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 私には、

 母は居ない。
 父は、居るけど……居ないも同然だ……。


 大人の保護の無い子供には悲惨な末路しかないと言うが、私はそれほど自分が悲惨だったとは思っていない。

 私は何時だって自由に生きて来たから!!

「あら、あなたの髪って……黒光りしてあのオゾマシイ虫のようだわ」

 私が関わる中で、最も権力のある女性がそう言った事から、G虫と呼ばれた。

「名前を呼ぶのすらオゾマシイ」

 Gは私の名前ではないし、そして呼べない名前を字名につけるのはどうだろう? 4歳の私はもうその程度の考えはもてるようになってはいたし、私が思った事をそのまま言葉にする事で自分がどうなるかも理解していた。

 黒光りし、素早く、存在感があるようで……密かに生きている生き物……なるほど、私はそう言う風に生きてやろうじゃないか!!

 決意した4歳の夏だった。



 幼くして亡くなった母だけど……、
 守ってくれる人を残してくれなかった母だけど、

健康な体と知性を与えてくれてありがとう!!



 そして、5歳の春、私は……初恋をした。

 初恋。
 そう、アレはきっと、そう言うものだと思う。

 良く分からないけれど、その彼はお日様の化身のようにキラキラしていた。

 幼年者用の見習い侍女として、ゴミ拾いぐらいなら出来るだろうと呼ばれたお茶会。 そこは子供達を自慢する大人の社交の場だったのだけど……私は真っ黒でぶかぶかのメイド服に身を包み、自分と年の変わらない子達が行儀悪くゴミを落とすのを片付けていた。

 彼も……そんな客人の中にいたのだ。

 名は、エドウィン・フォスター。

 公爵家の次男だが、神に愛された子として有名な子供。 金色のふわふわ髪に青色の瞳、穏やかな微笑みに白地に金色の模様が入った幼い司祭服を身にまとっている。

 誰にでも愛される彼は……私とは真逆の人間。

「ゴミ落ちたわよ」
「ほら拾いなさい」

「そのような事は、余り良い行為には思えません」

「あら、こうやってその子に仕事を与えているのよ」
「そうですわ。 小さな猊下。 これは給料を得るためのチャンスですの」

 流石におもらしの後始末は嫌だったから、一生名前を忘れず、何時か仕返ししてやろうと心に誓ったりもした。

 プライドばかりが高い人々。
 下々の惨めな者を見て喜ぶ人々。

 慣れていたつもりだったけど、その日は余りにも酷かった。 そして……私の闘志は燃え上がる!! はずだったのに……猊下は私をじっと目で追っていた。 そして……私と視線が合えばニコニコとした無邪気な微笑みを向けてくる。 私が忙しく仕事をすれば憐れみの籠った視線を向けられた。

 その日、私は初めて自分を惨めだと感じだ。
 逃げ出したいと思った。
 だから集中力が欠いてしまったのだ。

 新しいお茶が提供される。

「もう、やだぁああ!! 遊ぶ、遊ぶのぉおおおお!!」

 素敵な庭園でのお茶会に、私と同じ年の子供達は興味深々だし、ジッとしていられない子もいた。 そして一人が泣き叫べば、次々と叫び暴れ出す。

「お散歩するぅうううう!!」
「お花みたいぃいいい!!」
「鳥さんと遊ぶぅうううう!!」

 と泣き出す。

 とは言え、会場は神殿が所有する神の麗しき庭園だ。 子供を野放しにして、花を千切られたり、泥遊びをされたりしては大変だ。 親達は必死にとどめようとしていたけれど……。

「あんた、何か芸でもしなさいよ!!」

「はぃ?」

 いや、無茶ぶりだろう。

「何、何のために生きているの?! この無価値のゴミが!!」

 仕方ねぇなぁ、品がないって怒るなよ。
 最近、耳にした漁師の歌を歌って見せる。
 網を引く時に掛け声としてうたわれる少し勇ましい歌。

 一瞬子供達は静かになるが、掛け声を真似だしてまた親が怒りだした。

「品の無い!! やっぱりゴミよゴミ!! この虫けらが!!」

 大人の大声に子供達は驚き、ぎゃぉおおおおおおおと泣き出す。 両手ブンブンと落とされる熱いお茶のカップを、慌てて受け止めようとした。 いや、だって、めっちゃ高そうだったから。

