会長にコーヒーを☕

シナモン

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2話 恋の神様

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 いよいよ桜の蕾がほころびはじめた3月最終週。
 新宿界隈の花の状況がこの高い階からも確認できる。
 今日は例のプレゼンテーションの日だ。
 同じフロアにあるご立派な重役専用ミーティングルームには社長、副社長、専務、社長の精鋭チームとやらの社員さん数名、系列のT不動産社長、副社長、社員さん2人が次々入室する。
 こういう場面に居合わせると、会長は一番偉いのねと改めて思う。
 いつもの重役連中はそうでもないけど、T不動産ご一行様は真っ先に会長に頭を下げる。握手し一言二言交わして。
 ひときわ丁寧な若手社員さん。もう1人は女性だ。雑誌のモデルさん? と思うほど完璧コーディネートのパンツスタイルに身を包んだ美女。
 その彼女、会長と目が合うや否や、

「九条会長、ご無沙汰いたしております」

 それまでの人たちにない大きな声とともに60度近い敬礼をして挨拶をしたものだから私はぎょっとした。

『武道系!?』

 そんな感じのまさしく『敬礼』。今時こんなお辞儀する人がいるんだ。
 びっくりしたのは私だけで、誰が目を向けるでもなく、席についていく。会長もいつもの無表情。その美女も着席した。
 重役ずらずら並ぶ前でプレゼンテーションを行うのはあの水城さんと、T不動産の男性社員さんだ。

『プレゼンもやってもらえるの~? ありがとう、市川さん。あー嬉しい』

 なんてありがたがられちゃったけど、永遠に代わって差し上げますよ。
 こんなドラマみたいなシーンそうそう見れるもんじゃない。
 重役会議と同じく水と資料並べて突っ立ってるだけだもの。楽~。
 私、ミーハーですわ。田舎っ子にはたまりませんて。
 おじさんたちの上座でじっと見守る会長。いくら創業者の家系とはいえ気を遣うだろう。いらっしゃると場が締まるわ。そんな気がする。絵的にもね。あんな美女に目もくれないなんて。緑川さんの言ってたことは本当なのかな。会長の過去って一体……。あの美女とはどんなつながりで?
 そんなこんなを妄想しながら過ごす約2時間。この時間突っ立ってるのが吉永さん達には苦痛らしい。
 特に突っ込まれることなく、会は無事終了。最後は誰からともなく拍手で締めくくられた。社長の満足そうな笑み。私は知っている。先週1回、今週1回会長の『お直し』があったの。反対意見なんて出るわけない。
 例の美女は傍聴者として参加したデザイナーさんだそうで。帰りも深々と会長に頭を下げたのが印象的だった。

「あの女性の方って会長の後輩さんですか? 丁寧でしたね」

 皆が出て行った後飲み残しのペットボトルの水をどぼどぼ流しに流しながら隣の室長に尋ねた。

「御堂さんね。ふふ、会長に鍛えてもらったのよ。久しぶりに見たけどあの人、以前とはまるで別人ね」
「えっ、そうなんですか」

 別人? あんな美女にもビフォーアフターがあるのかな。

「ちらほらいるのよ、そういう人。これからは水城さんがそうなるのかしら」
「へえ」

 じゃあお気に入りなのかな。そうは見えなかったが。

「市川さん、もういいわよ。あなたも準備があるでしょう」

 もっと聞こうとした私の作業の手を止めるべく、室長は言った。

「いつもごめんなさいね。頑張ってね」
「はあ」



 会長室のテーブルに季節の品が並ぶ。
 お客様は先ほどの水城さんとT不動産の男性社員さん、各々の社長副社長だ。
 今晩は満月だそうで、月をイメージしたウニのスフレ。それを絡めていただく枝豆を練りこんだスティックパイ、パステルカラーのボンボン状チーズケーキ、3種類のベリーを浮かべた水玉模様のジュレなど。オヤジにはチーズ系が好評なので通常ショコラにするところそれにしてみた。足つきのガラスの大きな器にミモザとユーカリの花つきの小枝とクリスタルを垂らして若干豪華めにコーディネート。……インテリアショップスタイリストさんのオススメよ。

