貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人

文字の大きさ
3 / 11

03

しおりを挟む
「どうして、私との婚約にこだわるのでしょうか?」

 庶民入学の学費・生活費免除を受ける特待生ともなると、他の生徒と共に授業を受ける必要はないのだけど、特殊講義や実習があるため朝が早い。

 実験室にあるキッチンで焼いた発酵をしっかりと効かせた柔らかなパンを食べながら、私は特待生仲間であり商会の跡取り娘であるジェシカにボソリと呟いた。

「何ソレ、学生のうちに貴族の男を捕まえた自慢?」

 けらけらと笑うが視線には軽蔑と共に……私が言ったこと覚えているの? 何て感じのエドウィンを嫌うからこその嫌味が声には込められていた。

「ちゃんと断っているわよ。 例え婚約破棄が前提だったとしても遠慮だわ!! 公爵家の跡取りで教皇様候補だなんて、そんなの荷が重すぎるって」

「懲りないあんたなら、上手くやっていけるかもしれないわよね」

 とげとげしい口調にまぁまぁと言いながらコーヒーを渡す手。

 私の研究成果の1つコーヒーを手渡してくるのは、孤児院育ちで牧師の推薦を受け学園に入学、ALLトップの成績を3年連続獲得している特待生仲間のブラッド。 苗字が無いのは庶民ゆえ仕方がない。

「それにしても猊下もご学友をお選びになれば良いものを」

 ブラッドが研究室の窓から見える景色に呆れた声で苦々しく笑って見せる。

「だよねぇ~。 神殿は平等と慈悲を掲げた庶民の味方な訳でしょう? ないわぁ~。 そう言えばさ。 この間のデート? 実家に連れていかれた奴さぁ、衣装代とかスッゴイ請求書が回ってきたんだよ~。 馬鹿だよね、馬鹿だと思うでしょブラッドもさぁ~」

 そう言ってジェシカが足をパタパタとさせながら笑う。

「研究物が商売として成功していると言っても、経理は経済学の先生に任せているんだから勘弁して欲しいわ……。 自腹だと分かって居たら、彼が選ぶのに任せなかったわよ」

「猊下の分も支払わされたんでしょう? 実は公爵家の懐事情やばめ?」

 エドウィンは、敬意と軽蔑と双方の意味を込め猊下と呼ばれている。

「貴族の財政状況なんて下世話な話は止めた方がよろしいですよ」

「あら、誰も聞いていないのだから、良いじゃない。 と、言うか……うちとしては結構真剣に気になる所なのよねぇ~」

 ブラッドとジェシカの視線の先を私も追いかけた。





 お世辞にも品が良いと言えない会話をしている眼下では、エドウィンとその取り巻きが下品と言うにふさわしい会話を繰り広げていた。

「あんな腐敗臭漂う平民女を婚約者にするなんて考えられな~い」
「猊下って言うのも大変ねぇ~。 同情するわぁ」
「あの生意気な奴に、格の違いって奴を見せつけて下さいよ」
「ゴミが人間様に混ざるなんて生意気なんだって」
「教室にいるだけで、臭くて鼻が曲がるのよねぇ~」

「ひゃははははっはは」

 下品な笑い声の中には猊下と愛称で呼ばれるエドウィン・フォスターも混ざっていた。

「未来の教皇として、下民に対して慈悲深さを見せる必要があるのですが……これがとても……辛い……」

 本当に苦しそうなら……いえ、ソレはソレで同情に値すると言うか、下品な貴族達にあわせることに同情を覚えるのだけど……。 幼く純粋無垢を浮かべる笑みがヘラリと歪んでいた。

 ほんの僅かの間。
 その醜悪さを見た者はどれほどいるだろう?

 私は背筋が寒くなる。

 本当に、彼を尊敬し、感謝し、好意を抱いていた時があるのだ……それにふさわしいと思った時があるのだ。 あれが偽りだったのだとすれば、今も、これからも、多くの人が騙されていると言うことになる。

 民を騙している?
 それとも……貴族を騙し悪いふりをしている?

