24 / 34
イルデフォンソ編
アレセス家の呪いは有効です
しおりを挟む
アレハンドリナを家から出したがらなかった伯爵は、全員登校を義務付けられている高等部に上がる年齢になるまで、彼女を学校に通わせなかった。高等部に入学する前にも、伯爵夫妻や兄が何度か社交の場に連れて行ったが、その度に揉め事が発生した。
「イルデ、リナを見なかったか?」
彼女の兄のエミリオが、焦った顔で僕を捕まえた。
「見かけていませんが……え、アレハンドリナが会場に来ているのですか?」
「そうなんだ。僕と母上が知り合いと話しているうちに、どこかへ行ってしまったようなんだ。君なら、子供が行きたい場所が分かるだろう?」
エミリオは彼女を子ども扱いしているが、アレハンドリナは十三歳だ。
かくれんぼや鬼ごっこに興じる年齢ではないのに、まだ彼女がそうやって遊んでいると信じている。ちょっと危機感が足りな過ぎる。大方、話をしていた知り合いも、数多くいる恋人の一人だろう。
「……さあ。僕にはよく分かりま」
「頼んだよ、イルデ。君ならリナを探せるだろう!」
……って、それでも兄か!?
僕に妹の捜索を丸投げし、エミリオは再び人の群れに入って行った。
大変なことになった。
リナはこの頃、子供から女性へと変身しつつある。すらりと美しく伸びた手足、白くて華奢な肩。平坦だった胸が急に主張し始めて、ドレスのサイズを直したと聞いた。本人は太ったと嘆いていたが……。
貴族の中には、少女趣味の輩が一定数いる。
そんな奴らに空き部屋に連れ込まれでもしたら、リナの貞操の危機だ。
「すみません、アレハンドリナ……リエラ伯爵令嬢を見ませんでしたか?」
令嬢の衣装チェックに余念がないご婦人を捕まえて訊いてみた。伯爵は年を取ってからできた末娘に甘く、常に最新流行のドレスを着せていた。きっとこのご婦人の目に留まったに違いなかった。
「確か、あちらにいらっしゃったわよ」
「……廊下に?」
「オルタ侯爵とご一緒だったかしら。……おほほほほ」
オルタ侯爵だって?
リナの父・リエラ伯爵より年上の独身男じゃないか。若い頃に二度結婚に失敗していて、三人目と四人目の妻は病死した。皆十代前半の若いうちに彼の妻になり、十七、八歳になって別れたり死んだりしている。侯爵が殺したんじゃないかと噂になったこともある。怪しすぎることこの上ない。そんな男が標的にリナを選んだのか?
「廊下のどちらへ向かったかご存知ではないですか?」
「温室がどうのとお話をなさっていたようよ」
「ありがとうございます!」
僕は一目散に温室へと走った。夜会の会場であるポルラス伯爵邸に来たのは初めてだが、暗くなる前に庭を眺めた時に温室があるのに気づいていた。オルタ侯爵は密室の中で、リナをどうにかしようと企んでいるのだろう。既成事実を作られたら、リエラ伯爵も娘の結婚を認めないわけにはいかない。
ぐっとドアを開けて温室に飛び込む。
中央に置かれた猫脚の長椅子に座り、オルタ侯爵はリナを膝の上に乗せていた。ドレスのスカートが膝の上まで捲られ、赤くなった膝小僧を撫でている。うっとりとリナを見つめて荒く息をしている様子は、まさに変態だ。
「リナ、探しましたよ」
「……イルデ?どうしてここが分かったの?」
きょとんとしているリナと、悔しそうに顔を歪めた侯爵は、同時に僕に注目した。
「エミリオ様が探していましたよ。一緒に戻りましょう」
「お兄様が……」
「オルタ侯爵様、失礼いたします」
リナの代わりに挨拶をして、引きずるようにして温室を出る。
「ちょ、イルデ、腕痛い!」
「あんな奴に……あんなことを……」
「イルデ?」
「あなたは危機感というものがないのですか?男と二人で密室に行ったらいけないと、お父様やお母様に教わらなかったのですか」
「だって、珍しいお花があるって……」
口を尖らせて顔を背け、視線だけこちらに向ける。
くっ……いじける様子も可愛い。叱り飛ばそうとした決心が揺らいだ。
「そんなのは、二人きりになる常套手段です。少しは学習してください。この間もサンブラノ家の三男に庭園に連れ込まれたでしょうが」
「侯爵様は花に気を取られて転んだ私を介抱してくださったのよ?」
介抱だって?
