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しおりを挟むロベルトは、唇を開き、ゆっくりと瞬きをしてみせた。
長い睫毛が震えて、私を凝視している。神話の英雄のような造形に、半分見惚れつつも、私は彼に続ける。勢いは削げたが、それでもはっきりと明瞭な声で語り続けた。
「え……っと、君が滅多に笑わない人だということは分かってる。でも私は君の笑みを見られる人でありたい。君の言葉も、表情も、仕草も、もっと知りたいんだ。共に生きるパートナーとして! だから、もっと君に笑ってほしい! 私は! 私は……」
初めて、自分の言葉に驚いた。
「君から、信頼されたいんだ……」
私は、彼に許されたかったのか。
打ち明けて欲しかったのか。笑顔も、笑みを浮かべる理由も、その時間も、全て共有したかった。
こんな感情を浮かべた私の顔は、彼からどのように見えているのだろう。
心配で、怖くて、そして少し期待してしまって、私はロベルトにそっと顔を近づけた。紅色の眼がチカチカと、星のように光った気がした。
その瞬間、彼はぐっと胸元を押さえてベッドに倒れ込んだ。再び、ぼふっ、と音を立てるシーツに驚きつつ、私は声を上げる。
「ロベルト?」
再び、彼の頬は──いや、耳まで赤く染まっていた。口元を手の甲で抑えたロベルトは長く、長く息を吐いてから、口を開いた。
「…………不安にさせて済まなかった」
「……いいや」
「だが俺は……貴方のことを誰よりも、信じている。本当に心から」
炎のような言葉に、胸がふっと熱くなる。
今までにない程に、優しく、情熱的な掠れた声色に、くらりとした。
「貴方の素直なところも、俺に誠実さを求めるところも、愛している。貴方のようになりたいと、心から願う程に、俺は貴方に惚れ切っている。それだけは信じてほしい。俺も、貴方にとって信頼できる男でありたい」
咄嗟に頭を向ければ、ロベルトの表情がしっかりと視界に捉えられた。
「本当に魅力的だ、貴方は」
「え?」
蕩けるような笑みだ。
眩しそうに目を細める彼が、優しく笑っている。頬を緩ませて、あまりにも自然に、愛おしげに顔を綻ばせるので、とても驚いた。しかし、それは確かに長らく望んでいた光だ。
私はその表情を、網膜に焼き付ける。
そうだ、これだ。これが見たかったのだ。震える手でそっと彼の頬に触れると、ロベルトは恍惚とした目でその手を見つめ、それから骨ばった彼の白い手で私の指を摩り、そっと頬擦りした。
とてつもない興奮が私の背を昇る。
────勝った!
誰との勝負かはさておき、私は満足感に浸った。ドキドキする胸を抑えて、彼の頬を撫で続ける。こんな接触は初めてで、今までになく気持ちが浮ついてしまう。
だが、しばらくすりすりと指を擦っていると、何やら様子がおかしくなってきた……ロベルトの頬はどこまでも蕩けていき、頬擦りも終わらない。
「はぁ~好きだぁ……キラキラしている。ダリオ、貴方は本当に、最高で……」
「ロ、ロベルト?」
自然に流れてきたそれが、あまりに速いので、数秒見逃してしまった。だが確かに、彼の目元から一粒、二粒と、何かが流れ落ちている。
思わず、えっ、と驚愕の声を漏らしてしまった。
「うゔぅ~……好ぎだ…………」
「……えっ泣いてる!?」
ぼろぽろ、と血のような眼から、透き通った涙がこぼれ落ち、彼は空いた右手でそれを抑えようと目頭を押さえている。蕩けていた顔は徐々に歪み、苦痛を耐えるような泣き面へと変わった。
あのロベルトが泣いてる……!?
笑顔が続いたのはほんの一瞬、まさかノータイムで号泣にシフトしてしまうなど予想だにしておらず、私は本気で当惑した。これは……どういうことなのだろうか。
急いで彼を起こし、背中を摩る。その間も彼はぐずぐず、と泣いていた。こうして見ると、自分より10cmも高身長の大男も、小さな幼児に見える。
「え、調子悪いのか!? 私のせいか!? すまないええと、何か飲むか!? お茶持って来る!?」
「もんだいない、ただなんかいっぱいいっぱいで」
「いっぱいいっぱいで!?」
あのロベルトがいっぱいいっぱいで泣いているのか……!?
どうにか落ち着かせようと、背中を摩り続けた。
「いつものことなんだ。ずっと前から俺は、貴方のことを考えると、涙が。普段は我慢してるんだが」
予想だにしない言葉に、絶句する。
扇情的な程に潤んだ彼の眼が、私の胸を深く抉る。ときめきと驚愕、その両方が鋭利な刃となって私を貫いた。
乱れた黒髪の下から、湿度のある目線で私を射抜くロベルトに、私はぞっとした。同時に、弾けるような興奮を覚えた。
ドキドキと鳴る心臓を押さえて、私は彼を見遣る。ロベルトは赤くなった目尻を指で拭いて、とても小さな声で問いかけた。
「すまない。抱きしめても良いか?」
「……うん」
涙ぐんだ声で必死に言葉を紡ぐロベルトに、私は両手を広げて応えた。力強く彼の腕が私の体を締める。
男らしく筋肉質な腕に抱かれて、私はゆっくりと息を吸った。苦しい程に抱き締めれても、一向に辛くはなく、むしろ多幸感に浸っていた。ふわふわと暖かな気配が脳を占めていく。
耳元では心地よい響きの彼の声が鳴る。
「好きだ。本当に、好きなんだ……」
「…………私も」
まさかロベルトが泣くなんて、思っていなかった。
だが、彼は泣いた。私の前で。
ロベルトのことを無表情な男だと思っていた。でも今の彼は違う。涙を溢してまで、私に言葉を伝えてくれる。
いつの間にか自分の目頭も熱を帯びていた。
私と彼はやはり、通じ合うところがあった。情動で身体を乗っ取られるような不器用さを持っていたわけだ。私たち、2人共だ。
ロベルトの背中を撫でて、私も強く抱き締める。加減など忘れた子供のような力で締め返した。
しばらくの間、私達はベッドの上で抱きしめ合っていた。
グス、と泣き続けるロベルトを宥めるように、彼の肩に頭を乗せていると……いつの間にか眠っていた。目を覚ましたのは3時間後。
ベッドから目覚めた時、私は一人きりで、それはそれは驚いた。
使用人に聞けば、ロベルトは私が目覚める前に独りで帰ったのだという。
残念だとは思った。だが、彼と再会する前のような鬱憤は消えていた。
自室のカーテンを開き、光を部屋に招き入れる。自然と笑みを浮かべていた自分に気がついて、ふっと失笑した。いくらなんでも現金すぎる。
棚の奥から、ぬいぐるみの教本とジョーク本と、ペーパーナイフを取った。
ゆっくり深呼吸をしてから、私は封筒の山から1通取り出し、封を開ける。
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