 品格を失わない貴族達、庶民枠で入学した者達が……彼等を避けるように遠巻きに見ていた。

「支持者を得たいなら悪手ですよね。 どうするつもりなんでしょう」

 ブラッドが呟く。

 私を……いえ庶民出身者である私達を貴族達は蔑み馬鹿にするのが日常化しており、その悪態はジェシカの実家が悪徳商家であるなんて言っている。

「うちに金を借りておいて!! アイツ等偉そうなんだよ!!」

 ジェシカが不愉快と怒りを混ぜた感情のままを顔に表していた。

「なんだか……ごめん」

「別にあんたのせいじゃないよ。 分かっている。 分かっているけどイラつくから……なんとかしなさいよね」

 ジェシカは爪を噛む。



 王立オルセン学園は、王国内の貴族令息・令嬢の殆どが学園に入学し基礎学習や礼法を学び、人脈を作り上げる。

 馬鹿騒ぎをしている生徒達の多くが、高い地位と権力を持つ家柄に生まれている。 そして、彼等の中心となっているエドウィン・フォスターは、将来的に国王陛下と同等の力を持つ教皇の地位につくのだから、生徒だけでなく教師も何も言えない。

「そういや、あの噂、聞いたか?」

 神妙な顔立ちで1人の青年が言えば、周囲が真顔で彼等の中心人物となっている少年に視線が向けられた。

 ふわふわの柔らかな金色の髪。
 晴れ渡る空のような瞳。
 彼だけが許された白と金の法衣服。

 エドウィンは場違いなほどに穏やかな微笑みと共に尋ねた。

「噂ですか?」

 同級生の少女達に混ざっても負ける事のない美貌、そして埋もれてしまう身長。 子犬のような視線に青年が真面目に語りかける。

「平民は、ケガレた魂を持って生まれ、悪魔と契約するそうだ」

 王国の良心。
 王家が飴と鞭の鞭なら、神殿は飴。
 慈悲を与え、民の憂いを聞く。

 少年は、幼い頃に信託を得た事で、未来の教皇猊下候補の1人とされた人物。

「悪魔と契約でもしなければ、平民が、貴族以上の学力を持つなんて、考えられないだろう?!」

 周囲に視線を向ければ、彼等の様子を見学していた貴族の子供達まで同意を見せた。

「あんなケガレを怯えた者達と共に居て……俺達は正気で居られるのでしょうか? いつか俺達も魔物の影響を受け、この純粋無垢な魂が汚されるのかと思えば……辛くて、辛くて……正気を保てそうにない」

 そう言って、最近貴族の子供達の間で流行っている薬を口にした。



 彼等にとっては全てにおいて庶民が悪いと言う事になる。



 私達は、そんな彼等を見続けていた。

「うわぁお、最悪。 今日は何時も以上に狂っているわね。 何とかならない訳? 一応、彼の地位なら周囲に注意できるわけでしょう? ねぇ、なんとかならないのよ?」

 教師と言う立場は決して良いものではない。

 専門分野を突き詰める教師と言う職に就く者の殆どは家との関係が悪いか、外に職を必要とする下級貴族に限るため、生徒の注意を出来る者はほとんどいない。 出来る事と言えば庶民と貴族の学ぶ場所を引き離すぐらいである。

 そんな教師達と比べ、エドウィンは公爵家の息子で、将来的に国王と同等とまで言われる地位を持つ教皇候補なのだから、エドウィンに生徒達の統制を求めるのは間違いではないだろう。