ただいやらしく脚を撫でていただけじゃないか。
「あんなのを介抱されたとは言わないのですよ」
「そうなの?」
「ここへ……座って?」
ベンチに座るよう促すと、アレハンドリナは素直に従った。
僕がイライラしているのに気づいているのだろう。逆らおうとはしない。
「きゃっ……な、何?」
いきなりスカートを捲り上げた僕に驚き、リナは裾を手で押さえようとする。
「……持っていて」
「あ……」
膝の上で裾を握りしめて戸惑い、潤んだ瞳を揺らしている。月明かりの下、彼女の頬が微かに赤く染まったのを見て、僕は赤くなった膝に唇を近づけた。
「イルデ、やだ……」
「舐めておけば治る……そうでしょう?リナ」
言葉を失って真っ赤になって震えるアレハンドリナは、それまで僕が見た彼女の表情のうちで一番可愛らしかった。
◆◆◆
アレハンドリナを一人にすると危険だ。
しかし、彼女の方が僕より年上で、先に入学してしまう。
離れている一年間で変な男に捕まらないように、僕は父上を通じて学校に申し入れた。
「イルデフォンソ……お前の気持ちは分かるが、いくら勉強しても飛び級はできないよ」
「父上、そこを何とか、父上のお力で」
政治的な権力はあまりない我が父上は、神殿以外には顔が効かない。正直、あまり役には立たない。だが、夜会の場で僕の家名を聞いた大人達は、アレセス家の力を恐れているようだった。……主に、霊的な意味で。
叔父上をはじめ、家系に神官が多く、皆かなりの神力を持っている。皆、何かしたらアレセス家に呪われるとでも思っているのだろう。
『アレハンドリナ・ディ・リエラに手を出した者は、アレセス家に呪われる』
もっともらしく噂を流しておいた。
これで誰も、リナに近づこうとはしないだろう。
「イルデ、リナを見なかったか?」
彼女の兄のエミリオが、焦った顔で僕を捕まえた。
「見かけていませんが……え、アレハンドリナが会場に来ているのですか?」
「そうなんだ。僕と母上が知り合いと話しているうちに、どこかへ行ってしまったようなんだ。君なら、子供が行きたい場所が分かるだろう?」
エミリオは彼女を子ども扱いしているが、アレハンドリナは十三歳だ。
かくれんぼや鬼ごっこに興じる年齢ではないのに、まだ彼女がそうやって遊んでいると信じている。ちょっと危機感が足りな過ぎる。大方、話をしていた知り合いも、数多くいる恋人の一人だろう。
「……さあ。僕にはよく分かりま」
「頼んだよ、イルデ。君ならリナを探せるだろう!」
……って、それでも兄か!?
僕に妹の捜索を丸投げし、エミリオは再び人の群れに入って行った。
大変なことになった。
リナはこの頃、子供から女性へと変身しつつある。すらりと美しく伸びた手足、白くて華奢な肩。平坦だった胸が急に主張し始めて、ドレスのサイズを直したと聞いた。本人は太ったと嘆いていたが……。
貴族の中には、少女趣味の輩が一定数いる。
そんな奴らに空き部屋に連れ込まれでもしたら、リナの貞操の危機だ。
「すみません、アレハンドリナ……リエラ伯爵令嬢を見ませんでしたか?」
令嬢の衣装チェックに余念がないご婦人を捕まえて訊いてみた。伯爵は年を取ってからできた末娘に甘く、常に最新流行のドレスを着せていた。きっとこのご婦人の目に留まったに違いなかった。
「確か、あちらにいらっしゃったわよ」
「……廊下に?」
「オルタ侯爵とご一緒だったかしら。……おほほほほ」
オルタ侯爵だって?
