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イルデフォンソ編
あなたを監視するのも疲れます
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アレハンドリナを追いかけて学校に入学してからというもの、僕は休み時間の度に彼女のクラスへと急いだ。
「イルデは友達いないの?」
庭園のベンチに座り、リナは真面目な顔で訊いてくる。年上ぶって僕を心配しているのだ。
「リナが心配しなくても」
「心配なのよ。私に付き合ってると、クラスにお友達ができないんじゃないかって」
君に会う時間を削る友達なら要らないんだよな。
「私はあなたとこうしている時間が楽しいのです。それに……」
膝の上で重ねた彼女の手を上から握る。
「あなたを監視するためです。放っておくと何をやらかすか分かりませんから」
「なっ!」
リナの顔が真っ赤になった。怒って照れて困惑しているようだ。
「ひ、酷くない?かか、仮にも、私、あなたより年上よ?」
宝石のような青い瞳が揺れている。白くて華奢な手を引き寄せ、指先に軽く口づけた。細い指に絆創膏が巻かれている。それも左手の指全部に。
「指先を怪我……したのですか?」
「そっ、それは……」
言い淀む彼女は愛らしい。リナのクラスの時間割は完璧に頭に入っている。前の二時間、女子は裁縫の授業だった。とんでもなく不器用な彼女は苦戦を強いられただろうと容易に想像がつく。
「知ってるくせに……」
恨めしそうにじろりと僕を見る。上目遣いをしてもたれ目のリナは迫力がない。
「私のクラスの男子が言っていましたが……裁縫の授業で刺繍をしたそうですね」
「……うん。私が大っ嫌いな刺繍よ」
「彼には裁縫が得意な姉がいて、複雑な紋章も綺麗に刺繍するのだと自慢していました」
「あ、そ」
リナは向こうを向いてしまった。彼女の制服のポケットが不自然に膨らんで、隙間から白いものが見えている。僕は苦笑してしまった。
「……何よ!笑うことないじゃない」
「気にしないでください」
「気になるわよ!もう!」
立ち上がってポケットに手を入れ、ぐしゃぐしゃのボロきれのようになっている布を取り出すと、それを丸めて僕の顔に投げつけた。
「笑いたきゃ笑いなさいよ!どうぞご勝手に。……授業が始まるから帰る!」
憎まれ口を叩いても、立ち去る理由を付け足していくところが可愛い。赤黒い髪を揺らして去っていく背中をしばし眺めて、僕は白い布を広げた。
「ハンカチ、ねえ……」
男子生徒の話では、裁縫の時間の課題はハンカチに刺繍することだったはずだ。日頃お世話になっている人に、イニシャルと紋章の刺繍をしたハンカチを渡そうというものだ。目の前の布は、糸を引っ張りすぎて布に皺が寄っており、文字なのか紋章なのか、謎の物体が真ん中に縫いこまれている。かろうじてイルデフォンソのIが分かる程度だ。アレセス家の紋章は神官の杖をモチーフにしたもので、他に比べて簡単な部類なのだが、何の形なのか判別できない。
それでも、アレハンドリナが指に針を何度も刺しながら縫ってくれたと思うだけで、僕の心は温かくなったのだった。
◆◆◆
「あー、どうしてそこ、追いかけないかなあ!」
食堂のテーブルを叩き、リナは舌打ちをした。
「舌打ちはいけませんよ」
「煩い」
王太子セレドニオ殿下、侯爵家のルカ、殿下の婚約者のビビアナ嬢の三人が、仲良く談笑している。彼らを遠くから眺めるのが、リナの目下の趣味である。
何か言い争いになったビビアナ嬢とルカを、殿下が諌めようとするが、気が強いビビアナ嬢は怒って食堂を出て行ってしまう。
「あそこで追いかけて、ビビアナ嬢の誤解を解いてさぁあ?『俺、殿下に嫉妬したんだ。お前が好きだから』くらい言えないのかな?ヘタレが!」
「あなたのように、感情がすぐ行動にでる人間ばかりではないのですよ」
「そうよね。イルデも何考えてるか分かんないもんね。……昔は可愛かったのに」
感情のままに行動したら、今頃自分は無事ではないのに、リナは責めるように僕を見た。
これでも必死に抑えている。彼女にとって都合がいい幼馴染であり続けるために、無意識に垂れ流している色気に抗い、理性を総動員して耐えているのだ。
「リナは……喧嘩をしたら追いかけてきてほしいのですね」
「うーん。そうね。……多分」
「多分?」
「よく分かんないのよ。ビビアナ嬢はルカに追いかけてきてほしいと思っているだろうなって思うんだけど、私だったらどうかなって考えたら、そこで止まっちゃうの。具体的に考えられないっていうか」
「相手にもよるのでしょうし」
「そう。そこなのよ!例えば、彼」
リナはセレドニオ殿下を指さした。王子を指さすなどあってはならないので、指を掴んで無言で下げさせる。
「プライドが高い王子が、皆に注目されるのを承知で、自分を追いかけてきてくれたら、ちょっとときめくじゃない?」
――何だって?
リナは殿下ならときめくというのか?
