26 / 58
コーヒーとCEOの秘密 (完)
26
しおりを挟む
このホテルの入る新宿パークタワーと同じく大型複合ビルだ。高級デパート、カフェ、ショップ、劇場、そして上階はホテルと居住区。
毎日真下にセントラルパークを見下ろして暮らすなんて夢のある話だ。
「…一部空中庭園のような形をしているが、トップがハリウッドの製作会社のCEOと仲が良かったんだよ。ちょうど大作の撮影準備期間と重なったんだ」
「お話を伺うだけでわくわくしますね」
話のスケールがね。
「一介の社員だがね。…おかげで免許はとれたが」
だけど同じ弁護士の中でも上級職。
「近所の店で休んでいると、役員秘書が上司の悪口を言い合っていたな。‥‥私もそうなんだろう、空恐ろしいな」
それは……。
「新体制ということでみんな身構えますわ。アメリカからご帰国となるとなおさら」
「それは私も同じだ。…同じことをやっているのになぜこんなに違うんだろうな」
反応が?
「申し訳ありません、気づけなくて」
なんだかこちらが悪いような気さえしてきた。さすが法曹出身、と思うべきか。
「まあ、それはどうしようもない。…一杯やってくか」
お開きではなく同じフロアのバーコーナーへ席を変えた。
やはり満点の夜景の特等席、
「いよいよ最後…。うまくやっていけるでしょうか」
「えらく感慨にふけるね。キミらしくないように思うが、どうなんだい」
「そうですね」らしくないわ。あんなことがあったからだろうか。
「…なんだか中途半端に出ていくようで心苦しいです。この先どうなるのか」
冗談だろう、という表情をされた。
「キミの希望だろう? もしかしてあまりうれしくないのか」
「あんまり急だったもので…」
彼はふっと微笑んで空気のかたまりをほどいた。
「キミはすごいな、どこの部署に行っても話が通じる。円山代議士の席でも君がいなかったら違う話になっていただろうな」
「え? どういう意味ですか」
「言われていただろう?ーー容姿がキミのようだったらこの道に進んでない、と」
「……よくあるご謙遜です。政治家ならなおさら…」
「そうなのだろうが、もしも真意だったら?」
「?……何も変わりませんわ」
あの時は先生のトークダウンにがっかりしたけれど。
「政治家の討論なんてへりくだりのオンパレードでむしろそれを楽しんでいるように見えます」
「……言葉の言い回しも難しいね、謙譲語なんてないからね。目上に対する丁寧な言葉やフレーズはあっても、自分を下げて相手をもち上げる言い回しはない」
向かい合った席に座り、スコッチのアイスがグラスと秘かな音を奏でる。
「だが内容は一緒だから、腹の探り合いになる。慣れてないと疲れるね。なじんだ頃に任期が終わってしまいそうだ」
なじもうとしてないのではなくて、本当に苦心しているの?
「余計な一言で相手の腹の虫を起こしてしまわないか、ハラハラする。……腹の虫って何だろうな」
また微笑んだ。軽いジョークのつもりか。
「文化の違いも…不安です」
「キミが望んでいるのだとばかり思っていたがね」
「私、何も知らなくて。野球部の件、先走ってしまいました」
「いや、参考になったよ。ドーム建設に野球部を絡めたのは最近だからね。事業化といえばそうだよな」
「そうですか」
「…元々は村上本部長だったらしいな、野球部を売り込んだの」
「え?」
モヒートのグラスを持つ手が止まる。
「交流自体は前からあったらしいが、熱心に吹き込んだのは彼だそうだ。それが上に伝わり、メジャーやNPBはちょっと無理だが、従業員扱いの社会人野球はどうかという流れを作ったらしい。根回しが上手いんだろうね」
「それは…しりませんでした」
遠征は行ったことがあるが、前会長からも詳しいいきさつは聞いてない。
「そりゃ部署が違うんだから、知らなくて当然だよ」
とグラスを掲げた。
「独立リーグというのもあって日本のプロ野球と密接に絡んで、ほぼ下部組織化してるそうだ。内向きで助かったね」
「部長は…このことを見越して?」
「さあ、それはまだ聞いてない。向こうじゃ彼のことを悪くいう人間はいないそうだね。人望はあったんだな」
「え」
「中東に10年いて、魔が差したのかね。いずれ帰国すれば重役の椅子が待っていただろうに」
「そんな…それじゃ」
『そんなつもりじゃなかったんだ』
村上のあの言葉は嘘じゃなかった…?
毎日真下にセントラルパークを見下ろして暮らすなんて夢のある話だ。
「…一部空中庭園のような形をしているが、トップがハリウッドの製作会社のCEOと仲が良かったんだよ。ちょうど大作の撮影準備期間と重なったんだ」
「お話を伺うだけでわくわくしますね」
話のスケールがね。
「一介の社員だがね。…おかげで免許はとれたが」
だけど同じ弁護士の中でも上級職。
「近所の店で休んでいると、役員秘書が上司の悪口を言い合っていたな。‥‥私もそうなんだろう、空恐ろしいな」
それは……。
「新体制ということでみんな身構えますわ。アメリカからご帰国となるとなおさら」
「それは私も同じだ。…同じことをやっているのになぜこんなに違うんだろうな」
反応が?
