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9話 残り香
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樫木は少し間を置いてから言った。 「…最近会ってないのでね。いつぞやは籍を抜いてほしいとまで言いだした。嫌われたものだね」
会長は目を伏せた。 その言葉に、何かが刺さったようだった。
「話はそれだけか」
「いやいや」 樫木は微笑んだ。 「わかってほしかっただけだよ。君の任期はあと少し、マヤも自由の身だ。いい歳をして親の庇護など関係ないだろう。…あえて仲違いした風に装って、裏で結束し、価値のある技術を買い取り覇気のある社員を逃がしてやった。そして任期が終われば晴れて一緒になる…そうとも見える。マヤはその気だったみたいだがね」
会長は答えなかった。 その沈黙が、すべての返答だった。「それとも君なりのやさしさか? 女性には手痛いが」
「ご存じの通りマヤは養女でね。昔入れ込んでいた女性の子供を引き取ったんだよ。彼女は好きな男の子を身ごもった。だが男はろくでなしだった。さんざんな目に遭い、マヤをおいて亡くなってしまった。私が知った時はもう…。そういうことだ。」
会長の沈黙は、それ以上の会話は無駄だと言わんばかりであった。
「君がマヤを見切ったというのであれば、もう私の出る幕はない」 樫木は、声を落として言った。 「昔のように虚勢を張っていられなくてね。ごらんのとおりのざまだ」
車いすの肘掛けに手を置きながら、彼は少し肩を落とした。
「宗田家は生き残るだろうが、会社は空中分解だろうな。私のものではないが」
「君が身を粉にしてやってきた成果が今の状態だ。マヤを受け入れていた場合と、どう違うのだろうな。婚約を破棄してまでやることか?」
会長は、少しだけ目を細めた。「それはそっくり君の過去にも当てはまるのではないか。何故女がそうなるまで放っておいた?」
沈黙。 そして、樫木の顔がわずかに歪んだ。
「そりゃ見ればわかるだろう」 声が少し高くなった。 「君のように容姿端麗ではないからだ」
その言葉は、冗談ではなかった。 樫木の声は、だんだん大きくなり、動作も大振りになっていった。
「私は、選ばれなかった。見向きもされなかった。だから、マヤを引き取った。それが私の精一杯だったんだ」
会長は黙っていた。 その沈黙が、樫木の言葉をさらに響かせた。
「君は、選ばれた。だが、拒んだ。それが違いだ」
「そうだろうか」会長は冷淡に言った。
「手を差し伸べるのが愛だというなら、女はどうだったんだ、男に溺れてずたずたになるのがわかっていて、待っていたように聞こえるじゃないか」
「っ…」樫木は言葉に詰まった。
「では、言わせてもらうが」 少し身を乗り出した。 「もしマヤが私の養女ではなく、雪野マヤとして君に出会っていたら——君は受け入れたか?」
会長は目を伏せた。 「はじめはその名を語っていたがね。ずっとそのままだったら…わからん。もし、なんて普通は使わんぞ」
「聞きたいんだ」 樫木の声には、焦りにも似た熱があった。 「マヤが仮に交渉の場に立つような女性に育っていたとして、君の恋の相手になりえただろうか」
「さあ」 会長は短く答えた。 「私は今まで、同僚やビジネスの相手の女性と深い仲になったことはない」
「ふっ、ふふふふ…そうか」 樫木は笑った。 その笑いは、どこか空虚だった。
沈黙が落ちた。 会長は、目の前の男の問いが、何を意味しているのかを理解していた。 だが、それに応える言葉は持っていなかった。
こんな話、何の意味があるんだ—— 口にするのもばかばかしい。
「マヤの話を聞いているとね」 樫木は、少し遠くを見るような目で言った。 「マヤが“樫木マヤ”でさえなければ、今も君のそばにいられた…そんな風に感じてるようだ」
会長は黙っていた。 その言葉が、マヤの心の奥を代弁しているように思えた。
「それほど嫌われたもんだな、私は」 樫木は、苦笑した。 「仕方ないねえ。何もない所から這い上がるには、きれいごとばかり言ってられない」
その言葉には、過去の苦労と、今の諦めが混ざっていた。
「なぜか宗田家と縁があり、今まで色々働いてきたが、もうこれからはない」 「奴らも、周りを固めるのに必死だ」
