君さえ笑ってくれれば最高

大根

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 まず相談したのは兄だ。

「ロベルト様を笑わせる方法かぁ、難しいな。そもそもあの人笑うのか?」

 陽気ながらも内弁慶な兄は、いろんな意味でよく目立つロベルトのことが少し苦手らしい。だが、彼なりに頭を捻って解決策を考えてくれた。

「そうだなぁ。贈り物を贈るのはどうだ?」
「それくらいは贈ってるよ」
「どうせ花とかだろ? そうじゃなくて、思いっきり変なのだよ。不細工なぬいぐるみとか見たら思わず笑っちまうかもしれんぞ」
「ふむ」
「あとできるだけ相手が油断してる時が良い。ドッキリってやつ」

 いたずら好きの兄の意見をメモしながら、頷く。「不細工なぬいぐるみ」案、悪くない。この年でぬいぐるみをプレゼントを渡されるという間抜けなシチュエーションも相まって、笑えるかもしれない。
 談話室に居た使用人に即時相談し、ぬいぐるみの型紙を探してもらいたい、と頼めば兄が声を上げて驚く。

「おいおい、まさか作らせるのか? 不細工って言ったって玩具屋にでも行けば面白いのはいっぱいあるぞ」
「作らせるというか、私が作る。ロベルトのツボを押すのは私がやりたい」

 はぁ~、と兄は感心したように息を吐いて、首を傾げた。彼には分からないかもしれないが、私にだってこだわりはあるのだ。
 後日使用人が持って来てくれたぬいぐるみの型紙と教本を元にして、私は猫と思わしきぬいぐるみを完成させた。本当は顔の刺繍を工夫して間抜け面にしてやるつもりだったが、それ以前の縫製技術が未熟すぎて笑いどころは刺繍だけではなくなった。まぁ、これはこれで良いだろう。プレゼントとして渡すのは憚られるので流石に渡すつもりは失せたが、一目見せるだけでも効果は期待できる。


 そして1週間後、私はロベルトの家を訪ねた。
 ぬいぐるみだけ渡すのも何だから、花束も持参した。客間で紅茶を頂いていると、カップに口を付ける前に彼は部屋にやって来る。

「やぁ、ロベルト」
「……ダリオ! どうして急に」

 兄の発案を汲んで、アポ無しでお邪魔することにした。
 以前から「いつでも来てくれ。連絡は無くても良い」と何度か聴かせられていたが、今回にして初めてその言葉に甘えることとなった。
 彼は急いで階下に降りてきたらしく、少しだけ襟が乱れている。いくらでも待つつもりだったのに急かしてしまって申し訳ない。

「突然ごめん。実はプレゼントがある。折角だから直接渡したくて」

 花ともう1つ。と微笑みながら花束と紙袋を差し出す。
 
「ありがとう。一体何だろう」
「それは、ふふ。とにかく見てくれ」

 軽く笑いながら、視線で開封を促す。
 ロベルトは一瞬片眉を上げて、ごほん、と咳払いをした。たまに彼はわざとらしい咳払いをするが、私はあまり気にし過ぎないにしている。何のアピールなのか皆目見当がつかないのだ。だが、咳払いをした後の彼の顔は、普段より凛々しく見えるので、彼の中での切り替え用のルーティーンなのかもしれない。
 何はともあれ、ロベルトは紙袋を開け、中身を引き上げた。
 袋から出て来たのはオレンジの猫……に見えるかも分からないぬいぐるみだ。

「作ってきた。糸仕事は初めてだったせいかな、こんなことになったよ。凄い出来だろう」

 笑みを含んだ声で紹介する。
 さぁ、こいつがウケるか、どうか。問題はこの一瞬にかかっている。
 ちなみにぬいぐるみを猫にしたのは、彼が猫を飼いたいと言っていたからだ。私も猫好きなので、将来的には飼育する予定だが、一歩先にぬいぐるみをプレゼントしようというアイデアである。ちなみにオレンジにしたのに意味は無い。単に私の好きな色というだけだ。

 どうだ? と恐々彼の顔を見上げるが……そこには変わらぬ真顔があった。ロベルトは目の悪い老人のように、目頭に皺を寄せて猫をまじまじ観察していた。鮮血色の瞳に見張られて、猫も心なしか恐怖しているように見える。

「……かわ、うん。いい。良いと思う。凄く良い造形だ」

 ────笑わな~い!

 声は震え、口元が明らかに強張っているのに、笑みではない。むしろ顰められている。ぬいぐるみの出来に戦慄したのだろうか。そんな怖がるほどの出来では無いのに。
 まさか引かれ気味に終わるとは。落胆しながらも、彼の手からぬいぐるみは回収しようと手を伸ばす。適当な言い訳と共に、にへらと疲労混じりに笑みを浮かべた。

「まぁ、これは習作だし。君の反応が見たくて持ってきただけだ。また上手く出来たら今度こそプレゼントするよ」
「えっ」
「ん?」

 視線を向けると、ロベルトが口を開けた状態で固まっていた。そして震えるてで静かに、だが力強く紙袋を握りしめている。ただならぬ雰囲気に、私も思わず拳を握った。
 しばらく静寂が続き、やっとロベルトが唸るように声を発した。眉間に寄った皺や額に浮かべた汗も含めて、非常に画になるがその分緊張感がある。とても不細工なぬいぐるみについての話題とは思えぬ空気だった。

「いや、でも。これ……凄く気に入ったんだ。本当に。良ければ、このまま家に置かせてくれないか? …………ほら、レベッカも喜ぶ」

 レベッカとは、彼の姪に当たる少女だ。確かに今彼女は4歳、ぬいぐるみが1番楽しい年頃なのかもしれないが、この出来の猫を喜ぶ女児はいないんじゃなかろうか。

「そいつで良いのか? あと1月もくれればもう少し見栄えの良いものを」
「頼む」

 ロベルトの切れ長の瞳が俺を咎めた。私は息を呑む。
 無口な表情筋に反して、時折彼の目は人より多くものを言う。血のように鮮やかな瞳が促すままに、結局私は不出来なぬいぐるみを彼に献上した。
 後日急いでまぁまぁマシな出来の猫ちゃんぬいぐるみを制作し、「先日のものと入れ替えて欲しい」と彼の元に届けたものの、最終的には新しいぬいぐるみも古いぬいぐるみも彼のものになった。笑顔は得られず、代わりに彼に変なぬいぐるみを2つも納めることになるとは。彼って、キモ可愛いもの好きなのだろうか。だとしても笑顔が見られなかったのは惜しい。
 私は自室で裁縫セットを整理しながらトホホと肩を落とした。
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