リナの父・リエラ伯爵より年上の独身男じゃないか。若い頃に二度結婚に失敗していて、三人目と四人目の妻は病死した。皆十代前半の若いうちに彼の妻になり、十七、八歳になって別れたり死んだりしている。侯爵が殺したんじゃないかと噂になったこともある。怪しすぎることこの上ない。そんな男が標的にリナを選んだのか?
「廊下のどちらへ向かったかご存知ではないですか?」
「温室がどうのとお話をなさっていたようよ」
「ありがとうございます!」
僕は一目散に温室へと走った。夜会の会場であるポルラス伯爵邸に来たのは初めてだが、暗くなる前に庭を眺めた時に温室があるのに気づいていた。オルタ侯爵は密室の中で、リナをどうにかしようと企んでいるのだろう。既成事実を作られたら、リエラ伯爵も娘の結婚を認めないわけにはいかない。
ぐっとドアを開けて温室に飛び込む。
中央に置かれた猫脚の長椅子に座り、オルタ侯爵はリナを膝の上に乗せていた。ドレスのスカートが膝の上まで捲られ、赤くなった膝小僧を撫でている。うっとりとリナを見つめて荒く息をしている様子は、まさに変態だ。
「リナ、探しましたよ」
「……イルデ?どうしてここが分かったの?」
きょとんとしているリナと、悔しそうに顔を歪めた侯爵は、同時に僕に注目した。
「エミリオ様が探していましたよ。一緒に戻りましょう」
「お兄様が……」
「オルタ侯爵様、失礼いたします」
リナの代わりに挨拶をして、引きずるようにして温室を出る。
「ちょ、イルデ、腕痛い!」
「あんな奴に……あんなことを……」
「イルデ?」
「あなたは危機感というものがないのですか?男と二人で密室に行ったらいけないと、お父様やお母様に教わらなかったのですか」
「だって、珍しいお花があるって……」
口を尖らせて顔を背け、視線だけこちらに向ける。
くっ……いじける様子も可愛い。叱り飛ばそうとした決心が揺らいだ。
「そんなのは、二人きりになる常套手段です。少しは学習してください。この間もサンブラノ家の三男に庭園に連れ込まれたでしょうが」
「侯爵様は花に気を取られて転んだ私を介抱してくださったのよ?」
介抱だって?
ただいやらしく脚を撫でていただけじゃないか。
「あんなのを介抱されたとは言わないのですよ」
「そうなの?」
「ここへ……座って?」
ベンチに座るよう促すと、アレハンドリナは素直に従った。
僕がイライラしているのに気づいているのだろう。逆らおうとはしない。
「きゃっ……な、何?」
いきなりスカートを捲り上げた僕に驚き、リナは裾を手で押さえようとする。
「……持っていて」
「あ……」
膝の上で裾を握りしめて戸惑い、潤んだ瞳を揺らしている。月明かりの下、彼女の頬が微かに赤く染まったのを見て、僕は赤くなった膝に唇を近づけた。
「イルデ、やだ……」
「舐めておけば治る……そうでしょう?リナ」
言葉を失って真っ赤になって震えるアレハンドリナは、それまで僕が見た彼女の表情のうちで一番可愛らしかった。
◆◆◆
アレハンドリナを一人にすると危険だ。
しかし、彼女の方が僕より年上で、先に入学してしまう。
離れている一年間で変な男に捕まらないように、僕は父上を通じて学校に申し入れた。
「イルデフォンソ……お前の気持ちは分かるが、いくら勉強しても飛び級はできないよ」
「父上、そこを何とか、父上のお力で」
政治的な権力はあまりない我が父上は、神殿以外には顔が効かない。正直、あまり役には立たない。だが、夜会の場で僕の家名を聞いた大人達は、アレセス家の力を恐れているようだった。……主に、霊的な意味で。
叔父上をはじめ、家系に神官が多く、皆かなりの神力を持っている。皆、何かしたらアレセス家に呪われるとでも思っているのだろう。
『アレハンドリナ・ディ・リエラに手を出した者は、アレセス家に呪われる』
もっともらしく噂を流しておいた。
これで誰も、リナに近づこうとはしないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる