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1話 会長にコーヒーを
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そろそろ寒い、夜の新宿。でも何だかバイトのときより楽しい。
それはお客さんがひとりだから……。お客さんがあの人だから?
久しぶりに本屋さんで料理の本めくってみたり。
ああ、思い出す。メニュー開発にみんなで研究したっけ。
なつかしーなー……。
数あるバイト経験の中でもカフェのバイトは私に合ってたかもしれない。
あの時やめてなかったらまだ続けてたかな。
でもな、店長がちょっと……。
それに親がいい顔しなかった。
勤めるなら絶対大きな会社だ、なんて信じちゃってるから。
これだから田舎者は困る……。
でも今その大企業にいるけどね。念願の正社員で。
初給料もらったら絶対親に報告しよう。
――驚けよ、親!
私ははりきっちゃってすごく早く出社した。
「おはようございます」
「おはよう。市川さん。早いのね……」
不安げな室長さんに挨拶してとっとと上に上がる。
「どうぞ」
「ありがとう」
朝イチのコーヒー。会長は何も言わず口をつけて。
その様、ホント絵になってるから私のやる気は増幅する。
最初のブレークタイムが済むと、私はPCを開けた。
ノートパッドに昨夜考えたメニューをズラズラ書き出す。
今日は……。
ふふ。タコスなんてどう?
お店のメニューをアレンジ。
白髪ねぎのチャーシュータコス。
ねぎはちょっとお昼には香りが残るから別のアレンジで。
これってやや中年向けじゃない?
彼には休憩時間ていうものが存在しなくて、仕事が一段落したときがお昼の時間だ。
「あ、あの。お口に合うといいんですけど」
「ん。ありがとう」
頃合を見計らってお出しすると、すっと手にとって食べる。
……至福の瞬間。
遠くから覗き見する。
いいな、この感覚。
なんかくすぐったいような。そんな感覚。
彼はPC見ながら綺麗に食べてくれた。
「君は器用なんだな」
お皿下げるときそう言われて顔から火が出そうになる。
「――と、とんでもないです。こんなの誰でも出来ますよ。本とかにも出てるし。それに私、カフェで働いてたんで」
言っちゃった。
「カフェ?」
「は、はい」
「……そうか。だが君が初めてだよ、そこで料理なんてしたのは」
「そ、そうですか」
――無茶苦茶照れる。私みたいなのってその辺のカフェにごろごろいるのに。
ラッキーだよね。マジこの運大切にしなきゃ。
午後。会長は誰かと会話をしていた。
画面越しにずっと……。
低く流暢な英語が心地よく流れて。
便利だよね。
部屋にいて大抵のことできちゃうんだもの。
カフェの設備まで整っててさ。
……ちょっとしたウチじゃない?
くす。
ここがウチだったらなー。
そう思うともっと楽しい。
私の部屋なんてぼろアパートだし。
会長さんってどんな所に住んでるんだろう。
きっとすごい家なんだろうな。
億ションてヤツかな。
……その前にこの人結婚してるの?
そういえば誰も教えてくれなかった。
……してるだろうな。33歳なら。
奥さん、どんな人なんだろう。
――でも。指輪してたっけ?
会話が終わった。
「あ、あの」
「ん?」
不意に。
「……あ、甘いものはお食べにならないんでしょうか?」
そう言って近づいて。
「甘いもの?」
「はい」
「――そういうのはあまり食べないんだが」
――自分だけ食べるの悪いし。
「コーヒーに合うものを作ってみようかなと思うんですけど」
「ん。……あまり甘くなければ」
「はい」
ちらっと見たら彼の左手に指輪はなかった。
ドキドキした。
――でもま、男の人って指輪嫌がる人多いって聞くし。
この人、そういうタイプかも。
潔癖症だから……。
席に戻ってさっきのパッドを出した。
甘いもの。スイーツ――。
何がいいかな。
トライフル。
ぱっと浮かんだ。
……ちょっとこってりし過ぎかな。
フォンダンショコラ。
……これも重いか。
――プリンは?
