タイムリミット 💍

シナモン

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奥様、お手をどうぞ

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 専用ゲートの中に入ると先のラウンジで待っていたスーツ姿の若い男性が寄ってきた。
 短くカットされた茶色の巻き毛気味の髪、すらっと細身の中背で、大きめの瞳、学生といっても違和感ないほど若い。

「はじめまして、九鬼様。牧翔空まき そらと申します」

 丁寧にお辞儀された。

 マキソラ? まあなんてキラキラなお名前。
 名前だけでなく外見もかわいらしい。

 どこかで見たような・・・だんだん思い出してきた。

 ああ、白い壁の前で都筑さんと話してた社員さん・・。

「さあ、どうぞ」

 深夜。暗い滑走路に白い機体が浮かび上がる。
 定期機より幾分鋭利で洗練されたフォルムをしている。

   プライベートジェット?
 これに乗るの?
 そういえばパスポートは…。渡したきりだ。
 大きなジェット機に乗客は三人だけ・・・。
 内部は広々としてゆったりと配置された大きな一人掛けソファに座る。

 ほどなく離陸し、安定飛行に移る。

 すごいんだけど・・・何この豪華ジェット。
 隙のない未来的な内装にゴールド、クリスタル、ファーなどの装飾、デザイン性のある調度品。天井は隠し照明で壁にモダンな間接照明がついている。

「ご希望のウブド周辺のマップまとめてみました」

 牧は向かいの席でノートサイズの冊子を差し出して見せる。

「現地の車のナビにも入力済みです。すぐに行くことができますよ」
「わ、わざわざすみません、大変だったでしょう」
「いいえ、僕はこういう作業が大好きなので、どうぞ何なりとお申し付けください」

「牧くんは情報処理能力がとても優れていて、速いんです。もちろん通常の業務もはかどってます」

 と、機体の持ち主はキャビンアテンダントから飲み物を受け取り二人に差し出した。

「ウブドだけでこんなに行くところがあるの・・・」

 自分が集めた画像をもとに、その周辺の名所、ホテル、カフェ、めぼしい建物・・・わかりやすく画像と説明が分布図にまとまっている。

「昔は普通に野生の猿を見かけたり寺院のあるのどかな田舎でしたが、もうすっかり観光地ですね」

 有名みたいだけど観光する暇なんてないだろうな…。
 無事帰れるのだろうか。
 もし交渉決裂なんてことになったら・・怒らせてしまったら・・・。
 結婚なんて…。
 やっぱり不安。
 逆に彼の素顔を知るチャンスでもあるけど。




「それでは塔子さん、のちほど」

  漸う夜が明けたころ。バリ島、ングラライ=デンパサール空港に到着し、待機していたリムジンの前まで案内された。
 
「ゆっくりしてらしてください。家はそう遠くはありませんから」

 出発し車窓を見てると空港からさほど離れていない丘に豪邸がぽつぽつ見える。
 豪邸というより立派な高級ホテル、大きなプールに滝に、うっそうと茂る木立・・・。
 バリ風だがモダンな印象の建物の解放された玄関ドアの前で日本人スタッフがお辞儀をして出迎えた。

「これからウブドに行くんですか?」
「いえ、それは旦那様がお戻りになられて、明日以降の予定になっています」
「そう」
 天井は高く、バリ風に竹を組んだ装飾が施され、家具はバリ式とシンプルなソファやコンソールがミックスしてる。
 こんな家で一人で過ごすの? めちゃくちゃ広いわ。ここだけで何日も過ごせそう。

 さらに二階の主寝室と隣のおそらく自分用の寝室に案内され、度肝をぬかれる。
 なにこれーーー。

「お召し物はご用意しておりますが、サイズが合わない、またはお気に召さないようでしたらお申し付けください」
「はあ…」

 その横のクローゼットルーム。圧巻ですわ! ハイブランドのショップディスプレイそのままじゃないの。
 ドレスから水着までずらっと照明付きのポールに並んで。
 ゴールド、ガラス、モダンな造りでガラスのショーケースにはアクセサリーがずらり。ハイヒール、サンダル…。

