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しおりを挟む兄の次に相談したのは妹だ。
「ロベルト様の笑顔ねぇ。もし彼の笑顔が見られたらファンクラブは大盛り上がりでしょうけど、相当難しいわよね」
「やっぱりそうだよな」
「昔と比べたら、大分顔つきは明るくなってるらしいけどね。うちの友達曰く」
妹は兄よりもしっかりした性格で、尚且つ社交的でもある。人付き合いが良く、他人に頼み事をするのが巧いのだ。その1つとして、彼女はロベルトのファンクラブに入っている友人から、度々彼に関する情報を流してもらっているらしい。ただ妹は私にそこで聞いた話題について教えてくれないので、私はファンクラブに関してあまり詳しくない……なんかロベルトを日々監視してファングッズを勝手に制作している集団、というイメージしかないが。
いけしゃあしゃあと情報を独占する妹は、悠々と足を組み、考えるポーズを取った。
「笑わせるって言ったら、やっぱりユーモアかしら?」
「ユーモアか。私はユーモアセンス自信ないよ」
「まぁ確かに、ダリオ兄様に話芸は厳しいわよね」
「だろ? …………どうすれば良いかな」
「軽いジョークでも会話に織り交ぜてみたら? ほら、これとか」
「古本?」
彼女は思いついたように古ぼけた本を差し出した。服の懐にも入れ易いサイズの文庫本、表紙には「紳士淑女のためのジョーク100選」と題されている。
「先人の知恵にならってみるのも一手じゃない?」
妹の助言に倣い、私はジョーク本をとりあえず全ページ読み込んだ。ジョークというか、これは有名な駄洒落をとりあえず編纂したものらしい。ギリギリ笑いを取れるか? と首を捻りたくなるものが半分、絶対に面白くないと断言できるものが半分。不安を掻き立てられる内容だったが、自分が一から話芸を身につけるよりはこれを基に話題を考える方が現実的だ。
私はギリギリ普段のデートで活用できそうなジョークにだけ赤の付箋を貼り、何度もそのページを読み返した。
そして1週間後、私はロベルトとのデートに本を持参した。
今日は新規カフェの開拓、という名目でお互いが気になっている店にふらっと入る日だ。新しく出来ただけあって、白い空間にも隙の無い清潔感が漂う店内で、私たちはおすすめされたブレンドコーヒーを啜りながら会話を続ける。
いや、これは会話なのか。私は不安を覚えつつも、文庫本の文字を追った。
「…………で、えっとそいつは言ったんだ。『兎に引っかかったな』ってな」
「うん」
「うんって」
付箋を付けたページの一節を読み上げてみるも、返って来たのはあまりにシンプルな反応だ。
ふんふん、とロベルトは確実に傾聴していたのに、最終的な反応は神妙な首肯のみ。何だこれ。私が3ページ分読み上げた小話は何だったのだろうか。
「兎狩りと慣用句をかけた定番のジョークだな。俺も父親やその友人からよく聞かされた。面白いよな」
真顔で解説された。どうやら古臭い上に全く面白くないジョークだと言うことが分かってきた。
ロベルトは僅かに眉を上げて、私の手元を見る。視線の先には、私が書庫から持ち込んだよれよれのジョーク本だけがあった。
「デート中ずっとその本を手に持っていたのは、これを披露するため?」
「……あぁ。君に披露したかったから持ってきた。今か今かとワクワクしていたのに。この滑り様だ」
「────ッツー、そう。ほ~」
不自然な声に顔を上げるも、ロベルトは口元を押さえていた。ぎゅっと、普段より深く眉間の皺が刻まれている。
どうしたのだろうと覗き込んでみると、彼はそっぽを向いてしまった。
「ロベルト。ジョークは嫌いだったか?」
「……いいや。嫌いじゃないが。でもジョーク本はそのまま読み上げれば良いというものじゃないだろう」
そこでハッと顔を挙げると、ロベルトの真顔が視界に飛び込む。盲点ながら、図星だ。「確かに」と首肯すれば、彼は少し眉尻を下げて、声をかける。
「それにデートの間は本じゃなくて俺を見て欲しい、かな」
彼は冗談めいた小声で、僕の手元にある文庫本を指でつつく。ロベルトの目をじっと見返すと、彼は静かに首を傾げた。ロベルト・トンプソンは不思議な男だ。一瞬たりとて微笑むことも無いのに、その声や視線は非常に雄弁に見えることがある。私がその弁舌の聴き方を間違っていなければ、の話だが。
そして彼の優しげな指摘は正しい。デート中に1人読書に耽るのは、十分に無礼にあたるだろう。即座に本を閉じ、かぶりを振って答えた。
「分かった。今度は君の顔を見ながら言えるように暗記してから来る」
これもちょっとしたボケのつもりだったが、ロベルトはぐっと顔を歪めていた。本当に全くウケないものだなぁ、と逆に感心まで覚える。
しかし、どうしたらあんな険しい顔になるのか、私には理解できない。ジョークは駄目だな、と私は帰宅後すぐにジョーク本を書庫にしまい込んだ。
と思ったら、次のデートではロベルトがジョークを用意して来た。同じ本で予習して来たとのことだが、彼は会話の中にジョークを織り交ぜるのが上手く、私は膝を叩くまで笑った。逆に私が笑わせられる結果となり、何とも不甲斐ない敗北に終わった。ただロベルトは相変わらず無表情だが、どこか誇らしげな目をしていた。そんな気がする。
散々腹筋を鍛えさせられたデートの後。
帰宅してもまだ笑いすぎでぐったりしていた私に、執事見習いが「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
疲れ切った経緯を説明すれば、彼も爆笑しその場に頽れる。笑いすぎだ、と注意すれば、軽い謝罪と共に彼は涙を拭く。そして、しみじみと溢した。
「いやぁ、ロベルト様って笑いこそしませんが、凄く面白い方ですよね」
「……うん。そう、彼って凄く面白い人なんだよ」
彼の異名は氷の貴公子。だが、氷という表現は彼の魅力を表すにそぐわない気がする。
「本当はもっと、いろんな一面のある奴なんだよ」
「はい」
「だから、『氷』じゃないと思うんだけどなぁ」
執事見習いはすぐ様、続けて頷いた。
「まぁ。溶け切った氷は、もう氷じゃないですから。もうその呼び名は違うでしょうね」
「……溶け切った?」
「はい」
小首を捻って彼の顔を覗き込むも、執事見習いは私の無言の問いに答えることはなかった。
は~仕事仕事、と言ってわざとらしく逃げていった男の足音を聞きながら、私は恨めしげに眉を釣り上げる。
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