「じゃ、中野くん」
「はい」

 茶会兼名刺交換会ですね。中野氏はT不動産社長のお気に入り。お気に入り同士の顔合わせよ。
 この水城中野コンビが中心になってプロジェクトを進めていくのね。
 社長はニコニコ嬉しそう。
 どことなく貴族チックなテーブルのせいか会長は何だかロシアの皇帝みたいですわ。
 社長と副社長にはさまれ若干緊張気味なお気に入りの面々。
 この人たち将来の幹部候補筆頭か。こういうシーンも中々見れるもんじゃないよね。
 殆ど社長副社長の雑談だった短い宴は終了した。

「九条会長、本日はどうもありがとうございました」

 2人揃って深々と頭を下げる。
 会長はノーリアクション。いつものことだ。

「ご馳走になりました。会長専属のパティシエールにおもてなしいただき大変光栄です。社内で見かけることがありましたらどうぞお声をかけてください」

 いきなり振られてぎょっとした。同じくらい丁寧な礼をされて。この私に。
 せ、せんぞく……何ですって??

「あ、ありがとうございます」

 慌てて礼をして、バタンとドアは閉まる。

 振り返ると会長は平然と腰掛けたまま。一瞬目が合って、

「この部屋に来て君の手料理を食べると何やら縁起が良い……とごく一部で囁かれているそうだが。フ、別にそれにあやかるわけじゃないがね。手間を取らせたね」

 何ですと?
 ごく一部って、社長と副社長しかいないじゃないー…。

「そ、そんな」

 変な噂流さないで。

「……失敗は許されないわけだが。ま、何とかなるだろう」

 社長、嬉しそうでしたね。

「社長、喜んでらっしゃいましたね。意外と……控え目なのかな」
「私に遠慮してるんだよ」
「え?」
「口うるさい監査人が全権を握ってるようなものだからな。だがね、政策と同じで締めてばかりでは覇気がなくなる。自然と士気も下がる。やはり何らかの景気づけは必要だ。社長がやる気になっているのなら尚更都合がよい。多少の誤差は他で調整つければいいことだ」

 会長……。会社の帳簿は締めてるんだ。自分の財布はザルなのに。

「さ、もうひと仕事するか」

 会長はさっと立ち上がった。

「君、夜は空けておきなさい。食事に行こう」

 ぽんと肩を叩かれる。

 よっしゃー。そうくると思って実はあらかじめ練っていたのだ。


「先に出て買い物でもしていなさい。今日は君の好きな店に行こう。7時には行けるだろうから待ち合わせ場所はPCにメールしてくれ。出先で見る」
「はい」

 ラジャー。思惑通り。しめしめ……。

 会長は某シンポジウムに出席するため会社を出られた。
 今日は調子良いみたいで。良かった。



 片付けの後、スフレを持って秘書室に降りる。
 甘くないスイーツだけどね、夕方近くで空腹気味の皆さんには関係ないみたいだ。

「オレはじめて食べましたよ。おいしいっすね」
「私食べたことあるわ。名古屋のフランス料理の店だったかな。これだけを食べれるなんて得した気分ね。しかもオフィスで」
「名古屋ですか。地元でしたよね?」
「そうそう」

 盛り上がりついでに、男の社員さんが話を振った。「そういえば御堂さんが来てたんでしたっけ」
 さっきの女の人だ。室長が頷いた。「ええ」

「見たかったな。でもオレはとても立ってられないなあ。どうしても昔の御堂さん思い浮かべちゃって」

 ぷっと大きく吹いた。

「オレもだ。皆そうだよ。室長位だって、凛としてられるの」
「御堂さんて……そんなに違うんですか?」
「そうだよ。化粧濃かったんだぜ~。アゲ嬢以上やまんば一歩手前。あ、やまんばってわかる?」

 ええ?

「春日くん、やめなさい」
「事実ですよー? 社内の名物だし。皆知ってる有名人」
「へえ」
「あの人さ、設計デザイン部で一番実力あるからさ。課長部長が注意はするんだけど、聞かなくて、ついつい見逃されてたの。表舞台には出なかったからな。遂に社長直々に勧告下ったんだけどそれでもやめなくてね。何だかさ、聞く所によると株主の娘らしいんだわさ」

