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10話 誰にも言えない
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「はい、順調に回復されてますね」
数値を見て瀬尾はにっこり微笑んだ。「いつもどうもすみません、先生」東郷氏の孫でまだ20代の東郷美十は少し照れ臭そうに頭を下げた。「わざわざ来ていただいて」
瀬尾は東郷県知事の主治医として東京と鳥取を行ったり来たりしてた。
元鳥取県知事東郷平七郎は「県民ファースト」を掲げ、汚職事件発覚による知事辞職選挙で再選、今年からまた鳥取県政を任されることに。
瀬尾は東京で再選前の知事を診たことがあり、同郷ということもありこの役を引き受けた。
だが本来は東京新宿のはずれにある国立医療センターの医師であり、患者も多く受け持っている。
鳥取ではそこの口利きもあり、大学病院の施設で医療行為も行えるのだが。
「僕も故郷のお役に立ちたいですから」
「ええ」
美十は恐縮していた。祖父を診るために、東京の患者が何人待たされるのだろう。それが気にかかる。だが、それを押しても、いてもらいたい理由があった。祖父の信頼度同様に。
「先生、まだこちらにいらっしゃるんですよね」
「ええ、今週いっぱいは」
「先生、いいですね。たくさんの方が先生を慕ってらして」
「いや、それはどうでしょう」
変な言い方だったかな…美十はうつむいた。
「お嬢さんもご立派じゃないですか。お若いのに、行政のお仕事されて」
「いえいえ、私なんて全然…」美十は顔を一度上げてまたうつむいた。「あの…ちょっといいですか?」
病院の庭に出ると、心地よい風が当たった。芝生に佇む人、医療スタッフに患者…。見るところ平和な光景だ。
「私…全然わかってなくて。突然こんなことになって実はおろおろしているんです」
ベンチに座る前に美十は言った。二人は立ち話をすることとなった。
「おじいちゃんが頑張ってるのは嬉しいんですけど、実際、私、何したらいいのか全然わからなくて」
「最初はみんなそうですよ。僕もここに来た当初はそうでしたよ」
「本当ですか?」ぱっと顔をあげた美十の目がキラッとして見えた。
「ええ。責任もあるでしょうし。まあ、僕には政治のことはわからないけど」
「…政治家の方も診られてるとか」
「ええ、多少はね。患者さんですからね」
「でも私の話も聞いてもらいたいです」
「いいですよ。そりゃ不安ですよね。大体年上や下手すると知事と同年代の方が多くて」
「そうなんです! まだ、秘書さんについてるだけなんだけど、私、いるのかなっていつも思うんです」
「若い方の意見も取り入れたいんじゃないですか?あえてそういう姿勢を示さないと普段耳に入らないですよね」
「はい…。でも私、地方自治とか全然わからなくて。大学もそっち方面だったのに結局よくわからずに卒業して帰ってきちゃったから」
「そうだったんですね」
「はい。…だから先生みたいな方がいらっしゃると励みになるんです。本当です。」
美十は長い黒髪を流した。買い物や旅行で楽しみたいだろう二十代前半の女性には確かに荷は重いかもしれない。
「普通に考えたら、そりゃ戸惑いますよね。医者になるにも医者の覚悟がいる、政治家もそうでしょう。でも、若いお嬢さんにいきなり県政の自覚を持てというのはきついでしょう」
「先生、本当にそう思ってくださいますか?」 美十は、瀬尾の言葉に信頼を込めた視線を送った。 「ええ、思ってますよ。それに、お嬢さんはお若いのに、すでにたくさんの経験を積まれてるじゃないですか」 瀬尾は、穏やかに微笑んだ。その端正な顔立ちと、患者に寄り添う温かい眼差しは、何より励みになる。都心の病院で多くの患者が彼を待っているというのも納得だ。
「経験、ですか…でも、それが本当に、役に立つのかって…」 美十は俯きがちに言葉を選んだ。 「お祖父ちゃんは、県民ファーストって言って頑張ってるけど、私にはまだ漠然としすぎてて…」
「県民ファースト…素晴らしい理念ですね。僕も医師として、患者さんファーストでありたいと思っています」 瀬尾は静かに語った。都会の最先端医療を担いながらも、故郷への思いを忘れない彼の言葉には、なんとも言えない説得力がある。 「でも、ファーストを貫くには、まず自分自身が強くないと。お嬢さんも、今はこうして悩んでいても、その経験がきっと、いつか誰かの役に立つ時が来るはずです」
瀬尾の言葉に、美十はゆっくりと顔を上げた。まるで曇り空に光が差し込んだかのように、彼女の目に僅かな輝きが宿る。
(イケメンだなあ…それにしても、本当に鳥取の人なんだろうか?) 美十は、瀬尾のすらりとした体躯と洗練された雰囲気に、ふとそんな疑問を抱いた。雑誌のグラビアから抜け出してきたかのように絵になる人物像だ。東京にいるのが当たり前のような容姿と振る舞いだが、彼の言葉には確かに鳥取への郷土愛が感じられる。そのギャップが、また彼の魅力を増しているようだった。
