会長にコーヒーを☕

シナモン

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3話 はじめての課題

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 新宿西口といって浮かぶのはダントツ東京都庁。
 異論はない。そしてホテルでいえばやっぱここだろう。

 パークハイアット。

 その41階、ピークラウンジ。
 
 わお、昼間っからラッキィィィーーーー……。

「いらっしゃいませ。いつものお席になさいますかそれとも……」

「同じでいい」「かしこまりました」ここを常宿としてる会長は面が知れてるのだろう。丁重に案内されたのは窓際の……スモーキングシートだ。どこへ行こうとなぜかいつも待たされることはない。女性客中心にかなり混んでるようなんですけど。……まあいい。

「好きなものを頼みなさい」
「はーい」

 ここへ来てオーダーするものといえば……決まってますよね!

 私は迷わず告げた。

 ケーキバイキングと並ぶ乙女の夢。

 ---自家製スコーンや季節のスイーツを盛り合わせた英国風「アフタヌーンティー セット」とペストリーシェフ特製の季節のケーキをワンプレートに盛り合わせた「スイート ハイティープレート」(HPより引用)---

 ---の、アフタヌーンティーセットだ。わーーい。


「悪い。吸わせてくれ」

 一方会長はコーヒーを注文し、お店の人が差し出した小さなケースからタバコを取り口にくわえる。同じく差し出された小さいけどずっしりとした重みが伝わってくる鉄と木製のライターに火が灯り、すぅっと細い煙がのぼる。
 
 さまになってるぅーー。

 ……田舎者の悪いところよ。これだけ嫌煙の波が広がっていても、いまだにタバコ=かっこいいと思ってる節がある。
 実際かっこいいし。
 会長が煙草を吸うところはじめてみた。
 煙草といっても一般的な白い紙巻のあれじゃないのですよ。
 細長い薄茶色の、どこからどこまでがフィルターなのかわからない、映画の中で外人のオッサーンがくわえてそうなシロモノ。こころなし香りが違う……。

 フーーーーッと長い息を窓に向けて吐き出す。煙が午後の光のどこかへ消えていく。

 ……煙を吸い込む装置でもあるのかな。違うか。焼肉屋じゃあるまいし。

「すまんな。なるべくキミに煙がいかないよう努力する。ニコチン含有量は低い」
「いえいえ、お構いなく」

 私は言った。「うちじゃ、皆ところかまわず吸ってますよ」

 そう。都会では分煙だの受動喫煙の危険だのよく耳にするが、田舎ではまだまだなのだ。
 だーれも気にしてない。
 おじいちゃんや親戚のおっさん、チェリーやらオールドピースやら昔のキツイ煙草をスッパスパだもん。しかもフィルターのところを切り取って、直に吸うのである。ヘビースモーカーにもかかわらずぴんぴんしてる80、90のおじいさんもごろごろ。そんなだから、もしかして煙草の害って都会の空気との混合汚染によるものなんじゃないの? なんて思えたりもするのだ。
 地元に帰ると誰も禁煙なんて言わないしやってない。

「吸うときは何も考えず吸っちゃった方がいいですよ」
「フ、そうか」

 かっこいいなーー。
 頬杖ついて見てると、会長はちらっと窓の外に目を向けた。

「まるで城だな」

 うちの会社がすぐそこに見える。更に代々木のドコモタワー……。いつか、夜景を眺めた、東京の絶景。ちょっぴり痛い思い出とともに頭に浮かぶ。あのとき以来かな。

「日頃いかに狭い範囲で動いているか、こうして眺めるとよくわかる。狭い空間で、視野もおのずと狭まる……。そんなところで下した判断が果たして正しいといえるのだろうか」

 お、自覚はあるんだね。
 そうそう、もっと表に出ましょうよ。私は心の中で頷いた。

「……籠という字は何故竹冠に龍と書くのだろうな」

 眺めながら独り言みたいに呟いた会長の言葉の意味がわからなくて、私はえっと小さな声を上げた。

「二つあるな。龍、竜。籠といえば鳥、虫、魚……。それが……何故、竜……龍なんだろう」独り言なのだろうか。会長はふっと笑った。煙が乱れた。「……キミのその籠を見てふと思ったんだ。意味はない」ちらと私の横に視線を流した。

 籠? あっ……。
 私は傍らに置いた籠をつい引き寄せた。
 すっかり忘れちゃってたけど、このかご!
 やだーー……。
 無包装の本と小枝と手ぬぐいの包み、ドリンクボトル。どこの山に行って来たんですか~? と問われそうな『いでたち』でここに来たんだった……。
 そりゃあ温泉街なら『情緒』もあろうが……。新宿の、高級ホテルのバーで。
 私は誰の視線も届かないよう奥にそれを押し込んだ。ハズカシー。

