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10話 誰にも言えない
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「樫木さん、あんた、しぶいねえ」
外に出て景色を眺めている樫木に入居者の高齢女性が話しかけた。白髪入りの髪を後ろで結び、声が大きく明るくてみんなには『ハナさん』と呼ばれている。
「…何がですかな」
樫木は控えめに答えた。
「…たたずまいからして並の男じゃないよ、この前だってさあ、見舞いに来てた連中、すごいじゃないか」
「ハナさん、また噂話かい、やめときなよ」
男性の高齢者がそばに寄ってきた。
「いいじゃないか、介護さんだっていないし、あんただって、何もんだよ、って言ってたじゃないか」
「…こわもてのいい歳したおっさん連中がずらずらと…まるで大親分の見舞いさあ」
「はは…」
樫木は静かに笑みを浮かべる。
「…昔世話になったことがありましてな、隠してたんですが、どこで聞きつけたのやら、暇な連中ですよ」
「またまた…。あんたが世話してやったんだろ、そんな感じだったよ。みんな頭下げてさあ、あんな詣で初めて見たさ」
「いやいや…」
「…それでさ、樫木さん、あんたにプレゼントしたいと思って」
ハナは後ろから紙袋を差し出した。
「私に?」
樫木は車いすから身を乗り出した。
「ほら、これ、被ってみてよ」
ハナが差し出したのは『ハット』だった。いわゆるマフィアスタイル、映画やドラマでそれ風のボスが被っている、つばのある固めの帽子。
色付きのメガネにラフなカーディガンスタイルの樫木が被ると、がらりとムードが変わった。
「おお、かっけえじゃねえか」
「だろ、あたしゃ絶対似合うと睨んでたんだ。孫に頼んで買ってきてもらったんだよ」
「へえ、そうかい」
「…そうだよ、嫁とは仲悪くても孫とはうまくやってくもんさ」
「またいらねえひとことだよ」
何人か寄って来て周りを囲んだ。
「似合うわあ、樫木さん、どこかの組の親分みたい」
他の女性が言うとどっと笑いが起こった。
樫木は苦笑いでやり過ごすが、
…グレーな世界にいたことは間違ってはない。だが、こんなもてなしを受けるとは皮肉なものだ。
自分が高齢者専用の高級保養所に入所して、そのことは秘密にしていたのにどこからか部下をはじめ主に金の世話をした連中が連日見舞いに訪れ、対応に手間を取った。
マヤも来ていたが、その様子に遠慮せざるを得なくなるほどだった。
「娘さんもきれいで気立てがよさそうだしさあ、うちの嫁とかわってほしい位だよ」
「ほらほら、また余計なことを言う口だねえ、だから敬遠されるのさ」
「はは…。よければ誰かいい人を紹介してくださいませんか。人生を私の介護に費やしてほしくないのでねえ」
それは樫木の本音だった。何を思ったか知らないが、娘に自分の介助などと、これっぽっちも思ってなかった。そしてできれば結婚も…今度こそいい相手に恵まれてほしい。
「…世の中の男は見る目がないねえ、あんなお嬢さんを放っておく手はないよ」
「あんたんとこの嫁さんも結婚前はそう言われてたんだよ」
「おや、見てきたようなことを言うじゃないか、ゲンさん」
「そりゃあ、こんな姑がいたんじゃあ、嫁さんだって気を遣うだろうさ、饅頭を手土産にしようものなら、『血糖値が上がる!』ってつき返され…かといって健康食品なんか地味すぎて喜びそうにない…花は枯れて縁起が悪いてな…困ったばあさんだよ」
「なんだとお」
ゲンさんとハナさんの言い合いが始まった。
皆ベンチに腰掛け、にやにやしながら相槌を打っている。
それを眺めているようで樫木の目は遠い過去を追っていた。
元はバブル期に建てられたリゾートマンション…伊豆半島の海辺のこの施設はかつて宗田家が自らの余生を過ごそうと買い取った物件。その手はずをしたのは自分だった。
まさかその時は自分が入所するなどと思いもしなかったが、その宗田家の連中はいまや音信不通…。
そして彼らを追い込んだ形になっているライバル社の人知れず権力を握るマヤの元婚約者に、
思いもかけず仇討ちを取った形になってしまった。
自身もそのような指令を下したことがない不可逆の刑…。一応部下に問い詰めはしたものの、あれきり顔を見せない。
対象者となった小娘も、手を下した部下も、最悪の事態になることは避けたい。
