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9話 残り香
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会長室の客人は浮足立っていた。
「長嶺君、朗報だ。」
会長からゴードン映像化構想を伝えられたからだ。
「どうだい、この流れに乗るかい?」「乗るとも!」長嶺氏は興奮気味で答えた。ガラスの向こうの景色はようやく強烈な日差しから逃れようとしていた。
「もちろんまだ企画のようなものだがね。他にもロケ地として使ってほしいというオファーがあるんだよ」国名をあげ具体的なプランを語る。
「ほう。しかしそれは海外の?」
「聞くところによると、海外でロケをして、俳優も日本人にこだわらなくてもよい、そんなやり方もあるんだね。もちろん、変身ものではないからこその話だが。日本のロケ地候補も聞いてきたよ」
会長はこの話を早く決着したくてたまらなかった。行く末がやっと見えたのだ。
そうしてさらに来客が。秘書の先導で現れた。
「鬼塚昇吉、ただいまウランバートルより帰国しました」特命を受けて帰国した資源部鬼塚。真っ黒な髪に筋肉質な身体の中年だ。
「おお、鬼塚くんじゃないか」知事は立ち上がり、握手を求めた。「長嶺さん、ご無沙汰しております。県知事就任、おめでとうございます。名演説を聞きたかったです」二人は同郷の知り合いだ。
会長はそのこともあって鬼塚を山口県宇部市の旧エビの養殖池跡地の再開発の責任者に選んだのだった。
「彼を現地に案内してくれないか。版権はどうしたらいいかと質問されたぞ。あとはそちらへ任せても良いか」
「もちろんだとも」よし。会長は心の中でほくそえむ。
「いやあ、やっぱりセールスのコツは地道な営業だねえ。あのフィギュアがこんなに化けるなんて!」
彼が会長室に置いて帰ったゴードンのセット、会長は先日の千葉にてレオとアランにそれを渡したのだった。
「では、ありがとう、九条君」二人は意気揚々と退室した。
そして副社長秘書の横森が報告と称してドアをたたく。「ああ、どうした」
「水城さんについて分かったことがありまして」「報告してくれ」「はい。実はあの後、部署に行ってみたところ、ちょうど飲み会の予定があったみたいで、参加してみたんです。そしたらそこで話が盛り上がって…水城さんに聞いてみたんです。どうしてドバイ行きを断るのか。」彼女は会長から有能な社員水城をドバイに転勤するよう説得してほしいと言われていた。
「それが・・・お子さんのためというより、水城さんの信条みたいです。水城さんは家系に誇りを持っていて、まず奥様との結婚で養子に入ることを拒否されたそうで。奥様はドバイ行きに賛成らしいのですが」
へえ、男気のある性格なのだな。会長は頷きます。
「…言いにくいのですが、彼は⦅女の下で働きたくない⦆そうです・・・」横森はうつむき加減で伝えた。
「水城さんがそんな性格だったなんて知らなくて…職場の方は皆さんご存じのようでした。その…ドバイの仕事にもあまり興味がなさそうで」「なぜ」「…売れることがわかっているものを売りたくない、と」それは何ともしがたい衝撃だった。
そういう男だったのか…。女の下で働きたくない、とは赤石くんのことだな。だが赤石くんは東京へ戻ることを望んでいる・・・。しかしそもそもドバイの事業に興味がないとは…。そうだったか?あの見本市で、彼はそんなそぶりを見せていただろうか。
幕張での一コマ。思い起こせば目を輝かせていたのは御堂と中野二人だった気もする。中野は既にドバイで御堂は順調に仕事をこなしている。しかし期待していたリーダー格の水城が…これは人選のミスマッチだったか。
会長は椅子に深く腰を下ろし、机の端を指で軽く叩いた。水城の信条、赤石の希望、そして御堂と中野の熱意。それぞれが異なる方向を向いている。誰をどこに配置すべきだったのか。今さらながらに、見本市でのあの一瞬が思い出される。
水城の深層まで探れなかった。会長は水城と赤石の人事を人事部に一任することにした。俺は人事には向いてないのかもな。余計なことはしないことだ。水城については社長にも伝えておこう。
「ありがとう、君はどうする?ドバイに行ってみるか?」
「いえ、あの…ほかにも。いいですか?」
「なんだ?」
「連休に、息子と二人で温泉に出かけたんです。子供が何かで見た大きな温泉リゾートに行きたいと言いまして。アトピーがあるので専用の水着で泳いでいたら、お孫さん連れのご婦人が、痕を見て“泥の温泉がいいわよ”と教えてくださったんです。
最初は行くつもりはなかったんですが、子供がどうしてもと言うので、思い切って向かいました。正直、きれいとは言えない場所でした。掘っ立て小屋みたいな…でも、子供は迷わず入ってしまって…。私も付き添って入ったんですが――
ホテルに戻ってしばらくして、患部がかさぶたのように乾いているのに気づいたんです。それから、みるみるうちに回復して…。本当に、びっくりしました」
横森は、言葉の途中で涙をこぼした。
「それからはもう…小さなころのように、温泉巡りをしたり、九州の素朴な遊園地に行ったり…いつもゲームばかりの息子が見向きもせずに、遊んですごしました。本当に、嘘みたいです。毎日、また行きたい、って…」