「はあ……」
「逆に……そうね、例えば従者と恋をしているとして、彼が追いかけてくるのは役目半分だから当然っちゃ当然よね」
「はあ……」
「ちょっと、さっきから何?どうでもよさそうな返事ね」
形の良い眉を吊り上げても、リナの目は吊り上がらない。泣きぼくろがある辺りがほんのり赤く色づいている。怒っている証拠だ。
「どうでもよくはないですよ」
「嘘。はあ、はあって、気のない返事してたじゃない」
衝撃が大きすぎて返事にならなかっただけだ。
リナが殿下を想っているのは、あの日から何となく気づいていたが……。
目の当たりにすると、胸の中で息を潜めていた昏い願望が蠢いた。
「イルデは友達いないの?」
庭園のベンチに座り、リナは真面目な顔で訊いてくる。年上ぶって僕を心配しているのだ。
「リナが心配しなくても」
「心配なのよ。私に付き合ってると、クラスにお友達ができないんじゃないかって」
君に会う時間を削る友達なら要らないんだよな。
「私はあなたとこうしている時間が楽しいのです。それに……」
膝の上で重ねた彼女の手を上から握る。
「あなたを監視するためです。放っておくと何をやらかすか分かりませんから」
「なっ!」
リナの顔が真っ赤になった。怒って照れて困惑しているようだ。
「ひ、酷くない?かか、仮にも、私、あなたより年上よ?」
宝石のような青い瞳が揺れている。白くて華奢な手を引き寄せ、指先に軽く口づけた。細い指に絆創膏が巻かれている。それも左手の指全部に。
「指先を怪我……したのですか?」
「そっ、それは……」
言い淀む彼女は愛らしい。リナのクラスの時間割は完璧に頭に入っている。前の二時間、女子は裁縫の授業だった。とんでもなく不器用な彼女は苦戦を強いられただろうと容易に想像がつく。
「知ってるくせに……」
恨めしそうにじろりと僕を見る。上目遣いをしてもたれ目のリナは迫力がない。
「私のクラスの男子が言っていましたが……裁縫の授業で刺繍をしたそうですね」
「……うん。私が大っ嫌いな刺繍よ」
「彼には裁縫が得意な姉がいて、複雑な紋章も綺麗に刺繍するのだと自慢していました」
「あ、そ」
リナは向こうを向いてしまった。彼女の制服のポケットが不自然に膨らんで、隙間から白いものが見えている。僕は苦笑してしまった。
「……何よ!笑うことないじゃない」
「気にしないでください」
「気になるわよ!もう!」
立ち上がってポケットに手を入れ、ぐしゃぐしゃのボロきれのようになっている布を取り出すと、それを丸めて僕の顔に投げつけた。
「笑いたきゃ笑いなさいよ!どうぞご勝手に。……授業が始まるから帰る!」
憎まれ口を叩いても、立ち去る理由を付け足していくところが可愛い。赤黒い髪を揺らして去っていく背中をしばし眺めて、僕は白い布を広げた。
「ハンカチ、ねえ……」
男子生徒の話では、裁縫の時間の課題はハンカチに刺繍することだったはずだ。日頃お世話になっている人に、イニシャルと紋章の刺繍をしたハンカチを渡そうというものだ。目の前の布は、糸を引っ張りすぎて布に皺が寄っており、文字なのか紋章なのか、謎の物体が真ん中に縫いこまれている。かろうじてイルデフォンソのIが分かる程度だ。アレセス家の紋章は神官の杖をモチーフにしたもので、他に比べて簡単な部類なのだが、何の形なのか判別できない。
それでも、アレハンドリナが指に針を何度も刺しながら縫ってくれたと思うだけで、僕の心は温かくなったのだった。
◆◆◆
「あー、どうしてそこ、追いかけないかなあ!」
食堂のテーブルを叩き、リナは舌打ちをした。
「舌打ちはいけませんよ」
「煩い」
王太子セレドニオ殿下、侯爵家のルカ、殿下の婚約者のビビアナ嬢の三人が、仲良く談笑している。彼らを遠くから眺めるのが、リナの目下の趣味である。
何か言い争いになったビビアナ嬢とルカを、殿下が諌めようとするが、気が強いビビアナ嬢は怒って食堂を出て行ってしまう。
「あそこで追いかけて、ビビアナ嬢の誤解を解いてさぁあ?『俺、殿下に嫉妬したんだ。お前が好きだから』くらい言えないのかな?ヘタレが!」
「あなたのように、感情がすぐ行動にでる人間ばかりではないのですよ」
「そうよね。イルデも何考えてるか分かんないもんね。……昔は可愛かったのに」
感情のままに行動したら、今頃自分は無事ではないのに、リナは責めるように僕を見た。
これでも必死に抑えている。彼女にとって都合がいい幼馴染であり続けるために、無意識に垂れ流している色気に抗い、理性を総動員して耐えているのだ。
「リナは……喧嘩をしたら追いかけてきてほしいのですね」
「うーん。そうね。……多分」
「多分?」
「よく分かんないのよ。ビビアナ嬢はルカに追いかけてきてほしいと思っているだろうなって思うんだけど、私だったらどうかなって考えたら、そこで止まっちゃうの。具体的に考えられないっていうか」
「相手にもよるのでしょうし」
「そう。そこなのよ!例えば、彼」
リナはセレドニオ殿下を指さした。王子を指さすなどあってはならないので、指を掴んで無言で下げさせる。
「プライドが高い王子が、皆に注目されるのを承知で、自分を追いかけてきてくれたら、ちょっとときめくじゃない?」
――何だって?
リナは殿下ならときめくというのか?
「はあ……」
「逆に……そうね、例えば従者と恋をしているとして、彼が追いかけてくるのは役目半分だから当然っちゃ当然よね」
「はあ……」
「ちょっと、さっきから何?どうでもよさそうな返事ね」
形の良い眉を吊り上げても、リナの目は吊り上がらない。泣きぼくろがある辺りがほんのり赤く色づいている。怒っている証拠だ。
「どうでもよくはないですよ」
「嘘。はあ、はあって、気のない返事してたじゃない」
衝撃が大きすぎて返事にならなかっただけだ。
リナが殿下を想っているのは、あの日から何となく気づいていたが……。
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