樫木の声は、どこか他人事のようだった。 だが、その中には、長年の関係が静かに終わっていくことへの寂しさもあった。
会長は、何も言わなかった。 その沈黙が、樫木の語りを促した。
会長は目を伏せた。 その言葉に、何かが刺さったようだった。
「話はそれだけか」
「いやいや」 樫木は微笑んだ。 「わかってほしかっただけだよ。君の任期はあと少し、マヤも自由の身だ。いい歳をして親の庇護など関係ないだろう。…あえて仲違いした風に装って、裏で結束し、価値のある技術を買い取り覇気のある社員を逃がしてやった。そして任期が終われば晴れて一緒になる…そうとも見える。マヤはその気だったみたいだがね」
会長は答えなかった。 その沈黙が、すべての返答だった。「それとも君なりのやさしさか? 女性には手痛いが」
「ご存じの通りマヤは養女でね。昔入れ込んでいた女性の子供を引き取ったんだよ。彼女は好きな男の子を身ごもった。だが男はろくでなしだった。さんざんな目に遭い、マヤをおいて亡くなってしまった。私が知った時はもう…。そういうことだ。」
会長の沈黙は、それ以上の会話は無駄だと言わんばかりであった。
「君がマヤを見切ったというのであれば、もう私の出る幕はない」 樫木は、声を落として言った。 「昔のように虚勢を張っていられなくてね。ごらんのとおりのざまだ」
車いすの肘掛けに手を置きながら、彼は少し肩を落とした。
「宗田家は生き残るだろうが、会社は空中分解だろうな。私のものではないが」
「君が身を粉にしてやってきた成果が今の状態だ。マヤを受け入れていた場合と、どう違うのだろうな。婚約を破棄してまでやることか?」
会長は、少しだけ目を細めた。「それはそっくり君の過去にも当てはまるのではないか。何故女がそうなるまで放っておいた?」
沈黙。 そして、樫木の顔がわずかに歪んだ。
「そりゃ見ればわかるだろう」 声が少し高くなった。 「君のように容姿端麗ではないからだ」
その言葉は、冗談ではなかった。 樫木の声は、だんだん大きくなり、動作も大振りになっていった。
「私は、選ばれなかった。見向きもされなかった。だから、マヤを引き取った。それが私の精一杯だったんだ」
会長は黙っていた。 その沈黙が、樫木の言葉をさらに響かせた。
「君は、選ばれた。だが、拒んだ。それが違いだ」
「そうだろうか」会長は冷淡に言った。
「手を差し伸べるのが愛だというなら、女はどうだったんだ、男に溺れてずたずたになるのがわかっていて、待っていたように聞こえるじゃないか」
「っ…」樫木は言葉に詰まった。
「では、言わせてもらうが」 少し身を乗り出した。 「もしマヤが私の養女ではなく、雪野マヤとして君に出会っていたら——君は受け入れたか?」
会長は目を伏せた。 「はじめはその名を語っていたがね。ずっとそのままだったら…わからん。もし、なんて普通は使わんぞ」
「聞きたいんだ」 樫木の声には、焦りにも似た熱があった。 「マヤが仮に交渉の場に立つような女性に育っていたとして、君の恋の相手になりえただろうか」
「さあ」 会長は短く答えた。 「私は今まで、同僚やビジネスの相手の女性と深い仲になったことはない」
「ふっ、ふふふふ…そうか」 樫木は笑った。 その笑いは、どこか空虚だった。
沈黙が落ちた。 会長は、目の前の男の問いが、何を意味しているのかを理解していた。 だが、それに応える言葉は持っていなかった。
こんな話、何の意味があるんだ—— 口にするのもばかばかしい。
「マヤの話を聞いているとね」 樫木は、少し遠くを見るような目で言った。 「マヤが“樫木マヤ”でさえなければ、今も君のそばにいられた…そんな風に感じてるようだ」
会長は黙っていた。 その言葉が、マヤの心の奥を代弁しているように思えた。
「それほど嫌われたもんだな、私は」 樫木は、苦笑した。 「仕方ないねえ。何もない所から這い上がるには、きれいごとばかり言ってられない」
その言葉には、過去の苦労と、今の諦めが混ざっていた。
「なぜか宗田家と縁があり、今まで色々働いてきたが、もうこれからはない」 「奴らも、周りを固めるのに必死だ」
樫木の声は、どこか他人事のようだった。 だが、その中には、長年の関係が静かに終わっていくことへの寂しさもあった。
会長は、何も言わなかった。 その沈黙が、樫木の語りを促した。
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