ん、食べたい。
フルーツ添えて。
――あ、でもお子ちゃまっぽいかな。
会長がプリンなんて。
「プ」
ちょっとかわい過ぎる。第一コーヒーに合わない。これはダメだ。
何がいいかな。突然あんなこと言うから。私。
また本屋あさってみようか。
いや、ネットで調べるとか。
いいのかな。会社のPCそんなことに使って。
なんかこれって仕事してるっていうより……。
なわけで連日街をうろつく私。
何軒目かの本屋で昔のカフェメニュー本を見つけた。
棚に手を伸ばすと、別の手が近づいてきて。
「あ」
同じ本のところでぴたっと止まる。
ぱっと顔見てびっくり。
バイトしてたカフェの店長だ。
「や、香苗ちゃんじゃん」
「あ、お久しぶり……デス」
ちょっと伏目がちに挨拶する。
相変わらずだ、店長。栗色のロン毛。ふわっとウェーヴかかってて。
まあ今風のおにいちゃんだよな。
「元気ー? その後どうしてる?」
「あ、派遣登録して」
「へーそうなんだ。じゃ、事務?」
「は、はい。まあ」
私はいかにもそんな風に見えたんだろうな。
服装が随分と落ち着いちゃってるし。化粧も。
カフェにいたときと自然に変わった。
「真面目にOLしてるんだ。どう?」
「うーん。まあまあです」
こんなとき、『バッチリです!』って言えないのはどうしてなんだろう。
マジラッキーな職場なのに。何故かそのこと隠してしまう。
「店長は? メニュー研究?」
「ん。まあ、そんなとこ」
こんな時間に? まだ店やってるだろうに。
「今日は休みですか?」
「ああ。実は独立して店出したんだよね」
「え? それはおめでとうございます」
そっか。それで。
私は納得した。
……20代で店かあ。
割とよく聞く。
私もどこかでそんなこと思っていた。
体壊してやめちゃったけど。
それに……。
この店長、ちょっと苦手だった。
いい人っぽいんだけど。
具合が悪くてバックで休んでるとき妙に体触られて。
一緒にバイトしてた子が『エロ店長』なんて呼んでて。
ふざけて言ってるのかと思ってたら『ヤラれかけた』って聞いて驚いた。
実は……。
それが店を辞めた決定的な原因かもしれない。
「もしさ、また働いてみようって気になったら教えてよ。ケータイ変わってないから」
「はい」
懐かしいけど……。私は今の方がいいな。なんちゃってカフェ。
結構長話して、結局本はどちらも買わなかった。
部屋に帰ってシャワー浴びて、メニュー決めて。
出来上がって時計を見るともう12時……。
私はモノを冷蔵庫に入れて、寝ようとした。
―――ガタンッ。
音が響く。
隣りの住人が帰ってきたんだ。
どやどや足音が聞こえる。
もしかして……。
『連れ込み』?
さっと布団に潜る。
「ああ、しまったっ。まただ、きっと!」
思った通り……。そのうち壁の向うから声がきこえはじめる。
つまり、となりの男が女を連れてきて、そういうことやってるわけ。
「ああん、はぁ」
とかそういうの。やめろー!
ここ壁が薄くて『アノ声』がすごくよく聞こえるのだ。
これがもうすごいのなんのって……。
実際聞いてみないとわかんないだろうけどね。この辛さ。
枕をぎゅうって耳に押し当てても聞こえるくらいだ。
――ああ、失敗。店長なんかに会うから!
「×××!!!」
スゲ。
注意しようにも恥ずかしくて出来ない。
だからいつも早寝するようにしてるのに……。
「×××××!!!」
うるさいっ。
早く終われよ、このエロ住人。振動まで伝わってるぞ。
くそぉ、こんな部屋給料入ったら絶対引っ越してやる――。
うるさい、うるさいい――。ああ、早く出社したい……。
それはお客さんがひとりだから……。お客さんがあの人だから?