 株主ー? アゲ嬢ってやまんばって(伝説の黒塗りメイクファンキーな女子たちの総称)。

「社長が会長に言ったかなんかで、呼び出し食らったの。そん時オレが部屋に通したんだけどさ、今でも覚えてるよ。スゲー度胸だぜ。いや、どっちも。


『安生社長が何度注意しても聞かないそうだが、君はその風貌でプレゼンの場に出るつもりでいるのか?』
『出る気はありません。裏方で結構です~』
『それでは困るんだが』
『会社を辞める気もコレやめる気もないです~』
『……そうか。ところで金沢のSB港湾開発事業は知っているな?』
『はい』
『現状では地元C社でほぼ決定していて取れる見込みはない。だが可能性がないわけではない。最後の選考は市民投票で決まる。もし取れれば特例として認めよう。落ちれば……或いは面倒だと思うなら、今すぐ辞めてもらって結構だ』


 ーーーいますぐ辞めてもらって結構だーーー

 ずばっとさ。聞いてて恐かった~。御堂さんむっとして帰って行ったよ。それから仕事頑張ったらしいぜ。で、コンペに出展して」
「どうなったんですか」
「……見事落選。実はさ、上層部には既に伝わってたみたいなんだけど、やっぱりC社で決定だったんだと。市民投票なんて関係なく。それ知ってて会長はやらせたんだよ。御堂さんさすがにがっくりきてたって。すぐに退職願提出して、受け取った課長が社長に持って行って、社長が御堂さんを呼んだんだ。

 ーー明日にでもそのメイクと服装を改めるのならこれは見なかったことにしてもいいーー

 と。職場の連中は9割方来ないだろうと思ってたらしい。ところが。ご覧の通りの変貌振り。当日のことは今でも伝説さ。こうだくみが沢尻エリカに変身したーって、ちょっとした祭り状態だったんだって。上司と一緒に社長に挨拶しに行ってさ、あそこの社長も人情派だからバラしちゃったんだよ、全部会長の指示だって。その足でここへ来て、俺ら誰もわかんなかったよ、マジで! 名前言われても、どちらのミドウさんですか? だったもんなあ」
「だったなあ」
「会長の前で、御堂さん、深々と頭下げて、

 ーーこの度は申し訳ありませんでした。九条会長のご配慮感謝いたします。今後もご指導のほどよろしくお願いしますーー

 でっかい声ではきはき、別人だよ。俺あんぐり。会長、顔色ひとつ変えずに俺に目配せして、びびった~~。え、俺!? 連れて行けってか? でもさ、彼女それ以来変わったよ~。何より例のコンペ、市民投票でダントツ一位だったんだと。でさ、それがオーストラリアのどっかの自治体の関係者の目に留まって、ブリスベンだかメルボルンだかそっちで今建設中だよ」
「ゴールドコーストよ」
「あ、そうそう」
「すごいですね」
「うん。今のが無事進めば20代にして主席デザイナーさ。やっぱ会長って指導者タイプだわ。恐いけどそれ乗り越えた人間は出世コースまっしぐら。会長に敬礼する若手社員はうちの生え抜きだよ。特別枠っていうか。注意して見てみなよ。殆どの社員が会長のこと知らんから通り過ぎるけど中には御堂さんみたいなのがいるからさ。高島屋敬礼してるヤツ!」

 あははははと笑い声が響く。
 知らないから……。あの人が代表取締役だなんて私も知らなかった。
 会長こそ表舞台に出ない。重役専用フロアにいて専用エレベーターで出入りして、殆どの社員はあの人のこと知らない。あんなに働き尽くめなのに。

「市川さんもそうだよね~。今日も美味しかったよ。またよろしくおねがいしまっす」
「あはははは。ど、どうも、光栄です……」

 私なんて大したこと何もできないけど。
 ほんのちょっとでもお役に立てれば……って思うよね。

 だけど。

 専属パティシエールはちょっと。

 やめて……。



 面白い話聞いちゃった。
 オキニ?なのかなあの人。
 ってか、よその社長から喝入れ頼まれるなんて、ご意見番か!
 無条件に偉そうな人って必要なのね。会社って組織には。
 本人はやりにくいかもだけど……。

 私は密かに企てていた。
 串かつデート。店は押さえた。場所は新宿東口界隈。会長と待ち合わせして、店に向かうその足で誘導しちゃうのだ、例のクラブに。
『弟さんらしい人がいるんですけど、一緒に行って確かめてください』
 強引に店まで行っちゃえば何とかなる。
 そしてもうひとつ。籠バッグの中には細長いパッケージが。1週間遅いけどささやかなプレゼント。週末に買って、この日のためにとロッカーに入れておいた。渡せるといいんだけど。

