会長にコーヒーを☕

シナモン

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9話 残り香

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「兄さん。マヤさんと会っているのか・・・」
「いや、ホテルの前で待っていたんだよ。食事に誘われたが、ランチなら‥と答えたんだ。」
「一緒にランチを?  何でまた… 」
「またむげに断って何かされたんじゃ困るだろ 」

 冷たい言い方だが、仕方がなかった。前例がある。


 高広の言う通り、会長はマヤとランチをしたが、心ここにあらず状態だった。社員に目撃され、「もしかして恋人?」と噂されるが、会長にはその気はまったくなかった。

 マヤは「もう一度、友人から始めたい」と会長に接近した。が、会長への思いは抑えきれず、ある日「指輪が見たい」と言ってブランド店のジュエリーコーナーへ誘う。

 会長はすぐに出るつもりで入店し、マヤは店員に「指輪を見せてください」と言い、 「お試しになりますか?」と店員が尋ね、ケースを開く。 「お連れの方も」 カップルで訪れた際、男性が女性の手に指輪をはめるのが“常識”のように振舞う。

 会長は指輪を見てはっとした。 それは、香苗との記憶だ。

 ある時、香苗の好きそうなレストランで、氷の指輪が出されたことがあった。 会長はそれを彼女の指にそっとはめようとした。 しかし香苗は、 「ダメです!」 と即座に断り、

「ふざけた演出といえども、指輪は別です。こういうことはきちんとしないと」 「私たち、ただの上司と部下ですから」 そう言って、店員にも丁寧に断りを入れた。

 それは会長にとって、初めての経験。 人知れず、深くショックを受けた出来事だった。



「悪いがこれで失礼するよ―――」


 会長はその場を離れ、店を後にした。



 





 高広は再度神社を訪れた。

「縁切り神社…ここで何をしようというんだ。」

「兄さんの元恋人が此処に来たみたいなんだ。」

「縁切りを願って?」

「それはわからない。願いは兄さんとの復縁らしいが」

「それはおかしいな。縁切りは別口じゃないか?」

 大変な数の絵馬を読み流し、瀬尾は答えた。

 彼は、以前、高広の正体を追っていた香苗が歌舞伎町で見かけた、高広(当時は不破了と名乗っていた)と話していたあの男であった。香苗はうっかり彼の名前を忘れてしまったが、かつての隣人であり、隣県出身者、こっそり撮ったその姿を携帯の待ち受けにしていた。

「なあ、お前、このおどろおどろしい文字を見てどう思う?」

「どうって」

 高広が指し示したのは、『あきらとさゆが別れます』『○○○○を殺して』

 などなど、縁。切。というより、特定の恋敵への呪いの文だった。
 親族兄弟姉妹への縁切り宣言もあるが圧倒的に多いのはそんな恋敵の不幸を綴ったものだ。

「でも、お兄さんとはやり直したいんだろ?」

「そうみたいなんだけど、兄貴にはその…他に好きな子がいるんだよ」

「なるほど」

「ざっと見たけどそれらしい書き込みは見当たらなかった。マヤさんが何を念じたかわからないけど、何とか諦めさせられないかなあ」

「それはどうだろう。呪いを無効にするのか? したことないなあ…。俺は別に呪術者じゃないんだよ」

 と、一つの絵馬を手に取った。

 瀬尾がもう一つの手を当てると、手のひらの上で、文字が浮かび上がり、黒い粒子となって舞う。

 高広はぎょっとした。

「え?え?」

「…例えばさ、こういうのは○○が好き、○○に戻ってきてほしい、その裏返しなんだよ」

 その言葉通り、絵馬の上で言葉は組成を変えた。

 絵馬にあるのは、『孝義と亜里が別れますように』、それが、『孝義が好き、孝義戻ってきて』切実なストレートな言葉に変わっていたのだった。

「えええーー?」高広は目を向いた。手品のようだ。手書きのインクが埃のように分解され書き直された?

「??????」手に取ってみるがわけがわからない。

「縁切りなんて難しいんだよ、普通は自分を中心とした願いなり、呪いだろ? それを他人と他人の縁切りを願うわけだから、こういうケースは下手すると呪い返しになる可能性もある」

「えー―――…じゃあどうすればいいんだよ」

「何を念じたかによるよね。もしかしたら全然違う対象かもしれないよ」

「うーーん、考えすぎかあ」高広の頭には、マヤと兄と香苗のことしかなかった。

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