久しぶりに本屋さんで料理の本めくってみたり。
ああ、思い出す。メニュー開発にみんなで研究したっけ。
なつかしーなー……。
数あるバイト経験の中でもカフェのバイトは私に合ってたかもしれない。
あの時やめてなかったらまだ続けてたかな。
でもな、店長がちょっと……。
それに親がいい顔しなかった。
勤めるなら絶対大きな会社だ、なんて信じちゃってるから。
これだから田舎者は困る……。
でも今その大企業にいるけどね。念願の正社員で。
初給料もらったら絶対親に報告しよう。
――驚けよ、親!
私ははりきっちゃってすごく早く出社した。
「おはようございます」
「おはよう。市川さん。早いのね……」
不安げな室長さんに挨拶してとっとと上に上がる。
「どうぞ」
「ありがとう」
朝イチのコーヒー。会長は何も言わず口をつけて。
その様、ホント絵になってるから私のやる気は増幅する。
最初のブレークタイムが済むと、私はPCを開けた。
ノートパッドに昨夜考えたメニューをズラズラ書き出す。
今日は……。
ふふ。タコスなんてどう?
お店のメニューをアレンジ。
白髪ねぎのチャーシュータコス。
ねぎはちょっとお昼には香りが残るから別のアレンジで。
これってやや中年向けじゃない?
彼には休憩時間ていうものが存在しなくて、仕事が一段落したときがお昼の時間だ。
「あ、あの。お口に合うといいんですけど」
「ん。ありがとう」
頃合を見計らってお出しすると、すっと手にとって食べる。
……至福の瞬間。
遠くから覗き見する。
いいな、この感覚。
なんかくすぐったいような。そんな感覚。
彼はPC見ながら綺麗に食べてくれた。
「君は器用なんだな」
お皿下げるときそう言われて顔から火が出そうになる。
「――と、とんでもないです。こんなの誰でも出来ますよ。本とかにも出てるし。それに私、カフェで働いてたんで」
言っちゃった。
「カフェ?」
「は、はい」
「……そうか。だが君が初めてだよ、そこで料理なんてしたのは」
「そ、そうですか」
――無茶苦茶照れる。私みたいなのってその辺のカフェにごろごろいるのに。
ラッキーだよね。マジこの運大切にしなきゃ。
午後。会長は誰かと会話をしていた。
画面越しにずっと……。
低く流暢な英語が心地よく流れて。
便利だよね。
部屋にいて大抵のことできちゃうんだもの。
カフェの設備まで整っててさ。
……ちょっとしたウチじゃない?
くす。
ここがウチだったらなー。
そう思うともっと楽しい。
私の部屋なんてぼろアパートだし。
会長さんってどんな所に住んでるんだろう。
きっとすごい家なんだろうな。
億ションてヤツかな。
……その前にこの人結婚してるの?
そういえば誰も教えてくれなかった。
……してるだろうな。33歳なら。
奥さん、どんな人なんだろう。
――でも。指輪してたっけ?
会話が終わった。
「あ、あの」
「ん?」
不意に。
「……あ、甘いものはお食べにならないんでしょうか?」
そう言って近づいて。
「甘いもの?」
「はい」
「――そういうのはあまり食べないんだが」
――自分だけ食べるの悪いし。
「コーヒーに合うものを作ってみようかなと思うんですけど」
「ん。……あまり甘くなければ」
「はい」
ちらっと見たら彼の左手に指輪はなかった。
ドキドキした。
――でもま、男の人って指輪嫌がる人多いって聞くし。
この人、そういうタイプかも。
潔癖症だから……。
席に戻ってさっきのパッドを出した。
甘いもの。スイーツ――。
何がいいかな。
トライフル。
ぱっと浮かんだ。
……ちょっとこってりし過ぎかな。
フォンダンショコラ。
……これも重いか。
――プリンは?