 待ち合わせ場所に歌舞伎町手前のドラッグストア、マツキ〇を指定して時を待つ。
 ドキドキする。
 もし高広くんだったら最高のプレゼントになるだろう。
 違っていたら……。笑ってごまかせばいいや。私もすっきりする。
 どうしても頭からあの人が離れない。気になって仕方ない。
 弟さんの人となりを聞けば聞くほどタイプが違うんだけど、寝て起きるとやっぱり……って元に戻っちゃう。まるで何かにせかされるように。イメージが重なる。

 会長、タクシーで来るのかな。
 時間通りに現れるわけないし、今どこにいるのかもわからない。
 私は他の客と同様に店先で商品を手に取ったりして時間をつぶしていた。
 その時だ。

「やあ、仕事帰り?」

 ぽんと肩を叩かれた。
 ドキーンと胸が鳴った。声だけで。

「こ、こんばんは」

 にこっとさわやかスマイル。相変わらずなホストスタイル。
 こんな所で遭遇するとは。

「今からお仕事ですか?」
「そう」
「こんな所で会うなんて、びっくりしました~」
「ここ、通り道だからさ」

 チャーーンス! 店に行く手間省ける。
 とっさにそう思った私は彼を引きとめようとちょっとした小芝居を打った。

「私……気分悪くて」
「早退したの?」
「はあ、まあ。あのーちょっと見てもらえませんか? 薬たくさんあって、よくわからなくて」
「え? ちょっとだけなら」

 ああ、早く会長来ないかなーー。ナイスタイミングなのに。
 気は焦る。
 ここ来て10分は経っただろうか。

「えーと、何だったけな、薬の名前、忘れちゃった。久しぶりに買うから……」

 店内の痛み止めの棚の前で悩んでいる振りをする。
 隣の彼はシャツの上にコートのような長いシャツのような上着を羽織っていて、それのポケットに手を突っ込んだまま、ずらっと並ぶ薬の列をじーーっと見ていた。
 ふと独り言のように呟いた。

「頭痛かな。あんまり薬に頼らない方がいいよ」

 ……ドラッグストアにいてその台詞はないっしょ。
 私は振り向いた。意外な顔してたかもしれない。

「神経抑えてるに過ぎないからさ。水飲んで1日寝てりゃ大抵は治るよ。OLさんて休めないのかな」
「い、いやそういうわけじゃ。食あたりかも」
「あー、そっちか。女の子って色んなもん食うからなー。そりゃバランス崩れるって。日本人なら梅と昆布だぜ」

 あまりにも外見とかけはなれた台詞に私は口をぽかんと開けた。
 ちょ、この人貧乏出身?
 とても金持ちの息子の言葉とは思えない。
 まるでうちのおばあちゃんが言いそうな台詞だ。

「あ、あとみかんの缶詰なんかもいいな。ジュースごと食べると回復早いよ」
「あ、はは。面白いですね、それ。おばあちゃんが昔言ってたような。よくご存知で」
「そりゃ、こういう仕事してたらさ。一番気を遣うもんな」
「はあ」

 不思議な空気が流れるその時だ。
 それを払拭するきんきん声が突如耳に突き刺さった。

「りょおったらこんな所にいたっ! 探してたんだからーー」

 あ。
 お店で睨まれた子だ。
 キャバ嬢系って似てるけど、きっと同じ人。また睨まれたから……。
 キッって。

 彼の腕を掴み、ぐんぐん引っ張っていく。
 焦ってキョロキョロ見回す。
 会長、まだー?

「りょう~~。今日はよそ行かないでよ。いっぱいオーダーするからぁ、そばにいて」
「はいはい」

 彼は律儀に「じゃあね」と振り返って、遠ざかっていく。
 会長~~。
 いらいらして携帯出して、その時着信が。
 慌てて開くと会長だった。
 早く来てよ! 今なら間に合う。
 文面見て目が点になった。

『マツキ〇とは何だ?』

 え?
 この前マツキ〇の話してたじゃない。知らないの?
 目の前の携帯で検索すれば一発でわかるのに。
 検索しないか。怒りすら覚えるわ。これだから金持ちって。
 そうこうしてる間に彼はとっくに見えなくなっていた。
 あーあ、がっくり。一気に力が抜けた。

 あの人……高広くん?
 お金持ちのお坊ちゃんがあんな貧乏くさいこと言うかな。
 うちのおばあちゃんだってめったに言わないようなことを。
 あの人たち、ホストとキャバ嬢だよね。どう見ても……。
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