君さえ笑ってくれれば最高

大根

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 後日、ロベルトは再び我が家を訪ねてきた。
 先日と変わり、私から彼を自室に招いた。終始ロベルトは気まずそうにしていたが、私も似たようなものだった。
 2人きりになった瞬間、ボッと顔を赤らめる彼と、困ったように微笑む私。どちらも不安げで気恥ずかしさを隠せないようだ。

 不思議なもので、彼の表情筋は先日とはまるで違って見える。
 ぐっと顰められている顔の裏に感じられるものが変わったのだろう、私は手紙を返しながら、彼の心のゆらめきに想いを馳せることが増えた。
 きっと、今までの私なら「無表情」と切り捨てていたものが、染み染みと味わい深い雰囲気に思われる。
 ロベルトが今見せた、こちらを伺うような顔つきも含めて。

「昨日は……醜態を見せたな」

 彼の指す「醜態」が脳裏に甦り、思わず笑みが溢れた。あれが本当のロベルトなのか、と問えば、彼は眉を八の字に曲げて縮こまった。
 ロベルトは弱々しく私を見つめている。

「幻滅したか」
「全く」

 首を横に振りながら、カップに唇をつけた。
 信じてほしい、と言うからには、私は彼の懸念を刺激するつもりは無かったし、そもそも落胆などしてはいなかった。
 むしろ期待に満ち溢れている。

 調子に乗っている私は、弾むように声を発して前のめりに微笑みかけた。

「1つ気になるのは、そうだな……『ずっと前から』私のことを考えてる、と言ってたと思うんだけど」

 ここで、ロベルトが殊更気まずげに目を逸らしたが、そのまま問いかけた。

「それって、いつから?」
「……5年前だ」
「5年!」

 予想よりも大きな数字に、大きく声が裏返ってしまった。
 それは確かに、婚約の話が出るより前だ。「ずっと前」に違いない。
 しかし、私たちが顔見知りになったのは3年前あたりだと思うが……その疑問を尋ねてみれば、実は彼が5年前から私のことを別のカフェで見かけていたということが分かった。

「君は……皇国語の恋愛小説を、テラス席で読んでいた。ベリーティーと共に」
「あー……あぁ! 確かに、あの時は『祝日のミリー』を読んでた時期だ! あぁ。まあそれはいいや。それがどうかしたのか?」

 その時期は皇国語の小説がマイブームだった。私を翻訳業に引き込んだ一因でもあるその名著は私のバイブルである。
 祝日のミリーは、休日の度にカフェに通う小説家のミリーを主人公とした恋愛小説だ。私もミリーの気分になって本を楽しんでみたい、と思い立ち、何日かカフェに本を持ち込んでいたのだった。
 結局自室で本を読むのが1番集中できると分かってからはカフェでの読書は止めたのだが、そんな一時期のマイブームをロベルトに観測されているとは。

「あんなに表情をころころ変えて本を読む男性は珍しいな、と思っていた」
「お恥ずかしい話だな……それで?」

 続きを促すが、ロベルトは黙り込んでしまった。
 そして、困ったように首を傾げて密やかな声を発する。

「こちらも恥ずかしい話だが、それだけなんだ。ただそれだけで貴方のことが脳裏から離れなくなってしまった」

 咄嗟に視線を移したが、ロベルトの声も目も素直なもので、嘘とは思い難かった。
 彼はなんと私を追いかけて、あのカフェに通い、そして数年かけて常連同士と言えるような関係を築けるまで様子を見ていたのだと言う。その過程で、彼のファンクラブの方々の助けも借りて、結果的に恋愛相談や惚気話に付き合ってもらう関係にまでなったのだと。聞けば聞く程信じられない話だった。
 ロベルトがそこまでして私を追いかけるのか。
 不可解そうに眉根を寄せる私に何を思ったのか、彼は不安げにかぶりを振った。

「貴方と直接話せるようになってから、想いも膨れ上がって。とうとう求婚まで」

 自嘲するように、静かに言葉を吐く彼を見つめる。
 恋愛小説のような、浪漫のある理由だ。だが、気にかかる点はある。

「そんなところに、惹かれるものかな」
「惹かれるさ」

 今度は、彼の方から、力強くも弾んだ声がした。
 彼は喜びを噛み締めるように、息の混じった言葉が聞こえる……その口端は、やはり少し吊り上がっていた。

「ダリオ。貴方の笑顔は本当に……本当に美しいのだから」

 鋭い眉が力を解いて、目を閉じる様に、見惚れる。

────笑っている。

 ロベルトの纏う空気はあまりに優しく、惚れ直すのは自然なことで、頬が静かに震えた。
 ときめく胸を抑えて、私も浮ついた声で応えた。

「私は、君の笑みもすごく美しいと思っているよ。今の君なんか、最高にかっこいいのに」

 本当のところは、かっこいいという言葉が正しいのかは分からない。私はとにかく、彼が笑っているとこう思うだけだ。「最高だな」と。
 すると、我に返るように瞠目した彼が、俯く。
 左手で口元を押さえながら、ロベルトは早口で捲し立てた。