 ジェット機といい、身分の違いを見せつけてくれるじゃないの。
 用事を済ませたらさっさと退散した方がいいんじゃない…もしもパーティに行くなんて言われたら? やめてー。
 
「お疲れでしょう、お食事をどうぞ」

 木々に囲まれた庭のテラスに案内され、フルーツ、野菜たっぷりのバリ料理がテーブルに並ぶ。
 まず目についたのはサテ。サテってネシアの串焼きよね。
 さっと取り皿に入れてくれてマジで至れり尽くせり。だけど…。

「どうやって過ごすかなー」

 今日一杯はこんな感じ? 帰ってくるのは深夜? 明日の朝?

「はーーー・・・」

 持て余すわ。
 部屋を貸してもらって西越家のデザイン修正しようか・・。
 目的はあくまでだ。

「泳がれてもいいですし、ジムもございます。
 ・・・よろしければエステなどはいかがでしょう」
「そうね、じゃあ・・・」

 気分転換といきますか。
 エステルームに案内された。


「スマトラ・・もう着いたかな」

 サロン用のローブに着替え、奥まったヴィラの寝台にうつぶせになった。そっとローブをずらされ、目の前の池を眺めながら施術を受ける。

 ホットストーンとハーブのトリートメント…


 暑いようでさほど不快でもなく。
 池に浮かぶロータス、サンダルウッドの匂いに癒される。
 

 岡路の顔が浮かんだ。

 
 ハイハイ、あんたの言う通りよ。
 お金貯めてメイクして、エステ行って、それが普通の女の子。
 着飾っていい匂いがして。
 何もしてなかった。枯草女。それが今の私。

 背中から首筋にやさしくハーブボールでほぐされる。

 ああ…極楽。

 きれいになって、気を引き締めて、まずは仕事だ~~…。


「お加減はいかがですか?」

 返事の代わりにスースーと寝息が聞こえた。





 さて、時間は過ぎ、日が陰り始めたころ、

 ゲートのセキュリティを解除し、

 芝生を進む、ある人物の姿があった。

 黒いストレートパンツ、ジッパー付き黒の半そでの上着、背丈高く、男性である。



「お待ちしておりました」スタッフは頭を下げた。
「こっちはどうなん、影響は」
「…まったくといっていいほどございません」
「そうなんやな、多少欠航が出てる程度か」
「はい」
「俺は何をすればええの。東京連れて戻るん?」
「いえ、それはまだ伺っておりません」
「待機かな」
「おそらくは」
「で、どこにいてるん」
「こちらです」





「またかいな。よう寝てるやっちゃなあ」

 
 ガラス窓に囲まれた広間を抜けソファの連なる部屋をいくつか通り、石造りのアプローチの向こう、裏庭のヴィラの寝台で爆睡してる女性の肩を男は迷うことなくゆすった。


「おい、起きろって。…非常事態やで」


 んあ・・・?

 びくっとして顔を上げる。

 目が合ってしばらく見つめた。

「えっ」

 慌てて起き上がった。

「あ、あんた、なんでここに」

「ふっ、あんたの相手してくれゆーて、わざわざ香港から来たんやで」

「は?」

「…の前に、上、脱げてんで」

「えっ?」

 自分の体に目を落とす。

「うわっ」

 上半身裸で施術を受けていた。体にかけられていたローブとスローがかろうじて下半身を覆い、とっさにそれを胸に巻き付けた。

「前と一緒やん」男はあきれて見下ろしてる。「俺にサービスしてくれてんの?」
「な、なななな、なんで」

 ここにこいつがいるの?

「午前中、スマトラの火山が噴火したんやって。で、空港閉鎖で閉じ込められてん、あのふたり」

 はああーーー?

「さあ」

 手を差し出し、ぎらっと光る。
 ほらその目…やっぱりあいつよ。あのときの。



、お手をどうぞ」



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