タイムリミット 💍

シナモン

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【前日譚】都筑家の事情 

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「総帥、そろそろよろしいでしょうか」

 ほどなく連絡係が現れ、ソファのすぐそばで腰を低くした。

「ああ」

 話が盛り上がったような気を持たせて要件は果たせなかった。
 苦虫をつぶす思いはいつもと同じだ。

「では、お車へ」
「ん」

 立ち上がり、ふと思いついて聞いてみた。

「一つ聞いてみるが、キミらの世代では好みの女性に脈がないとわかったらどうするものかね? そのまま口説き続けるか、それとも…」
「…それは私の個人的な意見でもよろしいのですか」
「ああ」

 大人しそうだがはきはき喋る男だ。
 座り直してはまた跪くだろうからゆっくり歩を進めることにした。

「そうですね…先ず3日ほどその方との思い出を思い浮かべて、気が済めばきっぱり諦めます」
「あきらめる?」

 それは意外な回答だ。

「諦められるものかね…」
「あきらめるのです。おそらくそれほど心を奪われる方でしたら、素晴らしい女性に違いありません。3日その方のことを思い続けて、その方とお会いできたこと、一緒に過ごせたことに感謝して、忘れるよう努力します。そして新しい生活に臨みます」
「そ…そんなにうまくいくかね」
「うまく行くよう努力するのです」
「それは何かの宗教か信条かね? 高尚だとは思うが…」
「ありがとうございます」

 感謝の言葉?
 はぐらかされるでもなく、いたって真面目に言われて面食らった。

「君たちは、そのように考えるのだな」
「いえ、これは個人的な見解です」
 …若者ならではなのか。合理的というのも違うような。
「あきらめきれなかったらどうするのかな」
「それは執着でありいずれ双方にとって不幸となるやもしれません。近年のストーカー行為など発端は同じことでしょう。早めの判断が重要かと」
「うむ…」

 私はストーカーではないぞ。
 だがこんな若者に達観されてはそろそろやり口を変えねばなるまい。

「執着と愛情の違いは何だろうな」
「所有しようとするか手放しでその方の幸せを思うか…。そんなところでしょうか」

 なんとまあ…この男、恋をしたことがないのではないか!?

「お心苦しいようでしたらその方と食事をしたりデートをしたり目いっぱい想像した後すぐに実行に移さず、一度天にお任せになられてはどうでしょうか」
「うーむ…」

 わが息子より若そうなのに、まるで伝道師の説法を聞かされているかのようである。

 車に乗り、見慣れた香港の湾沿いを眺める。減ることのない摩天楼…まだまだ開発する気の対岸の空き地が見えた。

 やれやれ、また失敗か…。

 執着だろうが愛情だろうが、君は私の大切な人に違いないのだがね…。

 細長い長方形のどう見ても贈答品で手持ち無沙汰に手のひらをトントンたたいた。

「申し訳ございません。道路が混んでいて」

「ああ、そう意味ではない、気にしないでくれ」

 はい…と小さく答えるドライバーにも配慮せねばならんとは。

 時世かねえ。

 私がこんなこと(渋滞)でイラつく男に見えるか?…見えるのだろうな。




「お父さん、お母さんに会われましたか?」

 いつものモニター越しの定例報告だが、今朝はこんなセリフで始まった。

「ああ」

 父親の返事はワンテンポ遅れている。
 加えてあまりうれしそうではない。

「それでプレゼントは」
「渡せなかったよ」
「そうですか…」

 相変わらず無表情の息子に返す言葉もない。



『…お母さん、次は香港で舞台あいさつされるようですね』

 何気ない会話にまぎれた息子の言葉が始まりだった。
 あるいは元妻の誕生日=結婚記念日が近いこともあって息子が気を利かせたのかもしれないが。

『行かれてみてはどうですか? お母さんは香港に滞在する際、必ず寄られる場所があるんです』
『ほう。どこかね』
『金鐘のパシフィックプレイスです。中に中庭のようなテラスがあって』
『ああ、そうか』



 気がないふりをしてすぐにプランを練った。
 彼女がその地を訪れるとすれば映画関連のスケジュールが終わってのことだろう。
 香港の移動距離と所要時間なら手に取るようにわかる。何せすぐ近くに住んでいる。

「もう直接送られたらどうです」
「そうだな」

 今更そんなことできるか。

「…ちなみにお前はいつもどうしているんだ、女性に何か贈る際…」
「僕ですか? 僕は一緒に店に行って決めてもらいますよ。何を買えばいいかわからないし」
 は? それでは驚く顔が見れないではないか。
「お母さんにもそうなのか」
 逆に自分の方が驚いたが、顔に出さずに冷静に言葉を返す。
「大体食事ですかね。話をして終わりですよ。買い物はしません」
 そうかね…。もっと早く聞いておけばよかった。
 …ピンとこないが。
「歩かれてもよかったのでは。少し離れたところに茶器の店が並んでいるでしょう」
「そうだったかな」
「お母さんは香港がお好きですが、飲茶がきっかけですよね。上海の家に茶器が並んでいるじゃないですか」
「ああ、そうだったな」
 ガラスの棚にずらっと並ぶ妻購入の中国式茶器の数々…思い出した。
「好きなものを眺めてゆったり時間を過ごすのもいい贈り物になると思いますけどね」
「ううむ」

 場所を変えてもよかったか。
 息子に指南されてこれだ。
 何も聞かずまさに天の巡り合わせをひたすら待った方が良いのかもしれないな。

「お前はそうしないのか」
「僕はもういいでしょう、いい歳をして母親と歩いている所を誰かに見られたら…お母さんにも迷惑がかかりますから」

 お? そうかね。
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