「最近は……いや、もう半年前から貴方のことを考えていると、頬が緩む。自分でも嬉しいやら、恥ずかしいやらで、よく分からなくて。先日話した通り、たまに泣きそうになる時もある。あまりにだらしない顔だから貴方に見せたくはなかったんだが……うまくセーブできない」

 顔を隠すように手で必死に頬を覆う彼を、心の底から愛らしいと思った。暖かく、子供らしい人だ。胸もすっと和らいでいく。
 ずっと前に、如何に彼の二つ名が不似合いか考えた時のことを思い出した。
 成程。氷はもう内側から溶けかけているのか。
 彼の異名に引っ張られるような、ロマンチックすぎる表現は、照れ臭くもある。だが実際彼は「氷の貴公子」なんて言葉から少しずつ少しずつ遠のいているのだ。

 そう独り感心している私に、ロベルトは手を伸ばしていた。
 顔を上げて「え?」と間抜けな声を上げる私に、綺麗な彼の顔が近付いていた。神妙な面持ちの婚約者と、密接に視線を交わす。
 ゆっくりと息を吸って、誓いを立てる騎士のように、彼は唇を開いた。

「でもいつかは、貴方のような、自然な笑みを浮かべて、貴方と笑い合いたいと、思っている」

 力の籠った眼光のままに、私の手が取られる。触れる指先も熱く、体温が伝わっていく。
 ロベルトの手は、私の右手を優しく包み込みつつも、僅かに震えていた。

 歓喜がせり上がりつつも、胸の内はどこか穏やかで、心の底から安心する。
 彼は私と生きることに、幸福を感じてくれているという、ただ1つの、だが1番に欲していた確信が得られてしまった。また眼にじわりと熱が溜まったものの、私はそれを堪えて、笑みを作った。
 すっ、とロベルトが息を吸った音が聞こえる。

 またぬいぐるみを作ろう。ジョークも手品も練習してみよう。何でも挑戦したい。私の笑顔を彼に見せて、それでロベルトの気持ちが解けていくのなら。

 徐に腰をかがめて、彼の左手、その薬指の上にキスを落とした。
 ロベルトの頬が緩み、ふっと息を吐いたかと思えば、すぐにぐしゃぐしゃに顰められた。目尻から、涙の粒がぽろりと流れていく。

「うゔ~……すまない、耐えられない……」
「ははは!」

 苦しげな声に思わず笑ってしまった。
 私も君が好きだよ。ロベルト・トンプソン。
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みんなの感想(4件)

kas
2025.06.14 kas

純愛……美しいです、感動しました。
読んでるだけで涙が出ててきて笑顔にもなれちゃいました!!最高でした😭︎‪💕

2025.06.14 大根

kasさん、ありがとうございます!
とにかく真正面からハッピーエンドの話として締めよう!と頑張りましたので、とっても素敵なお褒めの言葉をいただけてとても嬉しいです😂 純愛系自分も大好きなので、楽しんでいただけてありがたいです〜
閲覧感謝いたします!

解除
てらちゃん
2025.06.12 てらちゃん

可愛くてお互いを想い合うお話に癒されました
こんなに素敵な恋のお話を書いてくださいってありがとうございました(^-^)

2025.06.12 大根

てらちゃん、ありがとうございます!
素直な受けと表情固定の攻めについて、2人の違いと気持ちの話をとことん書こうと思って頑張りました😂 可愛いと思っていただけてすごく嬉しいです〜! 全体的にほのぼのした恋の話になったかなと思います(^-^)
閲覧ありがとうございました。

解除
まゆさ
2025.06.10 まゆさ

素敵なお話ですね。
何だかほっこりしました。

2025.06.11 大根

まゆささん、ありがとうございます!
短くテンポ良くハッピーエンドに終わる作品を目指しましたので、お褒めの言葉をいただけてとっても嬉しいです。大きな山は無い穏やかなお話ですが、楽しんでいただけたようで良かったです。ありがとうございました!

解除

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