モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九

文字の大きさ
22 / 34
アレハンドリナ編

卒業パーティー前日

しおりを挟む
「イルデぇえええっ!」
絶叫に苦笑し、セレドニオ殿下が私の肩から手を退かそうとした時、
ガタ、バキ!
重厚な生徒会室のドアが音を立てて倒れた。
助けに来てくれて単純に嬉しい。でも、こんなに毎度ドアを破壊していいの?
「リ……リナ……」
イルデは倒れたドアの傍で固まっていた。
長椅子に横たわる私、それを押し倒している王子。私の目は涙に濡れている。

「殿下……リナに何を……」
「嫌だなあ、イルデ。入る時はノックくらいしてくれ……おっと」
私の上の殿下の胸を押し、イルデは無言で睨んだ。迫力に圧倒された殿下が立ち上がり、私はやっと身体を起こした。
「あなたが王子でも関係ありません。リナはあなたに触れられるのを嫌がった。これ以上彼女に無理強いするなら、僕は反逆者と言われようとも、あなたと戦います」
低い声だった。いつもの優しいイルデからは想像できないくらい、ドスの効いた声だ。一人称が子供の頃のような『僕』に戻っている。

私のためなら、王子に楯突いてもいいってこと?
権力者に追われ逃亡する恋人達……神官と令嬢の許されざる恋……。
うん、いい。結構ときめくかも。どうしよう、顔がにやけてきた。
「伯爵に婚約を打診したそうですね。……権力を笠に、横から来て掻っ攫うおつもりですか?リナはもうずっと、僕のものなのに」

……ん?
ゴメン、お姉さんちょっと理解できなかったわ。
僕のものって言った?誰が?誰の?

「リナが望んだとしても、殿下の妃にはなれません。彼女はもう、僕を知ってしまったから」
「知った……?」
「はい。僕は何度も、リナと……」
うわああああああああ!
ちょ、何言ってる!
「イルデ!変なこと言わないでよっ!」

   ◆◆◆

それからのてんやわんやは思い出したくもない。
殿下から私がイルデを『知っている』と聞いたお父様は、物凄い剣幕でイルデのお父様に怒鳴りこみに行った。普段温厚な人は怒ると怖いのね。アレセス侯爵は平謝りして、速攻で私とイルデの結婚を決めた。
卒業パーティーを前に、ドレスの衣装合わせを何度もさせられた。お腹周りを測られて、本気でダイエットしなくちゃって思ったわよ。

「すみませんでしたっ!」
伯爵家の私の部屋で、イルデは何度も土下座させられている。
元はと言えば、こいつの言い間違いからこんなことになったのよ。
「『知っている』って、そういう意味だなんて知らなくて……私は、キスを知っていると、いう、つもり、で……」
声が尻すぼまりになっていく。ちらちら窺うように見る。
本当に知らなかったのか?どうなのよ、そこんところ。
「そう。殿下はあなたと同じ意味には取らなかったようよ?お父様に『結婚式を急がないとお腹が膨らんでくるかもしれない』と仰ったそうだもの」

つまり。
私とイルデは身体の関係がある――それも何度も――と誤解したセレドニオ殿下は、純潔でない私を妃にするのを諦めたのだ。諦めてもらってよかったけれど、結果がこれだ。
学校では、『聖職者志望のイルデフォンソを食った女』と言われ、相変わらず後ろ指を指され続けているわけで。
私は正真正銘、清らかな乙女だっての!
恥じらいを捨てて窓から大声で叫びたくなったわ。

周囲の勘違いを最大限に利用し、イルデは私の婚約者になった。殿下が危惧したように、お腹が膨らむ心配はないのに、両家の両親ズが結婚式を急ぎ、明日の卒業パーティーが終わったらすぐに式を挙げる予定だ。
殿下が男色家だって噂を立てる前に、私が噂を立てられ、計画は進展しないまま殿下も私も卒業してしまう。ヒロインのナイフ女はイルデにも粉をかけてきたけど、見事攻略失敗。あらゆるイベントが不発に終わり、ゲームの期限を迎えようとしている。