ん、食べたい。
フルーツ添えて。
――あ、でもお子ちゃまっぽいかな。
会長がプリンなんて。
「プ」
ちょっとかわい過ぎる。第一コーヒーに合わない。これはダメだ。
何がいいかな。突然あんなこと言うから。私。
また本屋あさってみようか。
いや、ネットで調べるとか。
いいのかな。会社のPCそんなことに使って。
なんかこれって仕事してるっていうより……。
なわけで連日街をうろつく私。
何軒目かの本屋で昔のカフェメニュー本を見つけた。
棚に手を伸ばすと、別の手が近づいてきて。
「あ」
同じ本のところでぴたっと止まる。
ぱっと顔見てびっくり。
バイトしてたカフェの店長だ。
「や、香苗ちゃんじゃん」
「あ、お久しぶり……デス」
ちょっと伏目がちに挨拶する。
相変わらずだ、店長。栗色のロン毛。ふわっとウェーヴかかってて。
まあ今風のおにいちゃんだよな。
「元気ー? その後どうしてる?」
「あ、派遣登録して」
「へーそうなんだ。じゃ、事務?」
「は、はい。まあ」
私はいかにもそんな風に見えたんだろうな。
服装が随分と落ち着いちゃってるし。化粧も。
カフェにいたときと自然に変わった。
「真面目にOLしてるんだ。どう?」
「うーん。まあまあです」
こんなとき、『バッチリです!』って言えないのはどうしてなんだろう。
マジラッキーな職場なのに。何故かそのこと隠してしまう。
「店長は? メニュー研究?」
「ん。まあ、そんなとこ」
こんな時間に? まだ店やってるだろうに。
「今日は休みですか?」
「ああ。実は独立して店出したんだよね」
「え? それはおめでとうございます」
そっか。それで。
私は納得した。
……20代で店かあ。
割とよく聞く。
私もどこかでそんなこと思っていた。
体壊してやめちゃったけど。
それに……。
この店長、ちょっと苦手だった。
いい人っぽいんだけど。
具合が悪くてバックで休んでるとき妙に体触られて。
一緒にバイトしてた子が『エロ店長』なんて呼んでて。
ふざけて言ってるのかと思ってたら『ヤラれかけた』って聞いて驚いた。
実は……。
それが店を辞めた決定的な原因かもしれない。
「もしさ、また働いてみようって気になったら教えてよ。ケータイ変わってないから」
「はい」
懐かしいけど……。私は今の方がいいな。なんちゃってカフェ。
結構長話して、結局本はどちらも買わなかった。
部屋に帰ってシャワー浴びて、メニュー決めて。
出来上がって時計を見るともう12時……。
私はモノを冷蔵庫に入れて、寝ようとした。
―――ガタンッ。
音が響く。
隣りの住人が帰ってきたんだ。
どやどや足音が聞こえる。
もしかして……。
『連れ込み』?
さっと布団に潜る。
「ああ、しまったっ。まただ、きっと!」
思った通り……。そのうち壁の向うから声がきこえはじめる。
つまり、となりの男が女を連れてきて、そういうことやってるわけ。
「ああん、はぁ」
とかそういうの。やめろー!
ここ壁が薄くて『アノ声』がすごくよく聞こえるのだ。
これがもうすごいのなんのって……。
実際聞いてみないとわかんないだろうけどね。この辛さ。
枕をぎゅうって耳に押し当てても聞こえるくらいだ。
――ああ、失敗。店長なんかに会うから!
「×××!!!」
スゲ。
注意しようにも恥ずかしくて出来ない。
だからいつも早寝するようにしてるのに……。
「×××××!!!」
うるさいっ。
早く終われよ、このエロ住人。振動まで伝わってるぞ。
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