モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九

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イルデフォンソ編

成長した幼馴染はますます魔性です

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アレハンドリナがセレドニオ殿下に初めて会ったのは、殿下とビビアナ嬢の婚約をお披露目する夜会でのことだ。

その日、朝からリナは浮き足立っていた。
「ねえねえ、イルデ。私、どこか変じゃない?」
「変なのは元からでしょう?」
「うわ、ひっどーい。年頃の令嬢に向かって、その言いぐさは何よ」
「令嬢?どこにそんな方がいらっしゃるのです?私の前にはドレスで着飾って浮かれている子供しかいませんが」
「イルデだって、衣装に着られている子供のくせに!……この頃『僕』って言わなくなって、言葉づかいも大人っぽくしようとして……ホント、イラつく!」
「少なくともあなたよりは、社交の場に出た経験はあります。今日の夜会も、特別楽しみではありません」
「王子の側近枠?いいわよね、将来が約束されたお坊ちゃんは。私はなるべくたくさんの人と知り合って、中からお婿さんを見つける一大ミッションがあるってのに」

「……お婿さん?」
ピキ。
自分でも青筋が立ったのが分かった。
僕はずっと彼女の傍にいると約束した。彼女も僕と離れたくないと言った。
――リナは、あの約束を忘れている?

「あ、ごめんごめん」
そうか、分かってくれたか。
「お婿さんじゃなかったわ。家はお兄様が跡継ぎだから、私がお嫁さんに行くの」
って、訂正するところはそこなのか!?
「リナ……まさか、朝から浮き足立っているのは……」
信じたくない。信じられない。
「だって今日は、私に運命の出会いがあるかもしれないのよ?」
満面の笑みで返され、僕はふらふらとよろめいて椅子に座りこんだ。

   ◆◆◆

馬車の中でもリナは終始ウキウキしていた。隣に座ったエミリオに注意されたほどだ。あの馬鹿……失敬、能天気な男に注意されるなんて、余程のことなのだ。
「イルデ、誰か紹介してよ」
「嫌ですよ」
誰が。紹介なんかしてやるものか。
可愛らしく着飾ったリナを部屋から出したくなくて、何かいい方法はないかと思案していたら、彼女に見とれていると勘違いされた。いや、勘違いでもないか。
「あなたに紹介したら、友人達の命に関わります」
君に見とれたり、ダンスを申し込んだりしようものなら……生きていることを後悔するくらいに痛めつけてやる自信がある。
「嫌だなあ、私、そんなに……」
「あなたは危険ですから、誰にも近づけさせません。今日はおとなしく、お母様やお兄様についていてくださいね」
「イルデは?私をエスコートするのはあなたでしょう?」
「私は……友人達と話がありますので」

リナを置いて、同年代の貴族令息に挨拶に行く。夜会が開かれると決まった時から、ことあるごとに彼らには釘を刺しておいた。
――リナに近づくな、と。
その時の僕の顔が怖かったと、セレドニオ殿下も言っていた。本気で呪い殺されるのではないかと友人達も怯えた。

それでいい。
予定通り、リナは誰からもダンスに誘われず、伯爵夫人と兄エミリオから置いて行かれて壁際に立っている。遠くからではあるが、かなりの数の視線を集めているにも関わらず、彼女は気づいていない。夜会では眼鏡をかけるなと言っておいたからだ。
「あんな不恰好な眼鏡をしていたら、声もかけてもらえないものね!」
と一人合点していたから、意地でも眼鏡はしないだろう。

父の知り合いに呼び止められ、どうでもいい話をしばらく聞かされた。
笑顔で受け答えをしながら、内心、とっとと消えろ!と思っていたが、長話が終わって辺りを見れば、アレハンドリナの姿が見えない。
――しまった!見失ったか。
人ごみを掻き分けて、彼女が立っていた壁際に行くと、窓の外に人の気配がした。
退屈に感じてバルコニーに出たのか?
ドアに手をかけて、僕ははっとした。

月明かりに照らされ、一組の美しい男女が見つめ合っている。
一人はこの国の王太子、今晩ビビアナ嬢との婚約を発表したばかりのセレドニオ殿下。
もう一人は……。
殿下に顔を近づけて、ぽってりとした赤い唇を半開きにしている幼馴染だ。
何をやっているんだ!

「リナ!」
 殿下より先に彼女の名を呼んでしまう。すると、殿下は
「ああ、イルデ。彼女は君の?」
と何でもないように僕の顔を見た。リナが僕の袖を引き、
「何なの?」
と小声で訊いてきたが無視した。

「失礼いたしました、殿下。彼女は……アレハンドリナは夜会の場に不慣れでして」
殿下には何度も話していたはずだ。今夜僕がエスコートするのは、単なる幼馴染ではなく、将来を約束した令嬢なのだと。
「確かに、見ない顔だね」
顎に軽く手を当てて、殿下は考え込んだ。彼の頭の中の貴族令嬢リストには、リナの顔がなかったようだ。

残念だったな、アレハンドリナ。
君が運命の出会いだと思ったのは、既に婚約者がいる王太子だ。
「ですから、先ほど、殿下に口づけをせがんだことは、何卒お心の内に……」
一目惚れしてキスを強請っても、彼には決めた人がいる。君の出る幕ではない。

「ちょっと、イルデ!私、く……口づけなんか!」
違うと言うのか?あんなに誘うような表情をしていたくせに。
「黙って……」
手で引き下がるように示すと、隣でリナの怒りが爆発した。僕の足を思い切り踏んづけてにやにやしている。
――馬鹿馬鹿しい。それなのに
それで反撃したつもり?いちいち可愛すぎるんだが、どうしてくれようか。

早く邸に帰そう。殿下だけではなく、他の男の目に触れさせたくない。
「慣れない社交で疲れたようです。私も今晩はこのまま下がらせていただきたいのですが」
僕の話ももっともだと殿下は頷いた。
「引き留めて悪かったね。……ところで君達、ルカを見なかったかな」
「ルカなら、用があると言って抜け出していきましたが」
ビビアナ嬢が暗い顔で外へ出て行くのを見た。すぐ後を焦った顔でルカが追いかけて行った。ルカはビビアナ嬢が好きなのに、彼女は殿下の婚約者になってしまった。僕には生涯独身を貫くと宣言していたのを思い出す。
「……そうか。それならいいんだ」
殿下は二人のことを知っているのだろうか。
――知っていて、許している?
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