横森は涙をぬぐった。
「あの、それで、市川さんはどうされたんですか」
「長嶺君、朗報だ。」
会長からゴードン映像化構想を伝えられたからだ。
「どうだい、この流れに乗るかい?」「乗るとも!」長嶺氏は興奮気味で答えた。ガラスの向こうの景色はようやく強烈な日差しから逃れようとしていた。
「もちろんまだ企画のようなものだがね。他にもロケ地として使ってほしいというオファーがあるんだよ」国名をあげ具体的なプランを語る。
「ほう。しかしそれは海外の?」
「聞くところによると、海外でロケをして、俳優も日本人にこだわらなくてもよい、そんなやり方もあるんだね。もちろん、変身ものではないからこその話だが。日本のロケ地候補も聞いてきたよ」
会長はこの話を早く決着したくてたまらなかった。行く末がやっと見えたのだ。
そうしてさらに来客が。秘書の先導で現れた。
「鬼塚昇吉、ただいまウランバートルより帰国しました」特命を受けて帰国した資源部鬼塚。真っ黒な髪に筋肉質な身体の中年だ。
「おお、鬼塚くんじゃないか」知事は立ち上がり、握手を求めた。「長嶺さん、ご無沙汰しております。県知事就任、おめでとうございます。名演説を聞きたかったです」二人は同郷の知り合いだ。
会長はそのこともあって鬼塚を山口県宇部市の旧エビの養殖池跡地の再開発の責任者に選んだのだった。
「彼を現地に案内してくれないか。版権はどうしたらいいかと質問されたぞ。あとはそちらへ任せても良いか」
「もちろんだとも」よし。会長は心の中でほくそえむ。
「いやあ、やっぱりセールスのコツは地道な営業だねえ。あのフィギュアがこんなに化けるなんて!」
彼が会長室に置いて帰ったゴードンのセット、会長は先日の千葉にてレオとアランにそれを渡したのだった。
「では、ありがとう、九条君」二人は意気揚々と退室した。
そして副社長秘書の横森が報告と称してドアをたたく。「ああ、どうした」
「水城さんについて分かったことがありまして」「報告してくれ」「はい。実はあの後、部署に行ってみたところ、ちょうど飲み会の予定があったみたいで、参加してみたんです。そしたらそこで話が盛り上がって…水城さんに聞いてみたんです。どうしてドバイ行きを断るのか。」彼女は会長から有能な社員水城をドバイに転勤するよう説得してほしいと言われていた。
「それが・・・お子さんのためというより、水城さんの信条みたいです。水城さんは家系に誇りを持っていて、まず奥様との結婚で養子に入ることを拒否されたそうで。奥様はドバイ行きに賛成らしいのですが」
へえ、男気のある性格なのだな。会長は頷きます。
「…言いにくいのですが、彼は⦅女の下で働きたくない⦆そうです・・・」横森はうつむき加減で伝えた。
「水城さんがそんな性格だったなんて知らなくて…職場の方は皆さんご存じのようでした。その…ドバイの仕事にもあまり興味がなさそうで」「なぜ」「…売れることがわかっているものを売りたくない、と」それは何ともしがたい衝撃だった。
そういう男だったのか…。女の下で働きたくない、とは赤石くんのことだな。だが赤石くんは東京へ戻ることを望んでいる・・・。しかしそもそもドバイの事業に興味がないとは…。そうだったか?あの見本市で、彼はそんなそぶりを見せていただろうか。
幕張での一コマ。思い起こせば目を輝かせていたのは御堂と中野二人だった気もする。中野は既にドバイで御堂は順調に仕事をこなしている。しかし期待していたリーダー格の水城が…これは人選のミスマッチだったか。
会長は椅子に深く腰を下ろし、机の端を指で軽く叩いた。水城の信条、赤石の希望、そして御堂と中野の熱意。それぞれが異なる方向を向いている。誰をどこに配置すべきだったのか。今さらながらに、見本市でのあの一瞬が思い出される。
水城の深層まで探れなかった。会長は水城と赤石の人事を人事部に一任することにした。俺は人事には向いてないのかもな。余計なことはしないことだ。水城については社長にも伝えておこう。
「ありがとう、君はどうする?ドバイに行ってみるか?」
「いえ、あの…ほかにも。いいですか?」
「なんだ?」
「連休に、息子と二人で温泉に出かけたんです。子供が何かで見た大きな温泉リゾートに行きたいと言いまして。アトピーがあるので専用の水着で泳いでいたら、お孫さん連れのご婦人が、痕を見て“泥の温泉がいいわよ”と教えてくださったんです。
最初は行くつもりはなかったんですが、子供がどうしてもと言うので、思い切って向かいました。正直、きれいとは言えない場所でした。掘っ立て小屋みたいな…でも、子供は迷わず入ってしまって…。私も付き添って入ったんですが――
ホテルに戻ってしばらくして、患部がかさぶたのように乾いているのに気づいたんです。それから、みるみるうちに回復して…。本当に、びっくりしました」
横森は、言葉の途中で涙をこぼした。
「それからはもう…小さなころのように、温泉巡りをしたり、九州の素朴な遊園地に行ったり…いつもゲームばかりの息子が見向きもせずに、遊んですごしました。本当に、嘘みたいです。毎日、また行きたい、って…」
横森は涙をぬぐった。
「あの、それで、市川さんはどうされたんですか」
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