会長にコーヒーを☕

シナモン

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9話 残り香

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「私…市川さんにひどいことを言ってしまいました…」 横森は、涙をこらえながら言った。 「もしかして、そのことが原因なんじゃないかと心配で」

「そんなことはないだろう」 会長は静かに返した。

「結果的に、市川さんのアドバイス通りでした。私…市川さんに謝りたくて…」 それ以上言葉にならないほど、涙があふれていた。

「それでどうする。君の希望はドバイ転勤だったな」 横森は首を振り、拒否した。

「私…お暇させていただいてよろしいですか」 「えっ」 会長は驚いて声をあげた。

「どういうことだ。秘書だけじゃなく、総合職へもか」 「はい」 涙をぬぐいながら、横森ははっきりと答えた。

「…子供の顔を見て、思ったんです。生活やお金のことばかり考えて、この子に寄り添ってなかったな、って。これからは子供に合わせて、もっと余裕のある暮らしをしようと決めました」

「引継ぎなど、できるだけ会社のご都合に合わせます。勝手を言って申し訳ありません。主人とも話し合って、とりあえず実家の近所で働くめどをつけました」

「それでは、ご主人は?」 「はい。実は旅行の動画を見せたところ、大泣きされまして…生活を改めると言われたんですが、それはまだ様子見です」

「そうか」 よかったとも、何とも返しにくく、会長はただ横森を見送った。




「あいつ、どこに行ったんだよ」



 高広がつぶやく。香苗は連休明けからずっと出社してなかった。自宅にもいない、スマホは音信不通…。


「兄さん、けんかでもしたの」


 弟はその素晴らしいスキルと実績でアドバイザー的な肩書で社に立ち入ることを許されていた。


 会長はう…んと言葉を濁す。


 最後の夜、香苗の含みのある会話が気がかりであった。自分は過去を断ち切ったつもりだが、他人から見るとそうではないらしい。香苗に限らず、思い当たる節があった。


 高広は会長室のキッチンに入り、色々探り始める。


 冷凍庫にパンを発見し、「兄さんも食べる?」リベイクし皿に盛り付ける。窓際のハーブをちぎってハーブティーを添える。キッチンは広く、壁付けのキッチンと平行に長いカウンターがあった。窓辺の一人席が会長の定位置であった。ここで食す際はそこに腰かける。

「お前にパンを焼いてもらうとはな。」会長は苦笑し弟の成長を実感するとともに、ブリオッシュに香苗の姿を投影する。

『かいちょ~、パンごときで藤島さんを呼び出さないでくださいよ、ここに冷凍しておきますから、私がいないときはご自分で焼いてくださいね』

 好みのブリオッシュ。教えてもらった通りリベイクしてホテルに持ち帰ってかじることもあった。



 弟はさらにハーブや鉢植えを器に水を張って手入れし、隅のPCに目をつけた。「これ、見ていい」「ん…」

 すぐに立ちあげる。

 ふうん、これを見たんだな…。履歴を調べると、マヤのブログにたどり着いた。

 マヤさん、なんでまた日本語で?

 ずっと英語だったはずがいつの間にか日本語になってる。これではアイツも読めるだろう。その日付は、おそらく兄への恋慕がつづられていた。「う~~ん」意味深な内容。日本語。また兄さんとよりを戻したい・・・?


 香苗の失踪は秘書室でも話題になっていた。


「市川さん、どうしたのかしら」「有休を当てるにしても、それを過ぎたら…ねえ」「行方不明届はご実家の方から?」「連絡はしたのだけど、⦅そのうち帰ってくるでしょう⦆って。のんびりしてるわね」


 だが、届は家族が出した方がいいに越したことはない。家族から見放された存在、と取られる可能性があるからだ。


「俺、松江に行ってこようか」 高広はパン皿を片付けながら言った。 「実情を伝えた方がいいだろ。家族が届け出を出してないなら、体裁を気にしてるのかもしれない」

  会長は少し考えてから、頷いた。 
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