君さえ笑ってくれれば最高

大根

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 ロベルトは頬を打たれるとでも思ったのか、私の前で目を瞑った。瞼が閉じられると、長い睫毛がよく見える。その堂々たる佇まいは、まさに氷のような美青年だ。
 思わず手が引っ込みそうになるが、こんなかっこいい彼を今思い切りくすぐったらどうなっちゃうんだろう、と考えると少しドキドキしてきた。
 ここまで来て止まれない。
 私は彼の襟に手を伸ばし、コートを剥いだ。

「……? だ、ダリオ、これは?」

 氷の仮面が少し剥げ、彼は明らかに戸惑いを露にしている。最初は脱がせ辛かったが、私が本気で服を剥ごうとしているのを汲んだのか、徐々に彼の腕から力は抜け、羽織っていた黒い上着はゆるゆると私の腕に絡め取られる。コートを簡単に畳みながら、私は彼を制した。

「いいからいいから」
「だが」
「抵抗しない約束だろ?」

 言い聞かせるように彼を見やれば、ロベルトも押し黙った。ごくり、と彼の喉が鳴っていたが、作業に支障は無いのでそのまま続ける。
 お腹もくすぐるなら、ベストも邪魔だろう。

「これも脱がすよ。ロベルト、腕を伸ばして」
「……えっと、あの、タイは」
「タイ? タイはどちらでも良い」

 たまにくすぐりすぎると暴れる人やまともに立てなくなってしまう人も居る、と聞いたことがある。
 となると、立ったままくすぐるのは危ないかもしれない。ソファに座らせるのも……最悪床に崩れ落ちてしまうかもしれないな。ふむ、と顎に手を添えてから、私は部屋の奥を指した。

「じゃあ、ベッドに寝てくれ」

 ロベルトは、息を呑んだ。私の肩を掴み、彼は重い声で問いかけてくる。

「待てダリオ、本気か?」

 いつも冷ややかな彼の額に汗が浮かんでいた。
 これはもしや、この男相当くすぐりに弱いのかもしれない。
 いつの間にか苛立ちは腹の奥に引っ込んでおり、うずうずするような高揚感が巡ってきた。楽しみが隠せず、にへらっと緩んだ口角で彼を見上げる。ロベルトはその笑みに怯えたのだろうか、さらに顔は強張り目の光が鋭くなっている。

「すぐ終わるから大丈夫だ」
「ダリオ、いけない。こういうことは慎重に行うべきだ」
「でも私の言うことを聞く約束だろう」
「しかし」
「そんなに嫌なのか?」

 流石に身体を弄られるのが本当の本当に嫌だと言うなら、諦めるつもりだった。
 だが、シャツ1枚越しくらいなら。仮にも婚約者だ、許されるだろうという甘えもあった。
 彼の答えを待つように、じっと下から見上げながら、ロベルトの体を寝台へとじりじり引っ張っていく。無言の圧に押されたのか、彼は渋々と声を振り絞る。

「……嫌じゃない。けど、今急いで事を進めるべきじゃない」
「そうかな。私は今すぐしたい」
「2人きりとは言え、そんなこと明け透けに……」
「もーうるさいな!」

 最後は思い切り、両腕で戸惑う彼の肩を押し、ベッドに彼の体を倒す。
 ぼふっと音を立てながら、重そうな体は案外簡単に倒れた。そのまま上に乗り上げれば、彼の顔も体も視界の下に収まる。
 ロベルトの顔は────それはそれは真っ赤になっていた。林檎のようだ。ロベルトの目は限界まで見開かれ、潤んだ瞳には薄らと笑みを浮かべる私の姿が映る。
 この1年で、初めて見る表情だった。私も、彼もだ。
 期待に胸を膨らませながら、両手を上げる。そして真っ直ぐ、彼の脇腹に向けて腕を伸ばした。

「うるさい子はこうだ!」
「ひっ……」

 威勢良く叫び、脇あたりを指でもにょもにょ撫でるように触り上げる。指1本1本を生き物のように、滑らかに不規則に蠢かせる。シャツの下の薄い皮膚や、肋や腕の筋骨の感触もある。
 さぁ、笑え! ロベルト……と意気込んだのはたった10秒の内に萎んでしまった。
 指を動かし続けるが、部屋に響くのは滑らかなシルクのシャツが擦れる音と、たまにベッドのスプリングが鳴く音だけだ。

 ……予想だにしない結果に、首を傾げる。
 あれ? と思ってもっとくすぐってみるが、ロベルトは困ったように私を見上げるだけだった。
 彼の頬は依然として赤く染まっているが、先ほどよりも健康的な色味を取り戻しており、息も当然落ち着いている。
 あり得ない、と驚嘆しながらも、私は問いかけた。

「…………君、効かないのか?」
「……もしかしてダリオ。貴方は俺をくすぐっているのか?」

 こんな状況になってまで確認を取られるとは、さらに予想外だった。コクリ、と肯けば、彼もまた驚嘆したように瞬きを繰り返した。

「ダリオ。貴方のわがままというのは、これのこと?」
「その通り」
「このためだけに、わざわざベッドに誘導して?」
「うん」

 間抜けな会話が続き、とうとう2人も押し黙った。
 居心地の悪さに耐えられなくなった私は、彼の身体から指を離した。マウントの体勢から抜けて、私はただ彼の脚の間に座る人になる。

 しばし寝転んだままだったロベルトは手で顔を覆って、あーとか、うーとか呻いた。そして突然起き上がったかと思うと、腕をばっと広げ、真っ赤なままの顔で囁く。

「一体! …………なんでッ、俺を擽ろうとしたんだ? 何かの遊びか?」
「遊びじゃない。本気だ」
「もう少し、詳しく、説明してくれ……」

 うーん、と視線を逸らすが、言い訳も見つからない。いろいろ考えを巡らせたものの、結局白状することにした。

「もうこの際だからはっきり言うけど。君は笑わないだろう、この数年で1度たりとも! だから、どうにか私の前で笑わせてやろうと思ってたんだ」
「……俺の笑顔が見たいのか?」
「そりゃあ。見たいに決まってる……だって、君は王宮では笑ってたじゃないか」

 びし、と指をさして糾弾する。
 そうだ。私は見たのだ。彼が笑みを見せる様をしかとこの目で見た。だから「笑えない」という言い訳は通用しない。させない。
 そんな強い意思でロベルトを責めるも、彼は明らかに困った様子で眉を下げている。

「何故、私の前では笑ってくれないんだ。私は君の笑顔が見たいのに」
「? 俺が笑顔になると、ダリオが得することがあるのか」
「いや、得というか」

 得するか否かと問われれば、まぁ得ではあるのだろうけれど。でもこういうのは損得勘定とはまた別の話だ。
 私はロベルトの手を握り、彼の目を覗き込んで叫んだ。

「大切な人に笑顔で居てほしいと願うのは、普通のことじゃないのか」
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