マヤをひどい目に遭わせた張本人にも…。決して許したわけではないが。
外に出て景色を眺めている樫木に入居者の高齢女性が話しかけた。白髪入りの髪を後ろで結び、声が大きく明るくてみんなには『ハナさん』と呼ばれている。
「…何がですかな」
樫木は控えめに答えた。
「…たたずまいからして並の男じゃないよ、この前だってさあ、見舞いに来てた連中、すごいじゃないか」
「ハナさん、また噂話かい、やめときなよ」
男性の高齢者がそばに寄ってきた。
「いいじゃないか、介護さんだっていないし、あんただって、何もんだよ、って言ってたじゃないか」
「…こわもてのいい歳したおっさん連中がずらずらと…まるで大親分の見舞いさあ」
「はは…」
樫木は静かに笑みを浮かべる。
「…昔世話になったことがありましてな、隠してたんですが、どこで聞きつけたのやら、暇な連中ですよ」
「またまた…。あんたが世話してやったんだろ、そんな感じだったよ。みんな頭下げてさあ、あんな詣で初めて見たさ」
「いやいや…」
「…それでさ、樫木さん、あんたにプレゼントしたいと思って」
ハナは後ろから紙袋を差し出した。
「私に?」
樫木は車いすから身を乗り出した。
「ほら、これ、被ってみてよ」
ハナが差し出したのは『ハット』だった。いわゆるマフィアスタイル、映画やドラマでそれ風のボスが被っている、つばのある固めの帽子。
色付きのメガネにラフなカーディガンスタイルの樫木が被ると、がらりとムードが変わった。
「おお、かっけえじゃねえか」
「だろ、あたしゃ絶対似合うと睨んでたんだ。孫に頼んで買ってきてもらったんだよ」
「へえ、そうかい」
「…そうだよ、嫁とは仲悪くても孫とはうまくやってくもんさ」
「またいらねえひとことだよ」
何人か寄って来て周りを囲んだ。
「似合うわあ、樫木さん、どこかの組の親分みたい」
他の女性が言うとどっと笑いが起こった。
樫木は苦笑いでやり過ごすが、
…グレーな世界にいたことは間違ってはない。だが、こんなもてなしを受けるとは皮肉なものだ。
自分が高齢者専用の高級保養所に入所して、そのことは秘密にしていたのにどこからか部下をはじめ主に金の世話をした連中が連日見舞いに訪れ、対応に手間を取った。
マヤも来ていたが、その様子に遠慮せざるを得なくなるほどだった。
「娘さんもきれいで気立てがよさそうだしさあ、うちの嫁とかわってほしい位だよ」
「ほらほら、また余計なことを言う口だねえ、だから敬遠されるのさ」
「はは…。よければ誰かいい人を紹介してくださいませんか。人生を私の介護に費やしてほしくないのでねえ」
それは樫木の本音だった。何を思ったか知らないが、娘に自分の介助などと、これっぽっちも思ってなかった。そしてできれば結婚も…今度こそいい相手に恵まれてほしい。
「…世の中の男は見る目がないねえ、あんなお嬢さんを放っておく手はないよ」
「あんたんとこの嫁さんも結婚前はそう言われてたんだよ」
「おや、見てきたようなことを言うじゃないか、ゲンさん」
「そりゃあ、こんな姑がいたんじゃあ、嫁さんだって気を遣うだろうさ、饅頭を手土産にしようものなら、『血糖値が上がる!』ってつき返され…かといって健康食品なんか地味すぎて喜びそうにない…花は枯れて縁起が悪いてな…困ったばあさんだよ」
「なんだとお」
ゲンさんとハナさんの言い合いが始まった。
皆ベンチに腰掛け、にやにやしながら相槌を打っている。
それを眺めているようで樫木の目は遠い過去を追っていた。
元はバブル期に建てられたリゾートマンション…伊豆半島の海辺のこの施設はかつて宗田家が自らの余生を過ごそうと買い取った物件。その手はずをしたのは自分だった。
まさかその時は自分が入所するなどと思いもしなかったが、その宗田家の連中はいまや音信不通…。
そして彼らを追い込んだ形になっているライバル社の人知れず権力を握るマヤの元婚約者に、
思いもかけず仇討ちを取った形になってしまった。
自身もそのような指令を下したことがない不可逆の刑…。一応部下に問い詰めはしたものの、あれきり顔を見せない。
対象者となった小娘も、手を下した部下も、最悪の事態になることは避けたい。
マヤをひどい目に遭わせた張本人にも…。決して許したわけではないが。
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