「あの場ですぐ、訂正してくれてもよかったんですよ、リナ」
立ち上がって私の隣に座る。叱られていたくせに、やたらにこにこしている。毎日楽しそうでいいわね。ちょっとムカつく。
「……だったの」
「何です?」
「嫌だったのよ。折角のチャンスをふいにするのが」
「私を使えば、殿下から逃れられますからね」
イルデは溜息をついた。彼が望んでいるのはこんな答えではないことを、私はよく知っている。

「殿下から逃れても、私に捕まってしまったから、あなたが望んでいたような夜会での恋なんて一生できませんよ?……いいんですか?」
だー、もう!
どうしてそこで訊くかなあ?
夜会で見つける恋人の顔なんて思い描けないって知ってるでしょ。
「そうね。素敵な人と出会って恋をするんだものね」
「リナ」
あ、瞳が昏くなった。声が少しだけ低くなってる。
「リナ、私だけを見て……」
ぐい、と顔を向けさせられ、至近距離で見つめあう。
私を見つめるイルデの表情にドキドキして、他のことが考えられない。
こんなに真っ赤になってるってのに、浮気を疑うの?察してよ、馬鹿。

王子に押し倒された時、頭の中にはイルデのことしか思い浮かばなかった。
イルデのキスも、私に触れる指先も、全て殿下が上書きしていくって思ったら、何故だかとても嫌だった。相手がクラウディオでも、夢に出てきた美中年でも、イルデじゃないってだけで嫌な気がした。
これって『すりこみ』ってやつ?

「夜会、ねえ……イルデは行きたい?」
「卒業したら、私も社交をと思っていますよ。神官になる道は諦めました。私の一番は神ではなく、あなたですから」
そこで蕩けた顔で見つめるな。心臓に悪い。
神殿で出世するのを諦めて、イルデは宰相を目指すらしい。クラウディオがいるから無理よとは言わずにおこう。夢は大きく、これ大事。

「そう……既婚者でもあなたはモテるでしょうね。私、心配だわ」
「あなたが行くなと言うなら、夜会には出ません。ずっと領地に引きこもってもいいと思っています」
それはちょっと……。
「領地と言わず、邸に籠っても」
だから、それはちょっと……。たまには外に出たいわ。
「本当はずっと……あなたを隠しておきたかったんです。私以外の目に触れないように」
アレ?それは犯罪では……?
セレドニオ殿下に押し倒された日から気になってた。
イルデって、私に関して独占欲が尋常じゃないわよね?

「イ、イルデ?怖いこと言わないで?私、社交の場に出ても、あなた以外に靡かないわ」
「……本当ですか?」
疑わないでよ。監禁だけはマジ勘弁。お願いだから普通に暮らそう?
「勿論。神に誓って!」
「……」
うわ、神を引き合いに出したら睨まれた。

「僕、まだあなたの気持ちを聞いていません。毎日僕はあなたの部屋で、あなたが好きだと囁いているのに」
って、囁く傍から耳たぶ齧るのやめようか?甘えたように『僕』って言うのもね。
箍が外れたイルデは、聖職者になろうとしていたのが嘘のように、エロエロ魔人に変身してしまった。昨日は耳たぶを皮切りに、最後は押し倒されたからね。
殿下の話が現実になったら、お母様が泣いちゃうよ、ホント。婚約してなかったら出入り禁止だよ。そこんとこ分かってる?

「す、好きだよ?私もイルデが好き!」
「本当に?」
「本当……だと思う」
「……思う、ねえ……」
これが恋なのか何なのか、はたまた単なる独占欲なのか。
まだ自分の中で結論が出ていないけど、堪らなくドキドキする。
「お願い、信じて?」
カワイコブリッコで首を傾げて見せた。
「……あ……くぅ」
口元に手を当てて真っ赤になって俯いたイルデの耳元で、
「大好きよ」
と囁いて耳たぶを噛んでやる。
「あ゛~~~~!!!」
絶叫して悶絶したイルデを眺めて、少し胸がスッとしたのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...