「何に使うのか知らんが、その枝、今の時期害虫が潜んでいるかもしれないよ。後でよく確かめておいた方がいい。案外このあたりは湿気がたまるんだ」
「はあ」

 何の害虫だろう? これは虫除けにするのだが。

「椿や、山茶花や、うちの家でも庭師が毎年駆除に大変だよ」
「そうなんですか」

 庭師とな。どんだけ豪邸に住んでるんだ。

「蛾の幼虫がついていたりするだろう」

 ……ちゃーどくがーね。お茶の葉や庭木につく。うんうん、知ってるわ。
 うちの家の周りもいっぱいいますよ。私は抵抗力ついちゃってますけど。
 梅雨前と秋のお祭りの頃に見かける、茶色のとげで覆われたいかにも毒々しい毛虫である。
 触れるだけじゃなく知らずに通りがかってその粉が体についただけでひどい湿疹とかゆみにおそわれる。かけばかくほど全身に広がって大変なことになるのだ。
 しかし。自然界にはそんなのにもちゃんと天敵が存在するもので。
 あの厄介者のスズメバチの一種がそうなのである。
 なんと毒の塊のようなチャドクガの幼虫を食っちゃうというのだからどんだけ強力な消化酵素持ってるんだか。
 まさに毒をもって毒を制す、である。
 まあ田舎じゃそういうのみんな知ってるのでスズメバチの巣を見つけてもすぐに駆除に回したりしないのだ。
 オレンジ色のショッカーみたいなグロテスクな外観ではあるけれど、とりあえず刺激しなければ襲ってこないのでみんな見て見ぬ振りしてる。
 松江市は島根の県庁所在地だが、賑わっているのは城のあたりと温泉街、あとショッピングモール周辺くらい、うちの実家の近辺は山間部と大差ないのだ。
 そんな田舎の虫事情……。
 
 いや、そんなことより私は『庭師』がひっかかる。
 この人の実家って、お屋敷?
 我が郷里の『足立美術館』が頭に浮かぶ。
 島根の観光コースにはたいてい組み込まれてるおじちゃんおばちゃんご用達美術館だ。展示品もさることながら喫茶室から眺める庭園がそれは見事な……。専属の庭師が手入れして絵画に劣らず有名だったりする。
 会長……そんなお屋敷で育ったのかな。庭師って……。

「失礼します」

 そうこうしてる間に注文の品がやってきた。
 豪華3段トレイにのったスコーン、サンド、ケーキ。
 きゃ~~。これ見て頬ふくらませない女子はいないって。

「いただきま~す」

 サンドからしてピンク色~~。かわいいっ。ぱくっ。うまい~~~。
 調子よくフォークがすすむ。なんといってもおかわり自由ですから!
 好きなだけスイーツを食べられる。これ以上の至福はない。断言しよう。

「会長はお食べにならないんですか?」
「私はいいよ。これと思うものがあればキミが作ってくれ」
「はあ」

 またそんな。こういう店ってどこそこのバターとか外国から空輸した有名チーズとか使ってて、しかも作ってるのは一流パティシエ。食べなきゃ損なのに。

「ふ、キミは美味そうに食べるな。見ていて気持ちがいい」

 相変わらずうまそうに煙草を吸う会長が言う。
 煙を吸うのが目的だったのかな。
 窓の向こうの自分の会社を意味深に眺めながら……。
 自分は『城』に缶詰になった『籠の鳥』とでも言いたいのだろうか。
 しかし。
 会長には『籠』ごとき狭い空間であっても私には『夢の城』だ。
 かなうことなら夜は猫になって住み込んじゃいたいくらい気に入っちゃってるのだ。
 そんな私の城、本当にあと1年足らずで退去しないといけないのかなあ?
 全く想像つかないアメリカでの生活……。
 どうなっちゃうんだろう。

 仮に、フライト恐怖症克服したとして、ずっと同じ暮らしが維持できるものだろうか。

 もしもしもし……会長の気が変わっちゃったりしたら??

 けっこん。

 今は可能性ないみたいなこと言ってたけど、アメリカに行くと状況変わるかもしれない。
 アメリカ時代は普通に彼女もいたみたいだから……。
 そう、万が一ってこともありうる。
 アメリカは広いのだ。会長みたいな変わりもののオッサーンがいいって女性も現れるかもしれない。
 
 ナイスバディ、会長と対等に物申す女性。セクシー光線ビシバシ放ち、あっという間に深い関係に。
 そしてある日こういうのだ。
 
『ねえ、あなたの健康、私が管理したいの。あの子、やめさせちゃっていい?』

 ……ねえ、それってありえなくはない?

 あっさり承諾。私は遠いアメリカの地で無職……。
 言葉も通じず、料理の腕もたいしたことなく、元の貧乏生活に逆戻り……。

 うぅぅ~~~。
 一気に体が冷えた。

「ん? どうした」

 私の悪い癖。すぐに顔に出るところ。
 きっとそんな顔して見つめていたんだろう。

「時々感じるんだが……。キミは何かためているな。普段言いにくいことであれば今言いなさい」

 しかし。
 ここは以前痛い思い出話をさせてしまった場所でもある。
 私はまずフォークを置いた。そして慎重に言葉を探った。「あ、あの、実は」
 
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