数値を見て瀬尾はにっこり微笑んだ。「いつもどうもすみません、先生」東郷氏の孫でまだ20代の東郷美十は少し照れ臭そうに頭を下げた。「わざわざ来ていただいて」
瀬尾は東郷県知事の主治医として東京と鳥取を行ったり来たりしてた。
元鳥取県知事東郷平七郎は「県民ファースト」を掲げ、汚職事件発覚による知事辞職選挙で再選、今年からまた鳥取県政を任されることに。
瀬尾は東京で再選前の知事を診たことがあり、同郷ということもありこの役を引き受けた。
だが本来は東京新宿のはずれにある国立医療センターの医師であり、患者も多く受け持っている。
鳥取ではそこの口利きもあり、大学病院の施設で医療行為も行えるのだが。
「僕も故郷のお役に立ちたいですから」
「ええ」
美十は恐縮していた。祖父を診るために、東京の患者が何人待たされるのだろう。それが気にかかる。だが、それを押しても、いてもらいたい理由があった。祖父の信頼度同様に。
「先生、まだこちらにいらっしゃるんですよね」
「ええ、今週いっぱいは」
「先生、いいですね。たくさんの方が先生を慕ってらして」
「いや、それはどうでしょう」
変な言い方だったかな…美十はうつむいた。
「お嬢さんもご立派じゃないですか。お若いのに、行政のお仕事されて」
「いえいえ、私なんて全然…」美十は顔を一度上げてまたうつむいた。「あの…ちょっといいですか?」
病院の庭に出ると、心地よい風が当たった。芝生に佇む人、医療スタッフに患者…。見るところ平和な光景だ。
「私…全然わかってなくて。突然こんなことになって実はおろおろしているんです」
ベンチに座る前に美十は言った。二人は立ち話をすることとなった。
「おじいちゃんが頑張ってるのは嬉しいんですけど、実際、私、何したらいいのか全然わからなくて」
「最初はみんなそうですよ。僕もここに来た当初はそうでしたよ」
「本当ですか?」ぱっと顔をあげた美十の目がキラッとして見えた。
「ええ。責任もあるでしょうし。まあ、僕には政治のことはわからないけど」
「…政治家の方も診られてるとか」
「ええ、多少はね。患者さんですからね」
「でも私の話も聞いてもらいたいです」
「いいですよ。そりゃ不安ですよね。大体年上や下手すると知事と同年代の方が多くて」
「そうなんです! まだ、秘書さんについてるだけなんだけど、私、いるのかなっていつも思うんです」
「若い方の意見も取り入れたいんじゃないですか?あえてそういう姿勢を示さないと普段耳に入らないですよね」
「はい…。でも私、地方自治とか全然わからなくて。大学もそっち方面だったのに結局よくわからずに卒業して帰ってきちゃったから」
「そうだったんですね」
「はい。…だから先生みたいな方がいらっしゃると励みになるんです。本当です。」
美十は長い黒髪を流した。買い物や旅行で楽しみたいだろう二十代前半の女性には確かに荷は重いかもしれない。
「普通に考えたら、そりゃ戸惑いますよね。医者になるにも医者の覚悟がいる、政治家もそうでしょう。でも、若いお嬢さんにいきなり県政の自覚を持てというのはきついでしょう」
「先生、本当にそう思ってくださいますか?」 美十は、瀬尾の言葉に信頼を込めた視線を送った。 「ええ、思ってますよ。それに、お嬢さんはお若いのに、すでにたくさんの経験を積まれてるじゃないですか」 瀬尾は、穏やかに微笑んだ。その端正な顔立ちと、患者に寄り添う温かい眼差しは、何より励みになる。都心の病院で多くの患者が彼を待っているというのも納得だ。
「経験、ですか…でも、それが本当に、役に立つのかって…」 美十は俯きがちに言葉を選んだ。 「お祖父ちゃんは、県民ファーストって言って頑張ってるけど、私にはまだ漠然としすぎてて…」
「県民ファースト…素晴らしい理念ですね。僕も医師として、患者さんファーストでありたいと思っています」 瀬尾は静かに語った。都会の最先端医療を担いながらも、故郷への思いを忘れない彼の言葉には、なんとも言えない説得力がある。 「でも、ファーストを貫くには、まず自分自身が強くないと。お嬢さんも、今はこうして悩んでいても、その経験がきっと、いつか誰かの役に立つ時が来るはずです」
瀬尾の言葉に、美十はゆっくりと顔を上げた。まるで曇り空に光が差し込んだかのように、彼女の目に僅かな輝きが宿る。
(イケメンだなあ…それにしても、本当に鳥取の人なんだろうか?) 美十は、瀬尾のすらりとした体躯と洗練された雰囲気に、ふとそんな疑問を抱いた。雑誌のグラビアから抜け出してきたかのように絵になる人物像だ。東京にいるのが当たり前のような容姿と振る舞いだが、彼の言葉には確かに鳥取への郷土愛が感じられる。そのギャップが、また彼の魅力を増しているようだった。
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