「彼に言ってみたことはあるんだけど……。 親の爵位が高いからと言って、単純な暴力を見せつけられどうできるんだって……」

「本気で、彼と婚約をするのですか?」

 日頃、人の行動に口出しする事のない大人しいブラッドまでも口を開いた。

「する訳無いじゃない!!」

「本当? だって、彼はあなたが婚約者で、親も公認だって言っているのよ? それに、彼の借金も代わりに払ったそうじゃない」

「仕方ないでしょう!! 私が支払わないと困る人が出て来るんだから……」

 今度だけ……そう言って彼は頭を下げた。
 子犬のような愛くるしい瞳で見上げてくる。

『体裁だけでいい。 いえ……噂を見逃してくれるだけで良いのです……。 お願いです。 僕と婚約している事にしてください』

 そう泣きださんばかりに彼は私に縋りついて来たのだ。

 教皇と言う存在は、民のためにある。
 国王に虐げられる民を宥め、慈悲を施すために存在する。

『あなたには貸しがあるはずですよ? それに僕との繋がりはあなたにとっても都合がいいはずです』

 私は……あの時、幼かった時、誰も無かった時、彼に恋心を抱いたことを後悔した……。 あのほんの僅かな瞬間……あの時間を共有していなければ、彼に希望を抱かなければ……。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~

岡暁舟
恋愛
 名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?

【完結】殿下は私を溺愛してくれますが、あなたの“真実の愛”の相手は私ではありません

Rohdea
恋愛
──私は“彼女”の身代わり。 彼が今も愛しているのは亡くなった元婚約者の王女様だけだから──…… 公爵令嬢のユディットは、王太子バーナードの婚約者。 しかし、それは殿下の婚約者だった隣国の王女が亡くなってしまい、 国内の令嬢の中から一番身分が高い……それだけの理由で新たに選ばれただけ。 バーナード殿下はユディットの事をいつも優しく、大切にしてくれる。 だけど、その度にユディットの心は苦しくなっていく。 こんな自分が彼の婚約者でいていいのか。 自分のような理由で互いの気持ちを無視して決められた婚約者は、 バーナードが再び心惹かれる“真実の愛”の相手を見つける邪魔になっているだけなのでは? そんな心揺れる日々の中、 二人の前に、亡くなった王女とそっくりの女性が現れる。 実は、王女は襲撃の日、こっそり逃がされていて実は生きている…… なんて噂もあって────

第一王女アンナは恋人に捨てられて

岡暁舟
恋愛
第一王女アンナは自分を救ってくれたロビンソンに恋をしたが、ロビンソンの幼馴染であるメリーにロビンソンを奪われてしまった。アンナのその後を描いてみます。「愛しているのは王女でなくて幼馴染」のサイドストーリーです。

出会ってはいけなかった恋

しゃーりん
恋愛
男爵令嬢ローリエは、学園の図書館で一人の男と話すようになった。 毎日、ほんの半時間。その時間をいつしか楽しみにしていた。 お互いの素性は話さず、その時だけの友人のような関係。 だが、彼の婚約者から彼の素性を聞かされ、自分と会ってはいけなかった人だと知った。 彼の先祖は罪を受けず、ローリエの男爵家は罪を受け続けているから。 幸せな結婚を選ぶことのできないローリエと決められた道を選ぶしかない男のお話です。

もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~

岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。 「これからは自由に生きます」 そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、 「勝手にしろ」 と突き放した。

マリアの幸せな結婚

月樹《つき》
恋愛
花屋の一人娘マリアとパン屋の次男のサルバトーレは子供の頃から仲良しの幼馴染で、将来はマリアの家にサルバトーレが婿に入ると思われていた。 週末は花屋『マルゲリータ』でマリアの父の手伝いをしていたサルバトーレは、お見舞いの花を届けに行った先で、男爵家の娘アンジェラに出会う。 病気がちであまり外出のできないアンジェラは、頻繁に花の注文をし、サルバトーレを呼び寄せた。 そのうちアンジェラはサルバトーレとの結婚を夢見るようになって…。 この作品は他サイトにも投稿しております。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

処理中です...