会長にコーヒーを☕

シナモン

文字の大きさ
72 / 153
4話 機嫌の悪い日々

しおりを挟む
 週明けーー。臨海整備事業用地の土壌から汚染物質が検出された。
 会議後、水城と中野を呼んで辞令ー内示だ。

「えっ……」
「安生社長から話がいくと思うが、TIILは中止だ。撤退の方向でいくことになった」
「ええっ、何故です」
「重金属汚染だ。今週末には明るみに出る」
「そんな……」
「君たちには悪いが、海外事業に回って欲しい。駐在員が足りないんだ。土曜日に見ただろう? あの反応の通りになったよ」
「あれを売り込むんですか」
「ああ」

 中野は目を輝かせているが、水城はうつむいた。

「特に水城くん、君はアラビア語に長けている。今後は国王陛下の前で説明する場面も増えるだろう。営業能力だけでなくプラントにも詳しい君が適任なんだ」

 行きましょうよ、水城さんーー。中野は上司の手を引く。
 あのあと出雲に飛んだのだろうか。相変わらずポジティブだ。

「ーーー無理であれば致し方ない。安生社長に申し出てくれ」

 ー。水城の口からは何の返事もなかった。
 仕方ない。家族がいる上に彼は新事業に入れ込んでいた。

「失礼しますーー」

 部下の中野に促され退室した。

 社長も残念そうだ。






「会長、宇部の施設から連絡がありました」

 部屋に戻ると意外な報告が。

「市川さん体調を崩してそこで休んでいるそうです」

 体調をー?

「いかがいたしましょう」
「では迎えをやってくれ。空の旅は苦手らしいからな」
「はい」

 空路一時間とはいえ、
 山口は遠かったか……

 暗雲である。
 このときはまだあんなことになるなんて、夢にも思ってなかった。






「いやあ、九条くん、見たよ、幕張の。技術の進歩はすごいねえ」

 ホテルの個室に明るい声が響く。
 声の主ーー山口県知事に就任した長嶺氏は前からの友人だ。
 隣にデザイナー御堂、知事側近の若い男が向かいに座る。

「そうか、君も千葉に来てたのか」
「いやいや、ネットでね。都合が合えばぜひ見てみたかったね」

 歳は向こうが少し上だが、仕事上は自治体の外部アドバイザーという立場で接している。

「最新のゴミ処理施設。いいものがあるんだねえ」
「残念ながら国内では使えなくてね」
「そうだったか、残念だ」

 知事はチラと御堂に視線を移した。

「これもあなたのデザインだとか。いい、持ってますねえ」
「ありがとうございます」

 将来建て替える予定の公共施設をぜひ我が社にという。
 公共施設なのであくまでも『世間話』としてだ。

「ぜひ我が県も導入したいものです」
「ええ」

 彼女も返答に困るな。
 ーーそれよりもだな。
 ずらっと並んだ料理の一品、シュリンプカクテルが気になって仕方ない。

 ーー私の皿にエビは出すなと言ってあるのに。先方持ちの接待では強く言えないか。我々企業では相手の好みを細かく調べ上げるのだが。所詮はお役所か。

「ーーああ、すまないがこれを下げてくれ」

 グラスの縁に吊るされた小エビ。見るに耐えず給仕を呼んだ。

「なんだ、エビが嫌いかい?」
「まあね」

 死体がグラスの縁にぶら下がっている。こんな残酷な盛り付け、よく思いつくものだ。

「気の毒に。お嬢さんが食べづらそうにしているじゃないか」知事はチラと隣に目をやった。

 ーーああ、そうか。

「私を気にせず食べなさい」
「そうですよ、せっかくの料理だ、どうぞどうぞ」
「は、はあ。じゃあ、いただきます」
「どうぞどうぞ」

  向き直して話を始める。

「どうだろうか。県の市民センターなんだが老朽化してきてね。建物としてはまだいけそうなんだが。複合モールはどうかと意見が出ていてね」
 モール?
「リニューアルですか」御堂が尋ねた。
「……数年後の話だろう。それに我が社はモールはやってないのだが」
「え、そうだったか? 遊園地のようなものなかったか?」
「ああ、一箇所だけな。うちは父の代から伝統的に小売に手を出してないんだよ」
「そうだったか……。まあ、これからはどうなるかわからんだろう。一度見に来てくれよ。商工会の連中が頑張ってるんだがね。我が県も流行り物に乗っかりたいんだよ」
「流行り物?」
「ほら、鳥取空港が〇ナン空港に名前を変えただろう? 原作者が鳥取出身なんだ。今や大先生だよ。うちも県出身の有名人にあやかりたいのさ。我が県が誇る偉大な人物にね! ーー例えば星川先生だ」