「申し訳ありません、気づけなくて」
なんだかこちらが悪いような気さえしてきた。さすが法曹出身、と思うべきか。
「まあ、それはどうしようもない。…一杯やってくか」
お開きではなく同じフロアのバーコーナーへ席を変えた。
やはり満点の夜景の特等席、
「いよいよ最後…。うまくやっていけるでしょうか」
「えらく感慨にふけるね。キミらしくないように思うが、どうなんだい」
「そうですね」らしくないわ。あんなことがあったからだろうか。
「…なんだか中途半端に出ていくようで心苦しいです。この先どうなるのか」
冗談だろう、という表情をされた。
「キミの希望だろう? もしかしてあまりうれしくないのか」
「あんまり急だったもので…」
彼はふっと微笑んで空気のかたまりをほどいた。
「キミはすごいな、どこの部署に行っても話が通じる。円山代議士の席でも君がいなかったら違う話になっていただろうな」
「え? どういう意味ですか」
「言われていただろう?ーー容姿がキミのようだったらこの道に進んでない、と」
「……よくあるご謙遜です。政治家ならなおさら…」
「そうなのだろうが、もしも真意だったら?」
「?……何も変わりませんわ」
あの時は先生のトークダウンにがっかりしたけれど。
「政治家の討論なんてへりくだりのオンパレードでむしろそれを楽しんでいるように見えます」
「……言葉の言い回しも難しいね、謙譲語なんてないからね。目上に対する丁寧な言葉やフレーズはあっても、自分を下げて相手をもち上げる言い回しはない」
向かい合った席に座り、スコッチのアイスがグラスと秘かな音を奏でる。
「だが内容は一緒だから、腹の探り合いになる。慣れてないと疲れるね。なじんだ頃に任期が終わってしまいそうだ」
なじもうとしてないのではなくて、本当に苦心しているの?
「余計な一言で相手の腹の虫を起こしてしまわないか、ハラハラする。……腹の虫って何だろうな」
また微笑んだ。軽いジョークのつもりか。
「文化の違いも…不安です」
「キミが望んでいるのだとばかり思っていたがね」
「私、何も知らなくて。野球部の件、先走ってしまいました」
「いや、参考になったよ。ドーム建設に野球部を絡めたのは最近だからね。事業化といえばそうだよな」
「そうですか」
「…元々は村上本部長だったらしいな、野球部を売り込んだの」
「え?」
モヒートのグラスを持つ手が止まる。
「交流自体は前からあったらしいが、熱心に吹き込んだのは彼だそうだ。それが上に伝わり、メジャーやNPBはちょっと無理だが、従業員扱いの社会人野球はどうかという流れを作ったらしい。根回しが上手いんだろうね」
「それは…しりませんでした」
遠征は行ったことがあるが、前会長からも詳しいいきさつは聞いてない。
「そりゃ部署が違うんだから、知らなくて当然だよ」
とグラスを掲げた。
「独立リーグというのもあって日本のプロ野球と密接に絡んで、ほぼ下部組織化してるそうだ。内向きで助かったね」
「部長は…このことを見越して?」
「さあ、それはまだ聞いてない。向こうじゃ彼のことを悪くいう人間はいないそうだね。人望はあったんだな」
「え」
「中東に10年いて、魔が差したのかね。いずれ帰国すれば重役の椅子が待っていただろうに」
「そんな…それじゃ」
『そんなつもりじゃなかったんだ』
村上のあの言葉は嘘じゃなかった…?
1
あなたにおすすめの小説
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
まだまだこれからだ!
九重
恋愛
温泉が大好きなOLの暖(うらら)。今日も今日とて山奥の秘湯にひとり浸かっていたのだが……突如お湯が流れ出し、一緒に流されてしまった。
気づけば異世界で、なんと彼女は温泉を召喚した魔女の魔法に巻き込まれてしまったらしい。しかもそこは、異世界でも役立たずとされた病人ばかりの村だった。――――老いた関節痛の魔女と、腰を痛めた女騎士。アレルギーで喘息持ちの王子と認知症の竜に、うつ病のエルフなどなど――――
一癖も二癖もある異世界の住人の中で、暖が頑張る物語。
同時連載開始の「勇者一行から追放されたので異世界で温泉旅館をはじめました!」と同じプロローグではじまる物語です。
二本同時にお楽しみいただけましたら嬉しいです!
(*こちらのお話は「小説家になろう」さまサイトでも公開、完結済みです)
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
前世の記憶なんていらなかった……
ミカン♬
恋愛
日本から西洋風の異世界に転生したローゼリアの物語です。幸か不幸か、前世の記憶は彼女に何をもたらせてくれたのか。
ヒロインのローゼリアは前世の『香帆』の記憶を持って生まれ消せないでいた。過去の恋人への恋慕と今世の婚約者への好意。揺れ動く中で彼女に待っていたのは婚約の解消という悲運だった。
自由奔放な妹ミゼットに全て奪われたローゼリアに婚約者候補が二人現れた。それは年下の少年ハーシェルとオッドアイの青年デミアン。傷ついたローゼリアの心を癒すのはどちらなのか。ハッピーエンドです。
さくっと進みます。
小説家になろう様にも投稿。5/27
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる