、支持者が必要なの。 力を貸してくれるかしら?」
「私など……大した力などありません」
そんな大それたことに責任等持てなかった。
何より、彼の言いように疑問を持ったから。
ただ、言葉の使い方を間違ったのかもしれない。 だけど、それはそれで不愉快だわ!! 私は何時だって不愉快と戦っていたのに……。
「学園では爵位が関係ありません。 その学園で成果を出したあなただからこそお願いしているのです」
私は……彼等が望む返事をする事は無かった。
「彼は、私のような人間を側に置くべきではありません。 私に、彼は勿体ない人ですから」
「まぁ……当然でしょう?」
公爵夫人はそう言った。
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