 言われてもそのうちのどれも知らない。これだからローカルな話題は困る。

「ーーーへえ、星川先生って山口ご出身なんですか。『ゴードン』とタイアップ……それじゃあこれからキャンペーンか何かなさるんですか」何も知らない自分に代わって御堂が返した。
「ええ、それで今私含めて走り回ってるんですよ。まず空港を『ゴードン』空港に名称変更したい。新幹線の駅も一つ専用のものを建て替えたい」
「新幹線もキャンペーン中なんでしたっけ。駅で見たことあります」
「おお、そうですか。みんな必死ですよ。できることならミュージアムもね。よその県に建てられでもしたら面目たたないですからね。我が県を『ゴードン』色に染めたい!ーーこれらは、私ではなく下から上がってきた意見なんです」
「…………」

 唐突に何の話を始めるんだ。さっぱりわからず置いてけぼりだ。ゴードンとは何だ?

「当選前はそんなこと言ってなかったがね。ひたすら、国取り合戦は時代遅れだ、戦うのはやめましょう、ありのままでいいんですーー。ではなかったか? 何を率先して他県の真似をしようというのだ」
 皮肉を込めて口を挟んだ。
「そう言わないでくれよ。どこ行ってもすごいんだよ。要請がねえ。私もそりゃ自分の夢だけを追っていたいよ。だがこれが現実なんだよーーー」

 現実だと? そのゴドンなんとかが? 星川先生?

 知事は身を乗り出した。

「なんだ、もしかして知らんのか? キミ、特撮世代だろう」知らないのはおかしいとでも言いたそうに。

 ーーだからそれはなんなんだ?

「私が特撮?を見ると思うか?」
「名前くらいは知っているだろう」
「私は30手前までアメリカにいたんだ。流行モノには疎いよ。キミも知っているだろう」慎ましやかに反論した。「バットマンとスーパーマンの区別ならつくがね」

 知事はやれやれと両手を挙げた。

「……まあ、後で調べてくれたまえ。今それで頑張ろうとしているんだよ、我が県あげて」
「知事、そこまでにしてください、あまり口外なさると後が困りますーー」

 いかにも神経質そうなメガネの側近が口止めした。





「キミは今日の話理解できるのか?」

 帰りの車で御堂に尋ねた。

「ええ」さっとタブレットを差し出される。「こちらが『ゴードン』です」

 ……日本独特のロボットか。どのみち我が社とは関わりがなさそうだが。

「あと、新幹線がなんだって?」

「はい。『ゴードン』の新幹線が新大阪~博多間を走っているんですよ。こちらです」とまた見せられる。

 ……車体をそれ仕様に塗り替えてるのか。シルバーと黒と蛍光色。どぎつい色だな。これが現にレールの上を走っているとは。我が国も変わったな……。

「昔の特撮…SFXのリメイクです」

 星川氏は漫画家で、テレビシリーズ化された『メタル戦士ゴードン』は一斉を風靡し、とくにコインや廃鉄を吸着してボディや武器にするところが庶民に大受けしたのだという。当時は関連のメタルコインが大量に出回ったそうだ。

 原作者星川氏が山口県出身であることに乗っかって県アピールしようというのである。

「いずれにしても我が社が関わることはなさそうだ、新幹線にモール……」
 まるで結びつかない。やはりただの世間話で終わりそうだ。
「あのう……会長、あの方とは……」
「ああ、知り合いなんだよ」
「そうなんですか。なんだか知事さんていうより……営業のお話が流弁でした。お若いですし」
「民間人出身だからね。旅行会社にいたんだよ」
「それでですか、お話し方がそれっぽいなと。あと声が大きい」
「そうだね、まるで添乗員だよ、実際そうだった。昔から話がうまいね、まさか知事になるとは思わなかったが」

 金を出しても聴く価値はある、彼の演説……。

「街頭演説をするから聞きにこないかと言われて福岡に行ったついでに寄ったことがあったな。下関だったか。スーパーマーケット前の広場のようなところだったが……」

 何故かごみ問題…具体的には地域の焼却炉の話だった。えらく現実味を帯びていたのが印象的だ。

「……少し聞いて帰ろうと思っていたのに、結局全部聞き終えていた。しまいには拍手喝采だ。自分の経験に基づいた話ばかりでどこの政党の悪口を言うでもない。それまで築いて来た信頼の輪と言うのかね、世話した学校や企業や団体が自発的に動いて支持基盤が自然と増えていった。なんといっても保守中の保守の地で無所属当選したんだよ。見習わなければならないね」

「そうだったんですか……」
「だからと言って彼の言う事業とは遠く離れているがね」
「実現するといいですが……」
「随分先の話だろうね。それまで彼の任期が続けばよいが。……ただあの側近はすぐにでも変えたほうが良さそうだ」


 ーーまあ無理だろう。夢と現実。そう簡単にいくはずがない。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

妖狐の嫁入り

山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」 稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。 ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。 彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。 帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。 自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!   & 苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る! 明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。 可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ! ※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...