「あつっ!!」

「何よ!! 馬鹿なの!! お茶が跳ねたじゃない!!」

 いや、アンタの子が落としたんですけどね。

 ではなく、手、熱い熱い、怖い……。

 綺麗な綺麗な白い司祭服をした小さな金色の子が、椅子から飛び降り私に駆け寄った。 小さな手に添えられる、小さな手。

「大丈夫、大丈夫だから……」

 私の恐怖に気付いたかのように繰り返される言葉と……奇跡の回復術……。

「んまぁあああああああ、こんなゴミのために。 未来の教皇猊下が力を振るわれるなんて、頭を下げて感謝なさい」

 未だ手を握られたままなのに頭が押さえつけられ、地面にゴツン。 超マヌケだし……チビ司祭様、巻き添えで転んで泥にまみれてますが。

 でも、彼は笑った。

 あはははっはははって楽しそうに、そして……甘い美味しそうなお菓子を……手に取り私にくれた。

 それが私の初恋だった。



 だからと言って、まぁ、そんな甘ったるいものに身を置き続けるほど、私の生活まで甘いものではなく、私は生きるためにそりゃぁ必死にあがき……やがて、初恋は遠く記憶のかなたへと消えた。

 オルセン王立学園 庶民枠 特待生 となる日まで……忘れていた。



 12歳になった年、私は、オルセン王立学園に庶民枠で入学し特待生となった。

 ただで衣食住が与えられる!!
 人に隠れてコソコソと生きる必要がない!!

 なんて言うのが第一の感想。

 第二の感想は、学園生活とは私の生活からかけ離れたものだった。

「私って……結構美人だったのね!!」

 学園入学前は、楽して生きるために学園在学中に婚姻相手を決めるわ!! なんて、意気込んでいたものの、入学して見ればモテモテではないですか。

「君の微笑みをずっと見ていたい」
「努力の出来る君こそ、私に相応しい」
「貴族相手にも臆する事無い豪胆さ、騎士団を率いる我が家にこそふさわしい」

 etc. etc.

 こんな風にモテモテ勘違いをしている間の私にも、エドウィンは、初恋の人は、庶民である私に対しても人懐こい微笑みを向け、そして親し気に話しかけてくれていた。

「両親のいない庶民の娘で、特待生となるほどの頭脳を持っているらしい。 愛人として受け入れ一族のためにただで使い潰すには丁度いい」

 そう影で……いえ、以外と目に付くところで言われ興ざめし、そして……私って美人と調子に乗った事を反省した。

 散々ブスブス言われていたのに……調子に乗ってしまった!!
 前代未聞の恥晒しだわ!!

 自棄になる私に、エドウィンは

「ニーニャは可愛いよ」

 そう言って優しく微笑んでくれた。



 アンタの方がカワイイよ!!





 エドウィンのフォローはあったけど、私は学業に専念する決意を強めた。 折角学園に入学しましたからね。 これが正しい学生の在り方です!!

 そして、私は1つの魔法研究に没頭した。

『腐敗魔法』

 いえ、没頭したからと言って他の勉学をおろそかにした訳ではありませんよ? 悪い時でも学年5位はキープしていましたし。

 歴史書を紐解けば、もともとは戦時に使う、嫌がらせ魔法として生み出され、そして忘れ去られた魔法である。

 とは言え、利用価値は大きい。
 1年目にして……私は教師の称賛を獲得し味方にした。

 腐敗、それは発酵である。

 酒!! 酢、醤油、ハム、サラミ、チーズ、チョコレート、コーヒー、紅茶、多くの者が腐敗の力を借り食品を既存のものから昇華させる事に成功させた。 その中から酢の発酵魔法を使った野菜漬けを保存食、そして野菜漬けによる冬季間、長距離船等の栄養不足によって特定の病気を回避できることを材料に先生と共に論文を作成し、国家事業案として提出、同時に共同事業者を集めてもらい3年目には結構な利益を生み出した。

 これからも結構な金が入って来る予定となっている。

 こうなると、学生のうちに婚約者を決めなければと言う脅迫観念は失われ、私は実験に没頭する事にした。

 腐った女。

 そんな字名をつけられたけれど、貴族を嫉妬させたと思えば名誉以外の何物でもなく、庶民入学者達は私に続けと頑張りだし、友達もできた。



 そして……私は、再び貴族達から求婚を受け始める事となった。

「私程の男が婚約者に求めてやっているのだ、断る理由はないだろう。 感謝して我が家に尽くすように。 近々父上がお会いしたいと言っていた、我が家に出向いてくれ。 その際には持参金の一割は持って行くように。 なにしろ、オマエは庶民で、私は貴族だ。 そこを忘れるなよ」

 何故だろう……こんな奴ばかり。

「鬱陶しいぞ!! おもらし野郎が!!」

 グーで殴って排除した。

 敵は作ったけれど後悔はないし、貴族相手だと言う恐怖も無い。 馬鹿げた発言をしていたのは向こうだし、金がない事を露わにしているのだから……容赦する必要等感じなかった。

 そして再び婚約を求める者はいなくなった。



 エドウィンのプロポーズがなされるまで……。
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